16話.息と気、二つの関わり
事前予約二回目。もう1時間早くても良いのかな?
新しいことを試し試しやっているのが楽しいです。
16話.息と気、二つの関わり
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潤目さんとの話はまとまったが、お宅に伺っての秘密の話し合いは後日となった。潤目さんが超絶に多忙だからだ。
俺と遭遇した日は久しぶりに取れた休日と言うわけでもなく、地下迷宮でのスキルを得るために訪れた、まさに『スキルアップ』の日だと。そう言ったスキルの獲得や強化を、CMDは仕事の一環として認め、月に二回の地下迷宮の潜入を推奨している。
これは休みがあまり取れない職員への福利厚生の一つだとか。どこまでも地下迷宮ファーストな企業みたいだな。
潤目さんはこれまで東京本社に居たが、東京23区には地下迷宮が無いためアクセスが悪い。それで地下迷宮があるこちらの支社に転属となった。設備の整った東京に地下迷宮の素材を運ぶより、地下迷宮の近くに設備を整えた方が良いとなったわけだ。
俺と同じく先月にこちらに来たと言うのだから、今日の出会いと合わせて偶然も重なるものだな。あれ、これって運命?(トゥンク)
潤目さんは今のところ、色んな研究、開発、また製品化された商品のデータを元にしたアップデートなど、仕事が山積みらしい。仕事の効率が良くなった故だろう。
出来る人間は違うな。俺なんて会社の方から縁を切られたと言うのに……。
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「俺は俺でやる事がある。今日も頑張るぞい!」
今日も今日とて公園に行きますよ。運動ですよ!ほんとやる事多くて大変なんだから!お出かけの準備をしなくちゃ!
朝起きてトーストを焼きながら、コーヒーを淹れる支度をする。ドリッパーに紙フィルターをセットして、リンスをしてから粉を入れる。リンスとはお湯をあらかじめ掛けてフィルターを濡らしておくことだって。
そして80℃ぐらいに冷ましたお湯を細く注いでいく。深煎りは少し低めの方が美味しい気がしているのだが、プロに聞いてみないと分からないな。
回しかけ、蒸らし、さらにお湯を注いでと。この作業が心地良い。心が無になると言うか、一つのことに集中していると、普段の思考から解放されるような気持ちになる。
今日は地下迷宮には行かないつもりだ。昨日潜ったのを振り返り、反省して、今後の方針を考えたかったからだ。
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新しく増えたのが『進退強化』のスキル。このスキルは快適だった。そして日常生活では最も役に立ちそうなスキルでもある。色々と検証をしてみたい。自転車や自動車などには効果があるのか?なんかも気になる。昨日思い付いてたら検証出来たんだけどね。やらかし。
それからレベルアップしたスキルの数々。期待していた通り『新躰強化』はレベルが4に上がり、さらに5にまで上がった。これは今でもスキルを使い続けているが、内臓がさらに丈夫になった手応えがある。
「なんたって、こうしてコーヒーを美味しく飲めるようになったんだからな!」
コーヒーの成分として有名なのがカフェインだ。これまでカフェインの含まれる飲み物、お茶なんかでも胃が受け付けなかった。エナドリなんかは飲めたもんじゃない。気持ち悪くなったり、痛くなったりと、楽しむ余裕が無かったのだ。
今後はカフェインだけでなく、アルコールも大丈夫になるんじゃないかと企んでいる。昔の同僚たちが美味しそうに飲んでたビールやハイボールを、俺も飲んでみたい!
それから新躰強化の仕組みもなんとなく分かった。このスキルはレベルが上がると、使うたびに少しずつ内臓系が永続的に強化され、レベルに応じた規定値に達すると強化が止まる。
レベルが上がったタイミングではまだ強化が進んでおらず、ジワジワと上げていく必要があるみたいだ。今もレベル5の最大値にするために頑張っている所存でござる。
「身体器用も地下迷宮では大活躍だったな」
ゴブリンへの投石、それから身体を動かしての初めての戦闘。身体器用が無ければ、そしてスキルレベルがある程度上がっていなかったら。もしかしたら別の結果になっていただろう。
戦闘どころか運動が初心者の俺が、レベルの補正が有ったとは言えゴブリンに無傷で勝てたのだ。スキル無しでは有り得なかっただろうし、特に身体器用がMVP、いやMVSだろう。
「んでなにより検証が必要なのが、この二つだな。いつのまにかレベル1になってたし。謎が多いぞ、ショートスキル(仮)!」
文字数が1〜3文字のスキルを、仮としてこう呼んでいる。4〜6文字はミディアムスキル、7、8文字はロングスキル。割と適当に分けてみたぜ!明日になったら忘れてるかも?
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公園の散歩・ランニングコースにやってきた。気と息のスキルについても同時に検証したいが、今日は運動強度を少し高める事にした。
これまでは歩き→休憩と繰り返していたのだが、これからはジョギング→歩き→休憩のサイクルとする。
とにかく体力が足りないと思った。体力が付けば運動の可能な時間も伸ばせるし。地下迷宮ではどんな戦闘に巻き込まれるかも分からない。昨日みたいなトラブルもあるだろう。継戦能力を伸ばせるようにしたい。
そこで歩きよりも息の上がるジョギングを行い、その後に出る身体の痛みや苦しさを、どれだけ我慢しながら歩けるか、その訓練も兼ねている。
「ふふ、驚いてる驚いてる」
俺より圧倒的に速く通り過ぎたランニングマン(仮)は、それでも俺がジョギングしてるのを見てビックリした顔で離れていった。
少し前までフラフラと歩くだけだった奴がこれだからな、その進化に恐れをなした事だろう。奴を追い越す日も、そう遠く無いに違いない。
痛みが出てきたのでジョギングから歩きに切り替える。小刻みだった呼吸を、少しずつゆっくりと深いものに移行する。息苦しいが、まだ我慢が出来る。鳩尾を押さえながら、思考に集中する事にした。
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息のスキルと気のスキルは、昨日の戦闘中に上がっていたようだ。心を落ち着かせようとした時に息スキルが、気持ちを切り替えようと意識した時に気スキルが上がったように思われる。
二つのショートスキルを育てるにあたって、俺はまず息のスキルを優先する事にした。息スキルの上達が、気にも影響を与えると思ったからだ。
そもそも『気』とはなんなのか?俺たちは空気や蒸気なんかは目に見えずともそこにあると理解している。それは科学の発達で知識を得たからでもあるが、風の流れや息のしやすさ、乾燥や蒸し暑さなど、体感として空気や蒸気があるのを体感でも認識している。
それから陽気とか気分とか、人の心や感情を表すものとしても気は使われる。つまり気とは、目には見えないがあると信じられるものに対して、多く使われてきた文字だ。
一方で『息』とは何か。それは空気を取り入れたり吐き出したり、その過程で酸素と二酸化炭素を交換し、代謝をするのに必要なのが呼吸、息だ。
息をしている、息が無い、息とは生死を司るものでもあり、身体に大きな影響を与える。そして息とは空気、気を操るものでもある。
身体と気を動かすもの、そして身体と気を繋ぐもの、それが息。シンタイキヨウカから気と息が同時に生み出されたのは、なるべくしてなったのかも知れない。
手近にあったベンチに座り、息を整える。息のスキルを強く意識する。ステータスを見てもスキルレベルに変化は無い。だが大きな気付きを得たのかも知れない。なによりシンタイキヨウカが、その考えを後押ししてくれていた。
「優先してやる事が分かると動きやすいな。どうせ文字数の少ないスキルは成長が遅いんだし、焦らずやっていこう。成長の遅さを嘆くより、スキルの柔軟性、汎用性のメリットを考えても良さそうだ」
地下迷宮に入ってから、さらにポジティブな考え方が出来る様になっている。
何も出来なかった自分。してこなかった自分。過去の俺を否定せず、それでも新しい自分を歓迎したい。
そんな事を、俺は秋晴れの空を見ながら考えていた。
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◆菅田 知春
◆シンタイキヨウカ
・新躰強化 Lv.5
・身体器用 Lv.4
・進退強化 Lv.4
・息 Lv.1
・気 Lv.1