婚約者が多すぎる
騎士団の建物は、昨日の賑わいが嘘のように閑散としていた。
昨日、無事に南部の蛮族の襲撃を討伐して帰還したので、騎士たちには休みが与えられ、事務官以外の人はいないのだ。
第三王女アネットは、顔なじみの事務官たちに挨拶して武具室に入った。その後を侍女と護衛がつく。
独特の武具室の匂いが、戦闘帰りの今日は更にきつい。
欠けた剣や凹んだ鎧にこびりついた土や血を、侍女と護衛が濡れた布で拭い取り、アネットが金属修復の魔法をかける。幼いアネットに金属修復魔法が発動してから長年やっている事なので、皆慣れた手つきだ。
ただ、アネットの魔法量は多く無いので出来る量は少ない。
残りは明日また、と武具室を出ようとすると、
「やっぱり来てた! アネット!」
と、騎士のアルフレッドが飛び込んできた。
「アル! 今回の遠征も見事な活躍だったそうね!」
男爵家の四男で幼い頃から騎士団の下働きをしていたアルフレッドは、武具の修復をするために来た幼いアネットの横で掃除をしていたという長い付き合いで、公式ではない場では気安い関係だ。
「アネットだって自分に出来る事をするって頑張ってるじゃないか。俺は国を守る事を頑張ってるだけだよ」
「アルのしてることの方がずっと凄いじゃない。私なんてすっかり置いていかれちゃった。16歳になるのに政略結婚の相手すらいない王女だもの」
出会った時下働きだったアルは、今では一級騎士だ。
「そんな、俺はアネットを見て」
「あ! それよりいくつか鎧が変な錆び方をしてるの」
と、鎧を見せる。
「こんな色の錆、初めて見るわ。何か剣に薬が塗ってあったんじゃない? 傷口が膿んでいる人はいない?」
アルフレッドの顔色がみるみる変わったと思ったら、
「それでか!」
と、叫んで走って行ってしまった。
「……ああいう所は、子供の頃から変わらないわね」
騎士団の建物を出ようとしたら、足元に水が飛んできた。
「ごめん姫様!」
騎士団の隣にある魔法局のジェムが駆けてくる。13歳で魔法局に入局出来た天才だが、自分の興味のある事しかしないという天才ならではの欠点があった。
「水がかかった? 今日は誰もいないと思ってた」
ジェムの手には、竹筒で出来た水鉄砲があった。見ると、周りの木々に的がぶら下げられて、射的場のような有様になってる。
「今回は水鉄砲の魔法回路を考えたの?」
「そう! 見て!」
ジェムは器用に次々と水を的に当てていく。小さな竹筒から、無限に水が出る。
「すごいわね……。私もやってみていい?」
ジェムから水鉄砲を借りて的を狙うが、まるで見当違いの方向に飛ぶ水に、皆で大笑いする。
ジェムの作るおかしな魔法回路をいつも面白がって楽しむアネットに、ジェムは懐いていた。
「でも不思議ね。水がいくらでも出てくるわ」
「あそこの水桶から水鉄砲に流れて来るように魔法回路を書いたんだ」
と、離れた所にある水桶を示す。
「さすが天才ね……。ねえ、この魔法回路を利用したら、用水路から離れた所にある畑に水やりが出来るんじゃない?」
驚いた顔をしたジェムが考えこむ。
「容量を増やせば……。転送距離によっては新しい回路を足す? そうすると圧縮回路も……」
考え込むジェムに
「室長に相談しなさい!」
と、アネットが背中を叩くと「はい!」と走って行った。
「私なんかより、余程国に役立っているわね……。でも、片付けてから行きなさいー!」
アネットは騎士団の事務官に、ジェムに「騎士団長に見つかる前に的を片付けなさい」と伝言するようお願いして城に帰った。
城に戻ると、クラウス鉱石商会のクラウスが面会を希望して応接室で待っていると知らされた。
「ごめんなさい。お待たせしてしまったわ」
「こちらこそ、先触れも無く申し訳ありません。城に採掘許可の手続きに来たので、少しでもお会いできたらと図々しく申し出たらもうじき外出から戻るので待つように言われて、お言葉に甘えてしまいました」
「クラウス様なら歓迎いたしますわ」
私よりよっぽど国に貢献してますもの、と思いつつ微笑むとクラウスは照れたように笑った。
「今度はエメラルド鉱山を発見だそうですね。クラウス様の仕事は、貴族たちの話題の中心になってますわ」
子爵家の次男のクラウスは、自分の鑑定スキルを使って鉱山を見つける会社を運営している。
ただ見つけるだけで無く、土木や林業、地質学などのスペシャリストと組んで、どこから採掘するか、採掘のための事務所や宿舎はどこに作るか、鉱夫たちの食糧調達は何処からするか、など最適な採掘計画をプロデュースしてくれるので、国中、いや他国の貴族たちからも自分の領地を調査して欲しいと引っ張りだこだ。
ただ、調査で山に入ると何か月も戻って来れなくなる生活のため、三十歳間近なのにまだ独身なのだそうだ。
最近は、ある男爵領でエメラルド鉱山を発見したそうで男爵が大喜びしている。
「実は、エメラルドの件でアネット様にお知恵をお借りできないかと思いまして」
「私に?」
「ご存知のようにエメラルドはとても柔らかい石で内包物があるため欠けやすく、研磨が難しい。男爵領にはそれができる技術者がいないのです。どなたか心当たりはいないでしょうか」
「まあ……」
アネットは必死に脳内を駆け巡らせるが、何の知恵も浮かばない。
「残念ですが、お力にはなれませんわ」
「そうですか……」
「私ではなく、エムリット宝石店のご隠居の所で聞いてくださいな」
「え?」
「あの方、御子息にお店をまかせてから、自分は職人の斡旋をしてますの。ご隠居なら心当たりがあると思いますわ」
お力になれずにすみません、と言うアネットに「十分です!」とぶんぶんと頭を振るクラウス。
「先月の夜会でも的確なアドバイスをいただき、本当に感謝しています。あんな所に村があったとは」
「あそこは、隠れ里という程では無いのですが、職人の村なので関係の無い人には存在を知られてないんです」
貴重な技術の継承者なので、王家は把握している。
夜会でアネットに会ったクラウスが、話の流れで
「前に見つけた鉄鉱山は山奥なので、鉱夫に新鮮な食材を届けられない」
と言った時、
「町へ降りる方と違う方向に小さな村がありますわ」
と教えてくれたのだ。
クラウスは、村の人と交渉して野菜の作付けを増やしてもらい、鉄鉱山に売ってもらう事を了承してもらった。
「今では村の子供たちが獲った魚を売りに来て小遣い稼ぎをしているんですよ。おかげで、野菜も魚も新鮮な物が食べられるようになりました」
鉱夫にストレスは大敵ですからね、と笑うクラウスに、アネットは記憶を思い出しながら言った。
「エメラルド鉱山のある男爵領に、子供たちが歌って踊る伝統芸能があるのをご存知でしょうか? それを時々エメラルド鉱山でやってもらったら、鉱夫のストレス解消と子供たちのお小遣い稼ぎになるのではないかしら? エメラルド鉱山は、町からそれほど離れていなくて半日程度で行けるそうですね」
「いいですね! その日はパーッとお祭りにしましょう」
アネット様は本当に知識の宝庫です!、と上機嫌で帰っていくクラウスに「王族なら皆知ってるんですけど……」と呟くアネットだった。
「アネット。俺と婚約しようよ」
「まあ! お父様から私の下賜を命じられたの? アルに押し付けようだなんて、私から断ってあげるから安心して」
「ねえ、姫様。僕と婚約しない?」
「ふふっ、ジェムはおませなのね」
「ところでアネット姫は婚約者がいないとか。良ければ」
「きゃあ! クラウス様にまでモテない私の噂が届いてますの? お恥ずかしいですわ!」
「ねえお父様、私の婚約なのですが……」
「無理!」
「……はぁ。私に魅力が無いばかりに、ご苦労おかけします」
何の能力も無いならせめて政略結婚で国の役に立ちたいと思ってるアネットは知らない。
既に父親に婚約の申し込みが届いている事を。
その誰もが「他の男との婚約を決めたら自分は国を出る」と言う癖の強い男ばかりだという事を。
父の胃が痛い事を……。
内容的には「求婚者が多すぎる」だけど、最初にタイトルを思いついたのでそのまま行った。