22話.知春にとっての一花、主観と偏見と客観的
いつもご覧いただきありがとうございます。
今回は少し暗い、鬱々とした内容になっています。でも大切な回なので、ぜひ目を通して貰えると嬉しいです。
22話.知春にとっての一花、主観と偏見と客観的
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俺にとっての津賀一花とは、正直苦手な奴だった。
活発で運動神経も抜群、女子サッカーのクラブにも通っていたし、俺が知ってる限りでは中学生になっても、躰道の道場に通っていた筈だ。
そんな彼女は俺からすると、妬ましい存在でもあった。俺がやりたい事をいつも体現していて、それでいて真っ直ぐな性格は眩しく、暑苦しく、夏の太陽みたいな存在だった。
アイツもアイツで、俺のことは嫌いと言うか、煩わしい存在だったのでは無いかと思っていた。
真面目にやってた道場にふとやってきて、蓋を開けたら直ぐに根を上げ、周りの足を引っ張る存在。
何かの病気や障害でもあるのかと思えばそうでもない。そうなると、ただの根性無しだ。男のくせに、なんて思われたりもしただろう。
他人から見た俺とは、そう言う奴なのだ。分かってはいるさ。仕方ないんだ。だから俺は出来るだけ他人に迷惑をかけないように、他人の目に触れないようにと、やりたい事を我慢して生きてきたのだ。
『根性無し!お前を待ってるせいでみんなの練習時間が減ってるんだ!』
『何しにきたんだよ!真面目にやらないなら来るなよ!』
ガキの頃の考え無しな、容赦無しの言い方は、今思えば“子供だから”の一言で済ませられる。
でも俺もガキだったから。やっぱり言われて傷つかないわけは無かった。俺だってこんな体質で産まれたくなかった。もっとなんでもやれる男になりたかったと。
だから俺はそれから、津賀とはなるべく距離を空けて、顔を合わせないようにして。そうやって他人や自分から逃げ続けた少年時代を過ごしていた。
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だが、陽乃下さんの話を聞いた限りでは、津賀は俺に同情的な感じだった。俺と言う存在が居たから、初対面での陽乃下さんに理解を示し、優しく接することが出来たと。
俺が思っていた津賀一花の人物像は、偏見が過ぎていたのだろうか?分からない。正直分からない。
俺を嫌ってはいないのなら、それに越したことはない。だが、陽乃下さんの受け取り方が間違っている可能性もまた、否定は出来ない。
「偏見が過ぎる、か。爺ちゃんの言い回しが、いつのまにか自分にも移っていたんだな」
台所でお茶を淹れて、庭の見える縁側に腰を降ろす。かつては有った盆栽も今は影も無い。何も無い殺風景な庭と、その先に広がる小さな竹林。
そこでは、たけのこを取ったり竹を間引いたり、爺ちゃんと色んな事をした思い出がある。
中学生の頃、俺が身体の弱さで周りと上手く馴染めずにいた時、俺は爺ちゃんとよく一緒にいた。そんな中で爺ちゃんが教えてくれた事があった。
それが『主観と偏見』そして『客観的』の考え方だった。
『人にはな、それぞれの主観がある。その人だけの視野があり、生きてきた時間と環境があり。それによって培われた倫理観が、そして価値観がある』
そうしたものが集まって出来たものが『主観』だと。爺ちゃんはよく話してくれた。
主観とはすなわち偏見で、偏見があるのは当たり前なのだと。人一人の視点なんて、偏ってて当たり前なんだと。
だから、偏見が過ぎたりしないように、人は客観的に考える努力が必要なんだ。そう爺ちゃんは言っていた。
「『離見の見』だったかな?『初心忘るべからず』と同じく、これも世阿弥の教えの一つだったか。爺ちゃん世阿弥が好きだったのかな?」
色んな主観を集めれば、同じものでも別のアングルで観ることが出来る。ちょうど複数のカメラで丸くとり囲んで、同じ被写体を撮ってる感じか。
カメラの数が多いほど、多面的に物事を観ることが出来る。表と裏では見え方も違う。光が当たり影が薄くなれば、存在はより鮮明に明らかになっていく。
「だけど客観にはならない。あくまでそれは、客観“的”なんだ」
多角形をどれだけ円に近付けても、真の円にはならないように。どれだけ想像して考えても、他人の気持ちは捉えきれないように。
人は主観から離れる事はできず、客観的に見るのがせいぜい。その『諦め』も必要なのだ。
完璧など無いから人は考えるんだ。穴を埋めるために、距離を埋めるために努力をする。100%は無いから、より近い99%を目指すのだ。
少しでも相手を思いやれるように。そして自分のことも思って貰えるように。
「それで考えても分からないなら。あとは話してみるしか無い、か」
分からないから考える。分からないから話し合う。歩み寄って、譲り合って、人間は関わりながら生きていく。主観と主観を重ねていく。
「俺と津賀は、これから関わり合いになるのだろうか?」
俺の母さんは何処かに消えてしまった。父さんは若くして死んでしまった。爺ちゃんも婆ちゃんも。知ってる人はみんないなくなってしまった。
陽乃下さんとは、ケンゾウさんとは、潤目さんとは。どんな関係になっていくのだろうか。俺はどんな関係を望むのだろうか。
「もし叶うなら、良い関係を築けますように。身体が良い方に変化してくれるなら、きっと人との付き合いだって」
青空を泳ぐ鰯雲を見ながら、俺は未来を憂い、そして晴れやかな明日を願うのだった。雨が降りそうだけどね……。
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◆菅田 知春
◆シンタイキヨウカ
・新躰強化 Lv.5
・身体器用 Lv.5
・進退強化 Lv.5
・息 Lv.2
・気 Lv.2




