29.北方辺境伯とその妻である王の姉の話-1
もうすぐ日が暮れようとしている。
多くの来訪者を迎えた宰相の執務室は、その日最後の来訪者を迎えた。
北方辺境伯の任にある騎士とその妻である。
この国の宰相である彼女は、北方辺境伯である彼とも、その妻である彼女とも知己の間柄である。
特に王の姉である彼女とは古くからの知人であり、疎遠ながらも長らく懇意にしている。
彼女は国の宰相と同じく、自分だけの魔法が使える魔術師である。
緑の魔女の名を持つ街は彼女の故郷である。
それを誇らしく思う彼女は、いつも好んで緑色の帯を身に纏い、夫にも同じ色のハンカチを持たせている。
緑の帯を身に纏った彼女は、王族らしい堂々とした優雅な一礼を宰相に見せつけた。
最近はそのような所作を行なう者も少なくなってきた、と宰相は感心しながら彼女に微笑む。
緑の帯を身に纏う彼女の横では、北方辺境伯である彼も丁寧な礼を行なっている。
北方辺境伯夫婦に倣い、宰相も典雅な一礼をする。
「貴女方夫婦が揃って私の執務室を訪れるなんて、一体何年ぶりでしょう!
あなた方は領地にずっと引きこもっていらっしゃるから、お会いするのは本当に久しぶりね。
見たところ、何ひとつお変わりないご様子だわ。
今回はどのようなご用件で、こちらにまでお見えになったのかしら?」
北方辺境伯の騎士がその問いに答えた。
「今年の円卓会議に出席するためだよ。
まだ開催までに時間はあるが、貴女の仰る通り、私達夫婦がこの地を訪れることも久しぶりだ。
いくつか用事もあるものだから、早めに来たのだよ。
先日、財務卿閣下と西方執政の騎士のお二人から参加要請の連絡も入ってね。
…今年の円卓会議は荒れそうだ、必ず出席するように、と」
緑の帯を身に纏った彼女も、夫に続いて口を開いた。
「私は貴女に用事があって宮殿まで一緒に来たのよ。
先日、ある知人から面白いお話を伺ったの。
なんでも…貴女の元に世にも珍しい緑の絹のドレスがあるとか。
それを見せて下さらないかしら?」
そうなのね、と国一番の魔術師である彼女頷くと、指をパチンと鳴らして、一瞬のうちに衣装を着替えた。
「これかしら?」
「それが東の果てにある国から届いた緑の絹のドレスね。
素晴らしい色合いの生地ね。
でも…この私の帯と同じ緑色系統のドレスは貴女には少し…似合わないみたい。
貴女は緑の帯の物語に出てくる女性とは、ずいぶん性格も違うことだし」
この国の王の姉であり、魔術師でもある北方辺境伯の妻は、首を小さく傾げた。
そんな彼女の様子を見て、宰相は少し訝しげな顔をする。
「そうかしら。
私はこの素敵なドレスをすごく気にいっている。
このドレスを着て、年末の催しに出席するつもりよ」




