17.南方探索の任にある騎士の話-1
これは南方探索の任にある騎士の回顧録である。
ある秋の夜のことだった。
窓辺でくつろいでいると、屋外から人々の歓声が聞こえた。
ロールスクリーンを上げ窓を開けると、乾いた冷涼な風が部屋の中に入りこんでくる。
空に広がるのは、暗闇でなく、妖しく揺らめく虹色の帳。
今まで見たことのない光が、夜空を支配し蠢いていた。
話には聞いたことがあるし、記録された映像を見たことはあるが、実際に目の当たりにしたのは初めてだった。
Northen light(極光)。オーロラという。
この世界の極北地域ではよく見られる現象だ。
しかし私の国のこの地での観測記録はない。
先立って行われた天体観測の結果から、既にそれが起こる可能性は示唆されていた。
先日太陽の地表面を覆う揺らぎが活発化した影響により、極光がいつもより高緯度で見られるとのことであった。
そしてそれは現実となって、私の国の空を支配している。
今後さらに高緯度で見られ、地上での視認範囲が拡大するとのことだった。
常ならぬ夜空を見上げ、数年前にこの国の宰相様に初めてお会いした時のことを思い出す。
それはある晴れた日のこと。
回廊を歩きながら、私は初めて会う貴き方への言上を考えていた。
我が国は礼儀にうるさい。
国一番の魔術師であり、若さと美貌を兼ね備えた宰相殿もこの例に漏れない。
「この世の豊穣の名を預かりし、美しき宰相殿よ。どのようなご用件でしょうか?」
国一番の魔術師である彼女は、小さく首を傾げた。
「王が貴女に探索を任を授けたと」
「はい。任務の詳細については、宰相殿に話を聞くように承っております。
ですので…この任務が貴女様からのものと推測しました」
「貴女は騎士の中では誰よりも幼く、この世界のことを知らない。
貴女には探索の任務に当たる前に、いくばくかの時を授けましょう。
それをどのように使うかは貴女次第よ」
「承知しました。…しかしあまりに時間が足りないように思われます」
「探索は貴女だけの任務ではないわ。他の騎士は既に出立している。
しかし…彼らには欠けているものがあるのも事実。
貴女はあなたなりにこの任務に必要なものを身につけてから、旅立ちなさい。
そして…まだ世界を覆う病は終息していない。
貴女が旅立つには、もう少し時間を置いたほうがいいわ」
「この世で最も厚き恩寵の名を賜りし、魔術師である宰相殿よ。
深くお礼申し上げる。
確かに…私には南方探索の任務に就くまでに時間が必要です。
それを与えて下さった貴女に、心からの感謝を」