おおいぬ座&こいぬ座ビギニング
武 頼庵様主催24冬企画『冬の星座 (と) の物語』参加作品
~プロローグ~
「はあ~あ。だから油断すんなってあれだけ忠告しといたのによお。サソリなんて小っこくても猛毒持ってんだから」
サソリの毒で死んだオリオンの亡骸を抱きしめた月の女神アルテミスが号泣して天に何か訴えるのを俺達は少し離れて眺めていた。
そんな俺達のことを少し薄情に思うかもしれねえが死んじまった以上、俺達がオリオンにしてやれることは冥福を祈るくらいしかねえ。
そうして見ているとやがてオリオンの亡骸が輝きだした。
「いよいよあいつも天に召されるか……ん?うお!?なんじゃこらー!?」
俺の視界からオリオンが消えた次の瞬間、俺の身体が天に向かって引っこ抜かれる感じがした。
「オオイヌ兄さん!」
薄れる意識の中、弟分のコイヌの声が聞こえた。
◇◆◇
〜本編〜
「おおおおお!?あっ、コイヌ!無事か!?」
「うわ!?びっくりした。あ、うん、無事だよオオイヌ兄さん」
オオイヌの叫ぶような呼びかけに驚きながらもコイヌが答える。
二匹はオリオンの飼っていた猟犬だ。
なお、コイヌは習慣でオオイヌ兄さんと呼んでいるが二匹の間に血縁関係は無い。
「なんだここ?天界か?なんでこんなとこに飛ばされてんだ?」
緑豊かな土地が広がっているのでそれだけではどこだか分からないが周囲がなんかキラキラしていて話に聞いた天界っぽい。
「え?うん、天界だけど。ここに来る前に前室で説明受けてないの?」
「前室?ああここに飛ばされる前の白い部屋か。なんか偉そうなおっさんが『此度はお前には勿体ない程の栄誉を授けることとなった。ありがたく受け取るがよい』とか抜かすから『栄誉なんかで誤魔化されっか!腹の膨れるモンよこせや!』って噛んだら逃げてったぞ」
「そこまでやらなくてもよくない?」
「甘噛だから怪我はさせてねーよ。ところであのおっさんが言ってた栄誉って何なんだ?お前は話聞いたんだろ?」
「え?ほら、あれのことだよ」
そう言ってコイヌはクイッと顎を上に振った。
「んあ?うおっ!?俺達星座になってる!?」
オオイヌが天を仰ぐとオリオンとオオイヌとコイヌが星座になっていた。
昼間なのにはっきり星座が見える。
「アルテミスさんがゼウス達にお願いしてたの聞いてなかったの?」
「泣きわめいてなんか訴えてるなと思ってたけど聞き流してたしな。ん?あの女神が俺達を星座にするよう願ったのか?なんでオリオンだけじゃねーんだ?」
「あー、最初は『オリオンを星座にしてください!』って言ってたんだけど。その後『え?ポイントが足りない?』って」
「星座に列せられる条件ってポイント制なのか?」
「で、『じゃあオオイヌとコイヌのポイントも足して1人と2匹のグループで採用ってことで。ええ、あの2匹もオリオンに殉じたいと願っているでしょうし』って」
「勝手に決めんな!んなわけねーだろ!」
「僕もさすがにちょっと待ってって止めようとしたけど転移させられちゃって」
「あのクソ女神許さねえ!だいたい『殉じる』ってなんだ!逆ならともかく!」
「逆ならともかく?」
「なんでリーダーの俺が一番下っ端のオリオンなんかのために殉死せにゃならねーんだ!」
「オリオンが一番下だったの!?」
「なんでお前が驚いてるんだ?あいつ俺達に仕えてただろ?食事を捧げるとか」
それは普通に飼犬に餌をやっていただけだろうとコイヌは思ったが口にはしなかった。
「ん?それでオリオンの奴はどこにいるんだ?」
「オリオンなら『この栄誉を授けてくださった神々に感謝のご挨拶を』」
「え!?あの女好きの狩猟バカがいつの間にそんな社会性を」
「……って言ってたけど向かった方向からしてアンドロメダさんを口説きに行ったんだと思う」
「ああ、それでこそオリオンだ。安心したぜ」
※アンドロメダ:エチオピアの王女の星座。チェーンの人。
「で、どうしよう。僕達だけでも神様たちに挨拶してくる?一応星座に列せられるって栄誉を賜わったわけだし」
「あんな素行に問題のある奴を主神に担いでる連中から賜る栄誉なんかクソ喰らえだ。こんな雌犬一匹いねえとこに勝手に飛ばしやがって」
「雌犬一匹いねえって……あ、でもケルベロスさんが時々遊びに来るって」
「あいつ雌犬だったの!?」
※ケルベロス:頭が3つあって尻尾が蛇になってる地獄の番犬。
「でも頭が3つあって尻尾が蛇ってなあ……犬とは別種の生物だろ……いやとにかくこんなとこにいる場合じゃねえ。そもそも今日はマイラちゃんに告白する予定だったんだ。じゃ、ちょっと下界に行ってくるぜ!」
「あ、ちょっと待って、マイラさんは……ああ、行っちゃった」
◇◆◇
30分後。
網に入れられてリヤカーに乗せられたオオイヌが門番達によってコイヌの元に戻された。
網の口を縛る麻縄をコイヌが噛みちぎってオオイヌを解放する。
「あいつら5人掛かりは卑怯だろ!」
「武器使えば1人でも追い払えるのに怪我させないよう素手で対応してくれたんだと思うよ」
「クソッ、こんなところでずっと飼い殺しなんて冗談じゃねえぞ」
「春になったら下界に戻っていいって」
「俺が言うのもなんだけど死んだ奴をそんな簡単に返していいのか?」
「オリオンはともかく僕達死んでないよ?さすがに殉死は可哀想だって生きたまま天界に転移させたって。『星座が出てる冬の間だけ年3ヶ月くらいこっちに居てくれない?本犬不在っていうのも体面的にアレなんで』って言ってたよ」
「なんだそうだったのか……いやそんなノンビリしてられっか!こうしてる間にもマイラちゃんが他の雄犬に」
「それならもう手遅れだから焦らなくても大丈夫だよ」
コイヌの言葉にオオイヌが硬直する。
「……なんて?俺なにか聞き間違えた?手遅れって?」
「昨日たまたま彼氏さんと歩いてるとこにでくわしたんだ。婚約したって言ってたよ」
地面に突っ伏すオオイヌ。
「なんでそれ言ってくれなかったんだよ……」
「そのすぐ後オリオンがサソリに刺されてそれどころじゃなくなったんだからしょうがないでしょ。さっきは言おうとしたら飛び出しちゃったし」
「クソッ……いや、まだ間に合う。なにしろ俺は星座に列せられるという神々からの栄誉を賜わった雄犬」
「さっきそんなのクソ喰らえとか言ってなかった?」
「そんな俺からのアプローチなら彼女もショボい婚約者から乗り換えてくれるはず!」
「お相手はフェンリルさんだよ?」
「勝てねえ!なんでギリシアまで出張ってくるかな!?地元でハーレムでもつくってろよ!」
※フェンリル:北欧神話に登場する狼の姿形をしたモンスター。神々に匹敵する力を持つ。
「こうなったら他の雌犬でもいい。まずは脱出だ」
「門番さんたちに迷惑掛けちゃだめだよ」
「門には行かねえ。どっか抜け穴とかあるだろ。それを探すからお前も来い」
「僕は遠慮しとく。あ、晩御飯はガチョウでいい?なんか野生化したのが山で走り回ってたから僕の方で狩っておくよ」
「なんで俺が失敗して帰ってくる前提なんだよ!」
◇◆◇
抜け穴を探しに行ったオオイヌを見送ったコイヌは独りごちる。
「フンだ。僕だって雌犬なのにさ。まあ、まだ成熟してなくてフェロモン出てないから雌犬って認識されてないのは仕方ないけど。もう2ヶ月もして僕が成熟したらさっきの雌犬一匹いねえ発言を逆吊土下座で謝罪させてやるんだから……さて、そんじゃガチョウ狩りに行きますか。あと僕達用の寝床とか用意されてるのかな?犬小屋とか?」
昼間なのにはっきり見える自分達の星座の下、狩猟のためにコイヌは手近な山に向うのだった。