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最初の出会いから三度の夜を共に過ごし、その頃には瑠璃の存在は六花にとってあまりにも大きくなっていた。


日中はただただ目の前に現れる物事をこなして、夜が来れば家を出て瑠璃の元へ向かう。

太陽の出ている間は瑠璃のことをずっと考えている気すらしてきて自分でも戸惑うくらい。

だけど瑠璃を想うとなんだか生きる活力が出てくる。一言で言うと、なんでも頑張れる。


そうして瑠璃と共に過ごす夜の時間はとても居心地が良い。

少々大げさな表現をしてもいいのなら、幸せと形容できるくらいだ。

会話をする時間はそんなに長くはないが、黙って二人で隣り合っていたり、瑠璃に身を委ねて眠ったり。


誰かと一緒にいて安心する。誰かと一緒にいて楽しいと思える。

そんな気持ちになれたのは瑠璃が初めてだった。


そんな風に関係を深めていって、お互いに呼び捨てで名前を呼ぶようになったのが出会ってから五度目の夜。

そしてその満ち足りた気持ちを正直に瑠璃へ伝えたのが、出会ってから六度目の夜のことだった。


伝えた気持ちを瑠璃は喜んで受け取ってくれて、瑠璃もより六花に踏み込んで関わってくるようになった。

だけど、その中でも喋りたくない一線というものはあって。


「……そういえばわたし、六花が普段どんな暮らしをしてるのか、よくわからないのです」

「瑠璃は、あんまり気にしなくていいよ」

「そ、そうですか……」


本人から気にするなと言われたら精霊だろうが引っ込むしかない。

でも、瑠璃からすれば疑問に思っていることがあった。


夜にここへ来ているのに親は何も言わないのか。

こんな屋外で容易く眠りに落ちてしまうのはなぜか。

長い道のりを歩いてまで毎晩わたしに会いに来るのはどうしてか。


でも、六花本人が今こうして満ち足りているというのなら、それ以上の口出しはできない。

そもそも人間ではない自分が何かを出来るわけでもない。


「じゃあ、わたしが出来るのは六花をもっと満足させることですね」

「えっ……満足ってなに……」

「はい、それじゃあ抱っこしてあげます。ぎゅーっ」

「ちょっ、瑠璃っ……」


瑠璃が自ら進んで六花を胸に抱き寄せる。

どうやら六花はこうすると安心して眠りやすくなるようなので、今夜はこのまま寝かしつけてその後膝枕にしてやり、六花の寝顔を堪能しようかなと企んだ次第である。


対する六花はそれはもうどぎまぎしている。

突然瑠璃に抱きしめられて、あまつさえ胸に顔を押し付けるような体勢だなんて。


二度目の夜はそのまま眠ってしまったけど、今は眠れそうにない。

だって、瑠璃のことが気になり出してしまったのだから。


名前で呼び合うようになって、お互いのことを少しずつでも知っていくにつれて、瑠璃のことが気になってしまった。

この気持ちは小説の中だけで触れたことのある感情によく似ていて、もしこの感覚が間違っていないのだったら、それは恋愛という意味での好意なのだと思う。


好きな人とこんなに身体を寄せ合って、全身を触れさせているような状況で眠れるわけがない。

それどころか緊張してしまって、眠ることとは逆方向に全身の神経が動いてしまっている気がする。


「あれ、今夜の六花は中々まどろみませんね」

「……こっちより、膝枕の方が寝やすい、かも」

「そうでしたか! では体勢を変えますね」


瑠璃の膝に頭を載せれば今度こそ全身から力が抜けていって、思考はまどろみの世界に入っていく。

そこに瑠璃の手のひらが髪を優しく梳いていくという追い討ちを掛けてきたのだからすっかり眠りに落ちてしまって。


「はあ……六花は可愛いですね……」


その姿を見守る瑠璃が満面の笑みでにこにことしていたことは誰も知らない。



―――



その晩以降、瑠璃による六花への甘やかしの行動が増えた。


ある夜は六花を安眠させるのだと言って子守唄を覚えてきたと言い出した。

精霊なのにどこで覚えてくるのだろうという六花の疑問は、小さいけれど澄んだ声で歌い出した瑠璃の音色に身を委ねているうちにどうでもよくなってしまった。

瑠璃に寝かしつけてもらっているうちは夢を見ることもなく深い眠りにつけていると自覚していたが、その時は特によく眠れたような気がして、瑠璃の精霊としての力なのかもしれないと本気で思ったりもした。


ある夜は花見をするのだと言ってお弁当を用意してきた。

精霊なのにどこでご飯を用意してくるのだろうという六花の疑問は、結局のところ一緒に食べたおにぎりの美味しさには敵わなくてどうでもよくなってしまった。

夜桜の真下には何も敷けずに地面に座るだけだったけど、そんなのいつもしていたことだから気にならなかったし、何より誰かと食事を共にするということが久し振りでなんだか嬉しくて胸がいっぱいになった。


ある夜は耳かきをしてやるのだと言って道具を持ってきた。

精霊の世界にも耳垢というものが存在するのだろうかという六花の疑問は、瑠璃の膝の上で敏感な耳の中をこりこりと掻かれているうちにどうでもよくなってしまった。

長年誰にも見てもらえず自分で掃除するしかなかった場所を瑠璃に見てもらえるというのはありがたい話で、もしかして私はなにかのサービス店にでも来てしまったのかと勘違いしそうになった。


その他ありとあらゆる方法で瑠璃は六花を甘やかし、二人一緒の時間を過ごし、その距離をどんどん縮めていく。

そして六花もまた瑠璃の元を毎晩訪れることが当たり前になり、その時間は二人にとっての日常となっていく。


やがて二人の出会いから1か月が過ぎるまではあっという間だった。


肌を触れ合わせることも、深く見つめ合うことも、互いの心を知ろうとすることも、二人にとっては自然なことになる。

美しい夜桜の下で身を寄せ合う二人の姿は、やはり絵画の中で愛し合っている番のように見えた。


実際のところ、六花が瑠璃に抱いている気持ちは友愛であり、特別な好意でもあり。


そして、瑠璃が六花に抱いている気持ちは―

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