98話.温泉と『クサツ』、第二層の攻略と『草原の亡霊』
98話.温泉と『クサツ』、第二層の攻略と『草原の亡霊』
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「ふひぃ〜、極楽だにゃ〜」
見上げれば上弦の月が薄い雲間から顔を出し、夜の闇に薄い黄色が滲んでいる。星々は強く弱く、遥か遠い宇宙の向こうからその声を発していた。
ゴツゴツとした湯縁の石にそっと頭を乗せ、濡らした手拭いの心地よさを感じながらそっと目を閉じる。
良い湯だな〜っと思わず呟きたくなるその温度は、少し高めの43度ほどか?だが温度以上にじんわりと沁みるこの感覚。これは酸性の泉質に違いない。
なんて、温泉に特に詳しくもない俺だが、このお湯の感覚には覚えが有った。
「父さんたちと何度も行ったからなぁ、草津温泉」
爺ちゃんが好きだからと、年に一度ぐらいのペースで訪れていた。草津の湯は軒並み熱くてガキの頃はなかなか入れなかったけど、慣れてくるとあれが癖になるんだよな。
それに今思えば、俺の体質を少しでも良くしたいと、湯治も兼ねて連れて行ってくれたのかな?と当時を振り返ると思えてくる。湯治だけにね。……コラッ!お湯をかけるのはやめなさい!俺が悪かったから!!
俺の温泉ギャグにご機嫌を損ねたか、温泉の向こう岸へと離れていくカピバラ様を見送りながら、この不思議な状況に改めて感慨にふける。
目の前に広がるのは月明かりに照らされた竹林の風景。そして背中を振り返れば今は俺の所有となった和風の一軒家。
「自分ちの庭で温泉とか、どこの金持ちだよってな。しかもカピバラ付き」
これがスキル一つで楽しめるってんだから、いい世の中になったもんだよ。地下迷宮、賛否両論あるけれども、俺にとっては人生を大きく変えてくれた有り難い存在だ。もちろん良い意味でね。
そう思うと同時に、林田さんのように悪い意味で人生を変えられてしまった人もいる。と言っても、林田さんのお孫さんの場合、人災の面が強いんだけどさ。
結局は運次第、そして人次第なのだろう。だから林田さんに罪悪感を抱く必要が無いのは、分かってはいるんだが……。そんな上手く割り切れないのが自分だと言うのも身にしみているわけだ。
「お、なんだよお前。慰めてくれてるのか?」
さっきは遠くに離れていったのに、今では頭を寄せて寄り添ってくれる。カピバラならではのゴワッとした硬い手触りも、俺にはどうやら心地が良いらしい。
そうだなぁ、いつまでもカピバラとかお前じゃ呼びにくいから。名前を付けなきゃな。カピバラ……温泉……。
「うん。クサツ。クサツはどうだ?」
なんか良い名前はないかなってずっと思ってたんだけど、カピバラと言えば温泉だし、カピバラと言えば草原の王などとも言われているし。
あとは植物系の属性と水系の属性が『鏡花』にはあるみたいだから、草津の文字的にも合ってるかなってね。津は港とか湧き出るところとか、水に関する文字だから。
まあ、草津の語源自体はちょっと残念な意味合いもあるんだけどね。硫黄の臭いから……ってね。でもそこはお目こぼしいただいてもろて。『大般若経』が由来って説もあるみたいだし。
「なんだ、悪くないか?そうかそうか、じゃあ改めてよろしくな、クサツ」
硫黄の説では嫌な顔をしていたけど、『大般若経』説を出したら謎にテンション上がってて草。
なんだかんだで名付けまでに随分と時間がかかった気はするけど、カピバラ様改めクサツと、これからも探索者稼業がんばりまっしょい!
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「やっぱりここは気持ちいいな。草原エリア大好き!」
二回目の訪問になる第二層に俺は訪れていた。今のところはまだソロで来ている。一花たちとももうすぐ一緒に探索する事になるから、少しでも攻略階層を深めたいと思っている。
ちなみにケンゾウさんの“事情聴取”は早々に終わった。ボス部屋でのアンラッビー戦はギルドとしても初めての事らしいのだが、討伐された記録は別の地下迷宮で既にあるそうだ。
ボス敵として現れた事例が無かったことから、戦闘データを少しでも残しておきたいと言う話になり、戦闘時に気付いたことや感想なんかを幾つか聞かれた程度だった。
「アンラッビーの色が白くなるってのは初めて観測されたみたいだけどな。それを聞いた時はちょっとヒヤッとした」
というのも、アンラッビーは第二層から第五層の草原エリアにしか現れない敵な上、出現率はかなりのレアである。総合レベルが低い探索者は遭遇しても逃げられてしまうから、倒せるとなるとレベルの高い探索者となってしまう。
しかも逃げられないように倒さなきゃいけないためだいたいは一撃で仕留める事になり、倒せはしても戦闘データを取る機会は少ないみたいだ。
「んなこと言っても、俺だって言える事は何もないんだよね。なんでアイツを倒せたのかもよく分かってないし」
俺が言える事はケンゾウさんに話したし、あとは他の探索者にお任せしよう。俺には俺の探索があるんだからな。俺には俺の乳酸菌ってね。関係ないな。
それよりも気になるのは、別れ際にケンゾウさんが言っていたことだな。
「なんだろうな、“草原の亡霊”って……。幽霊系苦手なんだよなぁ、肚が痛くなるから……」
大宮の地下迷宮で最近現れるようになったという都市伝説的なもの。それが“草原の亡霊”と呼ばれているものらしい。
草原エリアでの目撃例らしいのだが、現れると言っても亡霊って名がつくぐらいだ。その正体は判然としていない。
なんでも草原の一部がポッカリと、それこそ“何かがそこにいるかのように”草が倒れて移動しているように見えるらしい。見えない魔物が草を踏んで歩いているかのように、とは目撃者の言葉だが、その目撃例が一つや二つではないと言う。
「それが透明になれるスキルとかだと厄介だぞ。お化けはお化けで怖いけどさぁ……」
想像しただけで胃のあたりに幻痛が現れる。やっぱりお化けの方が怖いかも……。
透明になるスキルなんかもあるにはあるらしいが、そんなのはレア中のレアスキルだ。魔物としてはもっと深いところじゃないと現れないはず。それがこんなビギナー探索者が訪れるエリアに現れるとなると危険過ぎる。
入場制限が今のところされていないのは、被害報告が無いことと、どれもハッキリとした目撃例では無いためだとさ。物的証拠は無く、状況証拠もあやふやで、とは言え複数の報告があるから注意喚起はされている、と。
「頭の片隅には置いておいて、階層攻略を楽しみますかね」
草原エリアの攻略法は知識としてはあるから、あとは実行に移すだけ。上手くいくかはやってみるしか無いけど……。一花たちもなんとかなっているんだし大丈夫だろうさ。
「今日はクサツは召喚しようかな?他の探索者に遭遇する可能性もあるわけだから、人目が無いと確信出来る場所があれば召喚したいけど……」
一番はあの時の泉を見つけられたら良いんだけどね。何故だか『進退強化』で探ってみても反応が薄いんだよな。なんでだろ?今日は行けないのかな?あるいはあの時限定の場所だった?
俺は泉の探索やクサツの召喚は一旦諦めて、草原エリアの攻略に集中することにした。その攻略方法とは……ひたすら歩く!それだけだ!!時は来(略)
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◆菅田 知春
◆シンタイキヨウカ
・新躰強化 Lv.10
・深體強化 Lv.4
・身体器用 Lv.8
・進退強化 Lv.8
・待機妖化 Lv.6
・大気妖化 Lv.6
・鏡花 Lv.4
・気妖 Lv.2
・息 Lv.7
・気 Lv.6




