Vol.1(桜鬼)
むかしむかし、日本がまだ江戸時代だった頃。
そのころの日本では、妖怪と呼ばれる類のものと人間は同じ空間で、同じ時間を一緒に暮らしていました。
しかしある時、小さな小さな村を妖怪たちが襲いました。
そこに住んでいた人間たちは全員妖怪に喰べられ、その村は妖怪たちの村になりました。
そんな事件が広まると人間は、妖怪に恐れを抱き、一緒に生活をしていた妖怪を嫌い、多くの妖怪たちを自分たちの村から追い出し、殺してしまいました。
その時妖怪の中で一位を争う強さをした3匹の妖怪達は、無惨に殺されていく仲間たちを素直に見ているはずがなく、日本全土で一斉に人間を殺し始めました。
彼らの強さは人間には到底敵うものではありませんでした。
妖怪達は多くの人間を殺しましたが、たった一人の強力な力を持った陰陽師によって様々な武器に封印され、日本のどこかの村にバラバラにされてしまいました。
1匹は弓に封印され、海が近い村に
1匹は槍に封印され、大きい山の麓の村に
1匹は刀に封印され、桜が綺麗な村に
彼らを封印した陰陽師は、封印に力を使い果たし、その場で亡くなってしまいました。
しかし、その陰陽師の力により、人間は妖怪の力に怯えて暮らさなくて良くなりました。そして、生き残った人間たちは、その英雄を忘れないように大きな大きな祠を造り、いつまでも忘れないようにしました。
......おしまい。
って寝ちゃったわね。おやすみ。翔、陽。」
小さな双子に絵本を読み聞かせていたその女性は、寝ている子供の頭をさらりと撫でると静かにその部屋から出ていった。
ーーー
「孝子‼︎」
蝉がうるさく鳴いている。
まっさらな青空の下、幼馴染の海也が怒ったように俺の名前を叫ぶ。
「本当に剣道、辞めんのかよ‼︎」
「あぁ、ごめんな。」
「なんでだよ‼︎一緒に全国行くって言ったやん‼︎
約束破んのかよ‼︎俺と勝負できんのはお前しかいないんだよ‼︎辞めんでよ‼︎」
「ごめん。だけど、がんばってな。
応援してる。」
海也の肩を叩き、道場の門をくぐる。
泣きそうな顔はあいつから隠して。
そこから海也と顔を合わせずに別の中学校へ進学した。
中学を卒業し、高校へ進学するとそこにあいつは居た。
あいつと同じクラスになったが、話すことはなかった。
小学校で別れてしまったから、顔を覚えてなくても納得する。
それに俺は、小学校の時にはしていなかった眼鏡をしていたし、余計にだろう。
高校生活が始まって三、四ヶ月経ち、蝉がうるさくなってきた頃。
それは突然だった。
飲み物を買おうと自販機がある体育館の近くに行くとどこかで怒鳴っている声が聞こえてきた。
普段はそんなことがあっても無視を貫くのだが、その時はなぜかその声が気になり、声の方へ向かった。
大きな柱から顔を出し、覗くと小柄な男の子がいじめられていた。
どうやらいじめられている子は一年で、周りを囲んでいるのは二年生らしかった。
大人数で一人をいじめる。
弱者がよくやる方法だ。
流石に可哀想だなと思い、足を動かす。
「おい、お前らやめろよ。」
携帯をかざしながらそいつらの前に姿を表す。
いじめていた奴らのリーダーらしき男が俺に詰め寄ってくる。
「なんだぁ?てめぇ。勝手に見てんじゃねぇよ。
さっさと失せろや。それともあいつとおんなじことされたいのか?」
そんな脅し文句を言ってくるがそんなもので俺が怖気つくとでも思っているのか?アホな奴だな。
何も言わない俺に嫌気がさしたのかそいつは俺のワイシャツの襟を掴む。
それを待っていたんだよ。
襟を掴んだ手を取り、放り投げる。
リーダーらしき男はそれだけで目を回した。
「ザッコ。」
そう呟くと、周りの取り巻きたちが襲いかかってきた。
人数は五、六人。
まぁ、いけるだろう。
そう思ったのも束の間、そいつらの数人がナイフを取り出した。
ナイフは反則だろ。
しばらく攻防を続ける。
流石に素手で五、六人を相手にするのはキツいな。
そう思いながら戦っていると声がした。
「おいおい。てめーら何やってんの?」
それは、別れた時より少し低くなった俺の幼馴染、海也の声だった。
海也は、竹刀を片手にいじめていた奴らを一人ずつ相手にし、倒していく。
やっぱ強いな。久しぶりに海也の剣裁きを間近で見て感じた。
海也が登場し、すぐにいじめていた2年生は全員地面に突っ伏した。
「お〜い、大丈夫か?」
いじめられていた子の方に向き、声をかける。
俺はお役御免だなと思い、校舎の方に帰ろうとしたら、後ろからありがとう。と小さい声が聞こえてきた。
俺は小さく手を振りかえし、その場を離れた。
その次の日、教室に入るといきなり海也が話しかけてきた。
「なぁ‼︎お前孝子やろ⁉︎俺の幼馴染の。」
いきなりで驚いた。
話しかけられるとは思っていなかったから。
「あぁ、そうだよ。」
「やっぱ、そうやんな。
昨日の喧嘩のフォーム?と言うか体の使い方?がなんか似てると思ったんよ。
てか、前からそうかな思っとったけど話しかけにくくてな。」
「ごめんな。あの時は。」
「ちゃ、ちゃうねん。
確かにあん時、お前と喧嘩別れみたいな感じだったけど。
なんて言うか、俺の方こそごめん‼︎
お前が剣道辞めるってそれだけ聞いて怒ってた。
お前が自分で辞めたいって言い出したんじゃないって先生に言われてすごく後悔した。だから謝るのは俺の方や。ほんまにごめん‼︎」
言葉が出なかった。
海也がそんな風に思っていたなんて、そんなに後悔していたなんて分からなかった。
「いや、俺も悪かった。
なんの説明もなしに辞めるしか言わなくて、お前がそんなこと思っていたの分かんなかった。俺こそ、ごめん。」
互いに謝り合う。
そこは、朝のホームルームが始まる直前の生徒がごった返している教室だと言うことも忘れて。
「ホームルーム始めるぞ〜って何してんの?」
先生がそう言いながら入ってきたのに気づき、そこが教室の中だと思い出す。
その時、俺の顔はとても赤くなっていただろう。
恥ずかしいと嬉しいという感情で。
その日の昼休み、俺らを訪ねてきた子が居た。
それは昨日助けた男の子だった。
「あ、あの。昨日はありがとうございました。」
「なんや、礼なんて別にええのに。」
「いえ、そんなわけにいかないですし。
それに、兄もお礼が言いたいと言っていたので連れてきました。」
そう彼が言うと、横にいた男子が口を開く。
「昨日はこいつがいじめられていたところを助けていただいたようで、本当にありがとうがざいました。」
「いやいや。そんな頭を下げないで下さい。」
「いや、しかし。俺の大事な弟を守って下さった方に、そんな雑な対応はできないです。」
「でも、流石に同じ一年だし、敬語は辞めてーな。」
「はい、分かりました。」
「直ってないやん。」
「あ……分かった。」
「おん。それでええ。
そういえば、名前聞いとらんかったな。
名前なんて言うん?
俺は、河津海也。
1年1組、剣道部や。」
「俺は、雨川孝子。
1年1組。部活には入っていない。
一応海也とは幼馴染だよ。」
「俺の名前は、上山翔。
1年6組。部活は入っていなくて、生徒会の本部補佐をやっている。
それと、こいつの双子の兄。」
「僕は、上山陽って言います。
1年3組。弓道部に入っています。
翔の双子の弟です。」
「翔と、陽か。
よろしくな。」
「ああ。」
「うん。よろしく。」
これが彼らが出会ったきっかけだった。
1
「母さん‼︎父さん‼︎」
泣きながら彼らに手を伸ばす。
もう彼らに手が届かないと分かっていても。
何度も何度も彼らを呼ぶ。
彼らに声が届かないと分かっているのに。
手と声が暗闇にかき消されていく。
ハッと目が覚める。
またこの夢だ。
何回も何回も何回も夢に見る。
母さんと父さんが死んだ時の夢。
俺らが小学生に入学する直前、酔っ払いが運転していた車に突っ込まれ、前に乗っていた両親が死んでしまった。
その情景が、感情が夢で何回も繰り返される。
いつも通りの生活が無くなったその時のことを。
「もう見ないと思っていたのにな」
小さく呟いた声は、暗闇に消えていった。
高校生になり、大学生になり。
順風満帆な生活を送っていたためか、ここ2年ほどは見なかったのに。
なんでだろうな。
蛇口を捻り、水を出す。
それをコップに注ぎ、一気に飲み干す。
眠っていた脳が起きる感じがした。
炊き立てのご飯は両親へ。
彼らの仏壇に供え、手を合わせる。
その後朝食と弁当を作り、陽を起しに行く。
「陽。起きろ。朝だぞ。」
何回か体を揺すり、声をかける。
ん。寝ぼけている声が聞こえる。
しばらくそれを続け、陽が起きたら、一緒に朝食を食べ、一緒に家を出る。
これが、今のいつも通りの日常だ。
「お〜い。翔。」
いつも通り大学の食堂で双子の弟の陽と昼飯を食べていると、高校からの友人である雨川孝子、河津海也そして、2年の時引っ越してきて仲良くなった桜利一葉が近くの席に座ってくる。
「相変わらず、うまそうな弁当やな。」
海也が隣から俺の弁当を覗きながら話しかけてくる。
「あげないぞ。」
「いらへんわ。おれも飯あるし。」
と言い海也は弁当を広げはじめた。
「相変わらずだな。海也は。」
ボソッと孝子が呟く。
それに反応し、海也が突っかかる。
「なんやぁ?孝子。言いたいことあるんやったらもっとはっきり言えや〜」
「言ったら言ったらでもっとうるさくなるからめんどい。」
「なんやとぉ?」
いつも通りの流れで海也と孝子が喧嘩を始めた。
中学で出会った時から毎日行なっている気がする。
それを止めるのは俺ら3人だし、ここは大学の食堂だからやめてほしい。
俺の席の前にいる2人の顔も呆れ返っている。
はぁ、めんどくさい。
ほっといても良いのだが、人目につくから止めなければならない。
なんでこんなにも反りが合わないのだろうか。
仲は良いはずなのだが。
「2人とも。そろそろやめないと、翔が怒るよ。」
いつもはめんどくさいと言う理由で、率先して止めに入りはしない一葉が止めに入った。
喧嘩をしていた2人はというと俺の方をちらりと見たと思ったら急に青ざめた顔をして黙りこくった。
俺の顔がそんなに怖かったのだろうか?
まぁ良い。
「お前ら一応ここは大学の食堂だから、静かにしろ。」
俺が怒るまでがいつも通りの流れだ。
毎日やっているような気もする。
こいつらはいつまでも飽きないのだろうか?
しばらくは、次の授業は何かとか、勉強が難しいだとか、他愛のない話をしていると、いつもは話を聞いていることが多い一葉が口を開いた。
「ねぇ、みんな来週末って空いてる?」
「おん、空いとるで。なんかあんのか?」
いち早く海也が答える。
「来週末僕が住んでた村で大きなお祭りがあるんだ。
5年に一度の大きなお祭り。
僕の村結構遠いから泊まることになると思うけど、大学生になったし、次は5年後だし、一緒に行けないかなぁって。」
「ええやん‼︎みんなで行こや‼︎」
「いいな、楽しそうだな。」
孝子も乗り気なようだ。
「陽と翔は?一緒にいこうや‼︎」
海也が迫ってくる。
「陽、どうする?」
「行きたい‼︎」
「そうか、じゃあ行くか。」
その答えを聞くと、一葉は嬉しそうに笑い、
「みんな行くってことで良いね。
じゃあ、父さんに伝えるから、少し離れるね。」
と言い、携帯を片手に席を立った。
「いや〜楽しみやな‼︎てか、一葉の村ってどこだっけ?」
「桜来村。ってことは聞いた事はあるけど…」
「あれだ。桜が有名なところだ。」
「そうなん?全然知らんわ。」
「俺も聞いたことがない村だったから調べただけ。」
「ふ〜ん。」
「海也。自分で聞いて興味なさそうにするなよ。」
しばらくそんな話をしていると、一葉が帰ってきた。
「なんの話してたの?」
一葉がそう聞いてきたので、
「お前の村について。」
と答えると、一葉は
「あれ?翔に僕の村教えたっけ?」
「あぁ、高校で初めて会った時、一回きりだけどな。」
「よく覚えてるね。」
「まあま。」
「せや‼︎一葉、予定は?なんか必要なもんとかあったりする⁉︎」
海也が楽しそうに一葉に聞いている。
「屋台が出るから、お金は必要だけど、それだけで大丈夫。あと、特に気にしないなら、着物があるからパジャマとかは必要ないし、泊まるとこは父さんが用意してくれるって。」
「なんや、えらい高対応やな。」
「うん。言ってなかったけど、僕の家系は結構良いところだから、家が広いんだよね。」
「はえー。お偉いさんやったん?」
「村長とかではないけどね。あの村ではそこそこ良い家系だよ。」
海也と一葉の会話を聞いていたらそろそろ授業が始まりそうな時間になっていたので、席を立つ。
「そろそろ、授業が始まるから行くな。」
「あぁ、もうそんな時間か」
孝子が時計を見て気付いたように言う。
「詳しいことは後で送ってな。」
「分かった。」
「じゃあまたな。」
軽く挨拶をし、陽と共に食堂から出る。
「陽も珍しく楽しそうだな。」
「うん。だって久しぶりの遠出だし、みんな一緒だから。」
「そうか。楽しみだな。」
陽は、生まれつき体が弱かったため、小学校や中学校、高校の行事にほとんど参加ができていない。
だから、今回のお祭りは楽しみにいているようだ。
前日に風邪を引かなければ良いのだが…
2
当日。
一葉の家に他の4人が集まる。
どうやら、一葉のお父さんが迎えに来てくれたようだ。
今回は陽も風邪を引くこともなく、皆で出かけることができた。
桜来村までは、5時間ほどかかるらしい。
朝が早かったため、出発してからすぐに皆寝てしまったようだ。
気がつくと、そこは俺らが今まで住んでいた都会ではなく、江戸時代の様な木造の建物が所狭しと並んでいる場所になっていた。
車が停まり、一葉の家へ案内された。
その家は、この村の中で1、2を争うほど大きな家だった。
村に着いた時刻が丁度お昼くらいだったので、一葉の家でご馳走になり、村の探検をしたい‼︎と言う海也の言葉により、村の探検(散歩)をすることになった。
いろんな所をふらふら歩くこと数十分。
まるでタイムスリップをしたかのように感じた。
この村の家は今とは違う昔の造りの木造で、
周りにいる住民たちは、大人子供関係なく皆、着物を着て生活をしている。
今の時代では考えられない様な暮らしをしていた。
村を一周したくらいに、不意に一葉が
「大桜見に行かない?」
と聞いてきた。
「大桜?」
と不思議そうに海也が返すと、
「そう。あの近くに見える崖の麓に生えているんだよ。
そして、この村の桜の中で一番綺麗。」
「今まで見てきた桜もごっつ綺麗やったけど、それより綺麗なんか?」
確かに海也の言う通りだ。
この村は、桜来村。
村の名前につくように、至る所に植えられている桜は綺麗だった。
今まで見てきた桜より綺麗な桜は少し気になった。
「うん。一番綺麗。
神聖な場所だから、普通の観光客は行けないけど、友達だから特別。」
その言葉を聞き、反対するものはいなかった。
村の中腹から歩くこと十分ほど、それは見えてきた。
それは、とても大きく、今まで見てきたどの桜よりも色が濃く、綺麗だった。
近くには、紙垂が垂れ下がり、大きなお社が建っていた。
桜にも目がいったが、近くに建っているお社も気になった。
神聖な場所と言っていたので、何かが祀ってあるのだろう。
何が祀ってあるのか気になり、お社に近づく。
お社の襖を開けようと、手をかけると、後ろから肩に手を置かれた。
「翔。そこは開けちゃダメだよ。
そこには、この村を守っている方がいる。
開けたら最後、その方に食われてしまう。」
一葉の声だった。
しかしその声は、ひどく冷たく少しばかりの恐怖がした。
首から冷や汗が垂れ落ち、硬直する。
後ろを振り向くことは出来なかった。
しばらく硬直していると、一葉の声がかかった。
「お〜い翔。さっさと帰んないと怒られるから、帰るよ〜。」
先程の声とは全然違う優しい、いつもの声。
不思議な感覚に陥りながら、彼らの後ろについていった。
3
村の中心部に着くと同時に6時になり、ゴーンと村の鐘が鳴った。
と同時に、村中が騒がしくなる。
どうやらお祭りが始まったようだ。
周りからは、楽しそうな楽器の音や、屋台のいい匂いが充満していた。
早速海也が騒ぎ出す。
「すっげ〜。早よ行こ、孝子‼︎」
と言い、孝子の袖を掴み走り出す。
抵抗している孝子だったが、海也の力に負けたのか、大人しく引きずられて行った。
残された俺たちだったが、どうやら一葉は用事があるらしく、俺は、陽と2人で回ることとなった。
焼きそばやお好み焼き、りんご飴等たくさんの食べ物の屋台や、射的やくじ引きなど遊べる屋台など、色んな屋台があり、いつまでも居られる気がした。
それでも終わりがある。
このお祭りの最後は、剣舞だった。
皆が集まるところに顔を出してみると、そこでは、剣舞が披露されていた。
今までは、一葉の両親が披露していた様だ。
うっすらと汗をかいている2人は、俺らを見つけると、寄ってきた。
「え〜っと、翔くんと陽くんだよね?
お祭り楽しめてる?」
2人はとても優しく話しかけてきた。
「はい。すごく楽しいです。
それと、泊まるところとか、送迎とかいろいろありがとうございます。」
当たり障りがない様に返事を返す。
「そんなにかしこまらなくていいよ。
そういえば、もう2人いたよね?海也君と、孝子くん。一緒じゃないんだ?」
「はい。お祭りが始まってすぐに別れたので俺らは、2人で回っていました。
あぁ、それと、一葉ってどこに行ったのですか?
なんか用事があるって言って別れたんですけど。」
「あれ?知らなかったの?」
「?何も言われていないです。」
「そっか〜まぁ、もうすぐわかるよ。」
と、一葉のお父さんは、舞台の方を向く。
つられて俺も舞台の方を向くと、着飾った一葉ともう一人、きれいな黒髪の知らない子供が、舞台上に出てきたところだった。
一葉と、子供が舞台上に正座をし、口を開く。
「この村の守護者の守人、桜利一葉。」
「同じく、桜利十月。」
「この村をお守りなされている、桜鬼様に我らの剣舞を捧ぐ。」
と言うと、2人は立ち上がり、剣をかまえる。
ーーーーシャン
と鈴の音がすると、2人は動き出す。
周りの音に合わせ、一糸乱れぬ動きで剣を振るう。
時折剣が交わりながら、2人が舞う。
それはまるで、蝶が舞うように、花びらが舞う様に。
ひらひらと舞っている。
その剣舞は、今まで見てきたどんな踊りよりも洗礼されていた。
ーーーシャン
大きく鈴の音がして、剣舞が終わる。
気がつくと2人の舞に見入っていた。
辺りを見渡すと、そこには数多くの人が居た。
皆、彼らに見入っていたようだ。
しばらくそこに立っていると、海也と、孝子が寄ってきた。
「やばっかったな〜。一葉あんなに踊れたんや。すごかったな‼︎」
興奮した顔で話しかけてきた。
「そうだな。すごくきれいだった。」
海也の言葉に賛同すると、物珍しそうな顔をされた。
「翔にしては、珍しいな。いつもは、何にも我関せずみたいな顔してるのに。」
「せやなぁ。いつもはつまんなさそうやけど今は、凄くええ顔しとるわ。」
孝子と海也が言ってくる。
そんなに俺楽しくない様だったのか?
結構楽しんでいる気はしていたんだけどな。
そう思い、陽の方を向くと、
「確かに、翔は顔に出ないもんね。」
と言われてしまった。
そうだったのか。
顔に出さず、しょんぼりしていると、着替えたのか普通の着物を着ている一葉と、一緒に舞っていた十月と言っていた子供が俺らに寄ってきた。
すぐに海也が駆け寄る。
「一葉すごいな‼︎あんなに踊れたんや‼︎
むっちゃきれいやったで‼︎」
「ありがとう。
と言うか、言ってなかったのに見に来てくれたんだね。」
「おん。射的で遊んでいたら、おっちゃんに見に行った方が良え言われたから、見にきた‼︎」
「そうなんだ。みんな居るし、一緒に帰ろうか。」
「へ?まだ、遊びたいんやけど。」
「このお祭りは、僕らの剣舞で終わり。
もう屋台とか片付け始めているし、この後、ずっとここにいると、この村の守護者様に攫われて、殺されてしまう。そう言う言い伝えがあるから、みんなすぐに帰ってしまうよ。」
確かに、周りを見渡してみると、先程まで大勢いた人影がだんだんと減ってきている。
そんな言い伝えに恐れたのか、海也は
「さ、さっと帰ろーぜ。」
と震える声で、一葉の背中を押している。
言い伝えはともかく、お祭りは終わった様なので、彼らに続き、一葉の家まで帰ろうと、後ろを向く。と同時に強い風が吹き、シャンと大きく鈴の音が聞こえたような気がした。
一葉の家の一室を借り、5人で雑魚寝をする。
皆疲れていたのだろう、布団に入るなり直ぐに寝息が聞こえてきた。
かく言う俺も、疲れていたようで、直ぐに瞼が落ちてきた。
4
ハッと気づくとそこは、俺らが寝ていた部屋とは違う畳の部屋だった。
周りには、陽と海也と孝子がいる。一葉の姿はどこにもない。
布団もなく、俺らの恰好は夜寝る時に着ていた着物とは違う袴と呼ばれる姿になっていた。
ここはどこなのか、なぜここに居るのか分からない。
とりあえず全員を起こさなければと思い、皆が寝ている近くによる。
俺の一番近くにいた陽から起こす。
「陽、起きろ。」
そう言いながら、体を揺さぶる。
ん〜。と声を上げながら薄らと目を開ける。
「陽、起きろ。」
「どうしたの?」
「とりあえず、海也を起こしてくれるか?」
「なんでぇ〜?」
「いいから。はやく。」
「ん〜分かった。」
起きたばかりのため、まだ寝ぼけている様だが、海也を揺すっている。
俺は、もう1人、孝子を起こす。
「孝子、起きろ。」
「はえ?どうしたの?」
「周りを見ろ。」
「?….‼︎どこここ?」
「分からない。とりあえず出るぞ。」
「う、うん。」
孝子は、比較的寝起きが良いため、直ぐに状況を理解し、俺と共に行動に移す。
「海也は起きたのか?あいつなかなか起きないだろ。」
「陽に任せた。とりあえず、出口を探すぞ。」
「分かったと言っても、前か後ろの障子を開けるしかなさそうだけど。」
「そうなんだよな。適当に開けるか。」
と言い、孝子と並び、前にある障子を開ける。
抵抗もなく障子が開く。
と同時に向こう側にある悲惨な光景が目に入ってきた。
その部屋は、壁や床、天井に至るまでびっしりと大量のお札が貼ってあった。
そして、その部屋の中心には身体に刀が刺さり、赤く染まっている一葉がいた。
「.......一葉か?」
震える声を発する。
「そ、そうみたいだな。」
「…………….とりあえず、ここ出るぞ。」
「あぁ。」
震える声で話し合い、後ろにいる2人を連れ、もう一つの障子を開ける。
開けるとそこには、紙垂が乱雑に張り巡らせられた森と、大桜があった。
「大桜か。孝子、村に戻るぞ。」
「分かった。」
俺は、陽を、
孝子は、海也の手を引き村への道を走る。
完全に覚醒していない人を連れ、走るのは大変だが気にしている余裕はない。
村までの道を一所懸命に走る。
途中で陽が完全に覚醒したらしく、なに⁉︎どんな状況‼︎と叫んでいたが、説明している暇はないため無視して陽の手を引き続ける。
海也も覚醒したらしく、孝子の横を走っている。
「ハァ、ハァ、ハァ。」
村の中心部に着き、息を整える。
村人に、彼の両親に伝えなければ、そう思い周りを見渡す。
しかし、何かがおかしい。
もう日が上がっていると言うのに村人が誰一人といない。
ましてや、ここで人が住んでいたと考えることの方がおかしいようなほど周りにある建物全てがボロボロだ。
蔦が生い茂り、屋根が落ちたり、壁が崩れたりしている。
昨日楽しんだ村とは雰囲気が違う。
しかし、建物の配置はそのままだ。
「な、なぁ翔。この村こんなボロボロじゃなかったよな?」
孝子も同じことを思ったようだ。
「そ…うだよな。なにがおこったんだ?」
「翔‼︎説明してくれへん?起きたら直ぐにダッシュさせられたんだけど。」
海也が俺に詰め寄り、肩を掴んでくる。
「……..正直俺にもなにが起こっているかは、分からない。
けど…….」
「なんや?」
「俺らが逃げてきた場所は、大桜の近くに立っていた祠。
その奥で……..一葉が血まみれで倒れていた。」
「そ、それって一葉が、死んどったってことか?」
「……よく確認はしていないが、一葉が倒れていたところの周りにあった血液の量は、致死量を遥かに超えていたと思うし、胸に刀が刺さっていた。
だから、直ぐにここに逃げてきた。」
「じゃあ、ここがこんなんなってる理由は分からんのか。」
「あぁ、分からない。」
「じゃあどうするか。村人探しても良えけど、俺はこの村出たいな。怖い。」
「村の入り口行くか。」
「せやな。」
四人でまとまり、村の入り口を目指す。
そこに向かって歩いている途中にも村人は一人も見当たらなかった。
村の入り口だと思われる大きな門があるところに着く。
その門から外に出ようと、一番前を歩いていた海也が何かにぶつかる。
「いでっ。」
「海也?どうした?」
海也に駆け寄り聞く。
「なんか、壁がある。見えへん壁が。」
と言い、門を指す。
そんなことあるはずないだろう。
そう思い、向こう側へと手を伸ばす。
もう少しで外側だと言うときに、手のひらが止まる。
手のひらが何か見えないものが当たる。
上下左右触る場所を変えてもそれは変わらない。
「これは、なんだ?」
「せやろ。見えへん壁があんねん。」
「と言うことは、ここから出られない。
この村に閉じ込められた。のか?」
「翔。どうする?ここが、現実と違う場所だったら帰り方を探らないと。帰れない。」
透明な壁を触っていた孝子が話しかけてきた。
「他に村から出られるようなところを探そう。」
そう言い、後ろを振り向き歩き出す。
村から出れる場所を見つけようと、村の一番大きな道を歩いていると、シャンと、鈴の音が後ろからした。
瞬間的に後ろを振り向く。
そこに居たのは、桜色の袴を着て、刀を持ち、布面をしている人物だった。
刀は、赤黒く染まっている。
一見すると、血が付着しているようだ。
背丈は十五、六歳ほど、顔は黒い布面をしているため分からないが、黒髪とだけは分かる。
彼は、何かを言うわけでもなく、俺らに襲いかかって来た。
「逃げろ‼︎‼︎」
海也が叫ぶと同時に皆走り出す。
あいつは誰だ?
あいつが一葉を殺したのか?
なぜ追いかけてくる?
なぜこの村から出られない?
この空間はなんなんだ?
分からないことが多すぎる。
だけど今は考えている暇はない。
振り向かず足を動かし続ける。
あいつと十分な距離とり、脇道へと身を隠す。
まだ鈴の音は聞こえている。
民家の角から少しだけ顔を出し今きた道を見る。
追いかけてきたあいつがこちらに歩いてきていた。
直ぐに顔を戻し、息を殺す。
だんだんと鈴の音が近づき、遠のいていく。
どうやらまけたようだ。
息を大きく吐き、これからどうするかを考える。
あいつはなんだ?
どうやったらここから出れる?
考えても考えてもどうすれば良いのかなに一つと分からない。
考えが行き詰まった時、再び鈴の音が響き出した。
ハッと顔をあげ、音の方を向く。
そこにいたのは、先程の奴…..ではなく一葉の弟、十月だった。
「……..十月だよな?」
意図せず声が出た。
「はい、そうです。」
抑揚のない声が帰ってくる。
「ここは、どこなんだ?」
「桜来村の裏世界、桜に鬼と書く、桜鬼村です。」
「裏世界?だから、人がいなくて村がボロボロなのか。
じゃあ、なんで俺らはここにいるんだ?」
「あなた方四人が桜鬼様の贄に選ばれたからです。」
「贄?」
「はい。五年に一度贄を差し出すのです。
それにあなた方が選ばれた。だから裏世界に連れてこられ、ゲームを行う。
今年は、どうやら鬼ごっこのようですね。
頑張ってください。鬼の持つ刀に切られると、もう帰ることは出来なくなりますから。」
「と言うことは、ここから出るには逃げ切ることしかないのか?いつまで?」
「いえ、鬼ごっこと言っても、ここから帰るには、鬼を倒さなければいけません。」
「‼︎鬼倒せんのか‼︎じゃあ、どっかに武器とかあんの⁉︎」
鬼が倒せると分かった途端、海也がワクワクしだした。
相変わらずこいつは、楽しそうなことには良い反応をする。
「はい。あります。
私達の住んでいる桜利の家にたくさんの刀や、弓矢があります。
他の場所にもありますが、どれでも自由に使ってもらって構いません。」
「そんなら、はよ取り行こ‼︎」
海也が孝子を引っ張って行く。
「翔も、早よ行こ‼︎」
海也に催促される。
「そういえば、どうして十月はここに居るんだ?
急に現れたと思うんだけど?」
「それはですね、ここでのルールを説明するために来たのです。」
「どうやって?」
「我々、守人の家系はこの世界を自由に行き来することができるのです。」
「その力を使って、俺らを助けるのは出来ないのか?」
「はい。不可能です。」
「そうか。」
「はい..............それと最後に、今までに起きたこと全ては信じないようにして下さいね。」
信じるな?
今までに起きたことを?
「それはどう言う…..」
言葉の途中で、十月は鈴の音と共に、消えてしまった。
「お〜い、翔?
どしたん?早よ行こ〜‼︎」
十月が言った言葉に少しだけ嫌な感じを覚えたが、今は考えている余裕はない。
早くあの鬼を倒すための武器を見つけなければ。
そう思い、前にいる三人を追いかける。
昨日村を散策しておいたお陰か、すんなりと桜利家に着くことが出来た。
とは言っても、小さな村だ。
何度か鬼を見つけたが、あいつに近づくと鈴の音が鳴るようで直ぐに隠れることが出来たため見つかることは無かった。
桜利の家に入る。
昨日一晩過ごしただけだが印象がガラッと変わっていた。
綺麗だった廊下は土に塗れ、障子や襖はビリビリに破れたり、壊れたりしている。
しかし、部屋の配置は変わっていない。
昨日見なかった部屋も調べる。
一階から二階まで、広い屋敷内を駆け回る。
しかし刀はおろか、ハサミや包丁まで日常的に使うであろう刃物もなに一つと見つからなかった。
「チッ、どこに刀あんねん。
見つからんやん。あいつ嘘言いよったんか?」
全ての部屋を調べ尽くし、四人で玄関に集まり、海也が言った。
「他の場所を探すしかないか。」
「鬼を倒さなあかんのやろ?」
「あぁ。ここで見つからないと言うことは、他の家で探してみるか、素手でやるか。」
「素手はあかんやろ。鬼は刀持ってるんやで。」
「そうなんだよな。」
十月が言っていた武器がなければ鬼を倒すことは厳しい。
かといって他の家を探るのはデメリットが多い。
どうするか、手詰まりだ。
そう思った時に、
「ね、ねえ。翔。」
隣にいた陽が声を掛けてくる
「どうした?」
「あそこ、なんかある。」
そう言い木で出来た壁の一部を指差す。
そこに目をやると、よく見ないと分からないような小さな出っ張りがあった。
少しだけ観察し、それを押し込むとその真反対の壁が動き出した。
新しく出来た空間に目を向けると、そこには沢山の刀と弓矢が仕舞われていた。
「‼︎こんなところにあったのか。気が付かなかったな。」
「よく気づいたな。陽。」
「偶然だよ。」
早速中に入り、得物を物色する。
不思議だった。
こんなにも周りの民家はボロボロなのにこの場所は、ここにある武器達は全て手入れがしっかりとされている。
刀は刃こぼれなく、どんなものでも切れそうなほど磨かれており、弓は弦が緩むことなく、持ちやすいように加工されたりもしている。
そう感じている、思っているのは俺だけの様だが。
四人とも自分の得物が決まる。
孝子と海也は、刀に。
俺と陽は弓矢を持ち、予備に短刀を袴の帯に入れ込む。
弓矢を持ったことは昔に一、二回あるくらいだが、近接より遠距離の方が自分にはあっているだろう。
孝子と海也は剣道を、陽は弓道をやっていたためなんとかなるだろう。
「みんな武器決まったし、鬼を倒しにいこ〜‼︎」
海也の明るい声に賛同し、桜利家から出る。
さて、行きますか。
5
鬼を探して村を駆け回る。
そんなに広い村ではないため、直ぐに鈴の音が聞こえてきた。
鬼に見つからない内に家の角に隠れる。
見つからないように、息を立てないように、落ち着きながら鬼が目の前を通り過ぎるのを待つ。
鬼が俺らの隠れている場所を通り過ぎ、背中を晒す。
と同時に、海也と孝子が家の角から出て、鬼に刀を振るう。
俺らは、少し距離を取り、弓矢を構える。
キンッ….金属が当たる音がした。
完璧に背中を取っていたのに、鬼はそれに反応した。
二人の刀を受け止め、海也に刀を振りかざす。
それは、海也の髪をかすり、彼の髪が数センチはらりと落ちる。
「おっと。あっっぶな。」
「大丈夫か?孝子⁉︎」
「全然大丈夫。っだけど結構強いな、こいつ‼︎
久しぶりに本気でやれるぞ。孝子‼︎」
「そうだな。」
刀を構えながら、海也と孝子が会話をする。
しばらく睨み合いが続いたと思ったら鬼が我先にと動き出した。
一直線に海也に向かっていく。
もう少しで海也に当たると言うところで孝子が間に入り、刀を受け止める。
その瞬間海也は、鬼の背後に周り刀を振り下ろす。
しかし、鬼はそれを避け、海也の横腹に蹴りを入れた。
海也は吹っ飛び、近くの家の壁にヒビを入れ、かはっと苦しそうな声をあげた。
「大丈夫か⁉︎」
「なんとか。骨は、いってない。」
孝子が声を荒げる。
答え的にはまだ戦えそうだ。
「本当に強いなこいつ。」
「せやなぁ。こんな強い奴とやるんは、小学生以来か?」
「確かに。そんぐらいだろうな。」
しばらくの間、攻防が続く。
海也と孝子は共に息のあった動きをして、俺と陽は度々弓を射り、鬼の動きを制限する。
矢が当たるなんて思っていない。
ただ、鬼の動きを鈍くする。それに専念して弓を射り続ける。
「おいコラ、海也‼︎
そっち行くな‼︎フォロー出来ないだろが‼︎」
「孝子‼︎そっちじゃないやろ‼︎
俺の動きに合わせろや‼︎」
「だったらもっと分かりやすい動きをしろ‼︎
ただでさえ分かりにくい動きするんだから‼︎」
「そんぐらい、分かれや‼︎
それとも劣ったんか⁉︎」
「そりゃあな、お前と一緒にやるのは、小学生以来だからな。
お前のやり方も結構変わってるからやり難い‼︎」
「しょうがないやろ‼︎時間が経てば変わるんだよ‼︎」
「そうですか‼︎」
二人は口喧嘩をしながら鬼と戦っている。
言い合っているのに動きはピッタリとあっている。
動きが洗練されている。
さすがだな。
どのくらいそれが続いていただろうか、
陽の射った矢が鬼の肩に当たり、少しばかり怯んだところを二人は見逃さなかった。
孝子が鬼が刀を持っている手を飛ばし、海也が鬼の首に刀を振るう。
それにより、鬼の腕と首が胴体から離れる。
途端に、鬼の切られた部分から段々と霧状になり、消えていく。
鬼は何も言葉を発することなく身体が全て消えてしまった。
倒した。倒せた。
これで元の世界に帰れる。
喜びながら疲れ切った身体を動かし海也と孝子の方による。
「久々に暴れたったわ‼︎」
「もうやんないと思っていたんだけどな。」
「せやなぁ。」
「お前らすごかったな。
そんなに戦えるとは思っていなかった。」
「せやろ。」
「なんか戦い慣れてる感じだな。
最後首を落としても、普通な感じで話してるし。」
「それはやな、こう言うゲームやっとるから慣れてんねん。」
「そうなんだ。」
「おう。ところで陽は大丈夫か?あいつグロ耐性ないやろ。」
「いや、あいつも意外と平気。
身体弱くて、家に篭りっぱなしの時いろんな映画とか見てたから。」
「ほーん。ならよかったわ。」
「これで元の世界に帰れるのか?」
「え?そんな訳ないじゃん。」
そんな声と同時に孝子が飛ばされる。
どうやらその声の主が刀を振るい、孝子がそれを受け止めたようだ。
「あっぶな。」
「さっすが、孝子。
やっぱ反射が早いね。フフ。」
そう静かに彼は笑った。
俺はまたしても混乱してしまった。
そいつはここにはいないと思っていた人物だったから。
そいつは俺の友人だったから。
そいつはもう死んだと思っていたから。
俺らが間違っていたのか?
何故ここにいる?
何故そんな格好をしている?
何故孝子に刀を振った?
何故?
「なんで、お前がここにいるんや‼︎一葉‼︎
お前死んだんとちゃうんか⁉︎」
海也が吠える。
声をかけてきた人物は、
先程の鬼が来ていたよりも一層濃い桜色の袴を着て、刀を持ち、いつもは隠している右目を晒し、額には、黒々とした大きな角を生やした、一葉だった。
他の三人も俺と同様に混乱しているようだった。
孝子は、俺とあいつが血を流しているところを見たから余計にだろう。
「え?あれだけでは俺らは死なないんだよね。
残念なことながら。」
「どう言うことや?」
「俺らが守人ってことは知ってるでしょ?
守人の家系、つまり桜利家の血筋の人物は、この世界では死んでも死ねないんだよ。」
「じゃあ、なんであん時死んどったんや?」
「あれは、儀式の続きだよ?」
「儀式?」
「そう。妖刀桜鬼で、自身を切り、そこに鬼を宿す。
五年に一度それを行い、鬼が憑く人物を変え、その人は五年間社の中で過ごすことになる。
翔が社を開けようとした時止めたのはそんな理由。
まだそこには、鬼に憑かれた十月が居たからね。
……..まだ聞きたいことはある?」
「このゲームはまだ続くってか?」
「あぁ、そうだよ。」
「元の世界に戻るにはどうすれば良い?」
「俺を倒せば良い。そうすれば直ぐに帰れる。」
「方法はそれだけか?」
「他にもあるよ?
だけど、全部教えると楽しくなくなるから、教えない。
他には?」
「お前は俺らを騙しとったんか?」
「…うん。そうだよ。」
「なんでや?俺らを友達と思っとらんかったんか?」
「友達とは思っていたよ?
だけど、これが僕の役割だからね。
五年のうちに贄を探してこなければいけないんだ。
でも、どうせなら仲良くなった人を贄としたいじゃん?」
「なんでや?」
「だってぇ、仲が良い友達が裏切られたって、絶望した顔が好きなんだもん。」
そう答える一葉の顔を見て、俺はゾッとした。
今まで一回も見たことがない顔だったから。
とても楽しそうに、とても嬉しそうに顔を赤く染めている。
これがあいつの本性なのか。
「他に?質問は?」
「………..」
「無いみたいだね。
じゃあ、六十数えるからどこかに逃げな。
第二ゲームの始まりだ。」
その声がした瞬間空が黒い雲に覆われ暗くなり、どこかで雷鳴が起こっている。
風も強く吹き荒れ始め、雨が降り始める。
「い〜ち、に〜い、さ〜ん…」
数が数え始められる。
俺ら四人はそれから遠ざかるように走り出した。
「とりあえず、隠れられるところ行くぞ。」
そう言葉を発し、先頭を走る。
村の端の小さな家の中に入り、見つかりにくそうな場所に潜り込む。
「なんやねん。あいつ」
海也がそう切り出した。
「俺らのこと初めから騙しっとったんか。」
「海也、今はそんなこと言ってる暇はない。
どうやって一葉を倒すか考えないと。」
「……..せやな。」
孝子と海也が話し合う。
それを聞いて、俺も考えるがどうやれば良いか思いつかない。
最初の鬼よりも強い奴だ。
あいつもギリギリで勝ったようなものだから、どうするか。
「……..そういえば、怪我は大丈夫なの?」
陽が思い出したように聞く。
そういえば、こいつら鬼に飛ばされていたな。
普段なら一番に気にかけるのにそれに気づけないほど考えていたのか。
「ん?あぁ、俺は大丈夫だな。
少し痛いだけや。」
「俺も大丈夫。受けた刀は一葉のだけだし、それもちゃんと受けたから。」
「それなら良いけど。無理しないでね?」
「ああ。」
「無理はしいひんよ。」
それを最後にまた静かになる。
「なぁ、お前ら。それで本気なの?」
そんな声がして顔を上げると、俺らが円になり座っている真ん中に一葉が立っていた。
「…..」
声が出なかった。
気配も何もなく、気がついたらそこに立っていた。
「つまんないんだけど?」
そう一葉は言い、刀を振るう。
それを俺はギリギリで避け、手元にあった弓を引き、威嚇をする。
「そんなもので俺が倒せると思っているの?」
一葉がその場で刀を素早く振るう。
完全に刀の間合いには入っていなかったのに、俺が持つ弓が切られた。
「……..は?」
「もっと本気で来なよ?」
一葉が俺に詰め寄る。
その時、一葉の後ろから海也と孝子が刀を振るった。
死角からの奇襲だ。
普通の人間なら反応できないが、こいつは鬼だ。
先程の鬼よりも強いためそれが効くとは微塵も思っていない。
ただその二人に注意が向けば、俺と陽の注意がなくなる。
そこを突き、一葉に矢を射る。
矢が当たる。
そう思ったが、一葉は刀を振るった風力で二人と共に矢を落としてしまう。
前の二人は、どちらかが刀を受け、もう片方が背中に回り込み、刀を振るう。
一葉は、それをうまく流したり、受け止めたりしながら、二人の体に傷を増やしていく。
「あかん‼︎これきりないわ‼︎
孝子、一旦引くか⁉︎」
「その方が良さそうだな‼︎」
刀を振るいながら話し合っている。
引くという選択をすると孝子は、こちらに顔を向け
「お前らは先行ってろ。こいつの隙を作るからその隙に逃げろ。」
と言う。
「…………分かった。」
本当は最後までこいつらの手伝いをした方が良いのだろうが、素早く戦線離脱をするには俺らは足手纏いなのだろう。
しょうがない。そちらの方が良いのだから俺らはそれに従い、
海也と孝子が作った隙を見逃さずにその場所から逃げ出した。
後ろから刀が交わる金属音がするが気にすることはない。
あいつらだから大丈夫だろう。
大分走り、違う家の中で息を整える。
「けほっ、けほっ。」
隣にいる陽が咳き込み始めた。
走りまくったからな、体が弱い陽にはきついだろう。
「大丈夫か?」
「……うん。ごめん。」
「大丈夫だ。あいつらが来るまで休んどけ。」
近くの壁に寄りかかり目を閉じ、ゆっくりと呼吸をする陽の隣に座りながら周りに気を配る。
暫くすると携帯がなった。
海也からだった。
[どこにおる?]
[ポストがある家]
そう完結に答えると
[直ぐ行くわ。]
そう答えが返ってきた。
それから暫くして、その家の扉が開いた。
「翔、陽。大丈夫だったか?」
入ってきていきなり孝子が聞いてきた。
「俺は大丈夫だけど、陽の体調が良くなくなって来た。」
「あんだけ走ればそうなるよな。今は?」
「奥の部屋で休んでる。」
「そっか。」
「それで?これからどうする?」
「とりあえず、新しい武器と包帯が欲しい。」
と言い、海也が手に持っていた折れた刀、孝子がすっぱりと切れた腕を見せてきた。
「…..大丈夫なのか?」
「あぁ、大丈夫。だけど戦いにくくなった。」
「そうか。一葉はどうした?」
「なんとか一発当てて、その隙に逃げてきた。
今のところは見つかってないと思う。動くなら今だ。」
「そうだな。じゃあ、俺が行くよ。桜利家に。」
「俺も行く。」
今まで静かだった海也が声をあげる。
「お前も怪我してるだろう。大人しくしとけ。」
「大丈夫。孝子よりも全然動けるし、もし翔が襲われたら守れるし。」
「そうか。じゃあ二人で行くか。」
「おん。」
「孝子は陽を頼む。」
「あぁ。」
「じゃあ行くか。」
そう言うと、海也と共に外に出る。
海也は、刀が折れていたので孝子から借りていた
「暫くなら大丈夫だろうけど、急ぐぞ。」
「おん。」
海也が大人しい。
こんなに静かなのは初めてかもしれない。
どうしたのだろうか。
「海也。」
「どした?」
「大丈夫か?」
「何が?全然大丈夫やで。」
にへらといつもとは違う、無理した作り笑いを向けてくる。
こいつってこんなに顔に出るんだ。
「顔に出てる。怪我しているのか?
無理して俺についてこなくて良かったのに。」
「そんなに顔に出てたんか。
ごめんな。隠し事が苦手すぎて。」
「何かあったのか?」
「そんな、話すようなことやないから今はええわ。」
「そう。」
「おん。ごめんな。」
それから会話という会話はなく、一葉に出会うこともなく桜利の家に着く。
「海也は新しい刀だけで良いのか?」
「ん〜一応それと小刀持ってくわ。
多分お前らももう少しもっといたほうがええと思うで。」
「じゃあ、四本持ってくか。」
「翔は?矢を持ってく感じで良えの?
他の武器じゃなくて良いんか?」
「あぁ。俺は刀とか振ったことないから。
弓なら少しだけやったことあるし、その方が役立てる。」
「そっか。じゃあこれだけで良えな。」
そういう海也の手の中には、刀が二本と小刀が四本あった。
「海也、刀二本使うのか?」
「いや。また刀が折られたらここ来んのめんどいから。」
「確かにそうだな。
じゃあ俺も矢、もっと持っていくか。」
「よし、行きますか。」
新しい得物の感触を確かめながら、俺の準備が整うのを待っていた海也がそう声をあげる。
準備は整った。
「さっさと戻りますかね。」
「そうだな、あいつらが心配だ。」
そう言葉を交わし、走り出す。
ここに来る時より荷物が増え、走りにくくなったため、行きよりは遅いが全速力で走る。
孝子と陽を置いて来た家に着き、中に入る。
出て行った時となんら変わりのない家の中を見て、俺は安堵した。
「おかえり。翔、海也。」
中に入ったのに気がついて孝子がそう言って来た。
「ただいま。大丈夫だったか?」
「あぁ、大丈夫。
陽も大分落ち着いたようだし。」
そう言い、陽の方に顔を向ける。
確かに出ていく前よりは落ち着いているし、目も開いていた。
「陽、大丈夫か?」
「うん。さっきよりはまし。」
「そうか。」
「海也。小刀配るか。」
そう海也の方に顔を向けながら言った。
「せやな。」
完結にそう答え、一人一人に小刀を配る。
「........これは?」
孝子が聞いて来た。
「予備にどうかと思って持ってきた。
さっきの戦いで海也の刀が折られたって言ってたからな。一応持っておいた方が良いと思ってな。」
傷を包帯で巻きながら作戦を練る。
「そうか。わざわざありがとう。」
「あぁ。それで?
これからどうする?一葉に勝つ算段はあるのか?」
「........はっきり言って。
分からない。勝てるかどうかは。
俺ら二人の攻撃を少しの傷だけで防ぎ切ったからな。中々倒すのは厳しい。」
「俺らがやれることは?」
「最初の鬼の時のように矢で行動場所を制限してくれたら。」
「分かった。」
「陽は?大丈夫?」
「うん。少し休んだら大丈夫。」
「海也は?まだ行けるよな?」
「......」
「......海也?」
「あ、当たり前や‼︎いつでもお前の動きに合わせてやるわ‼︎」
「そうか、期待してる。」
「翔は......大丈夫だな。」
「あぁ、いつでも大丈夫。」
「じゃあ、一葉を倒しに行きますか。」
孝子が声を上げ、家を出ていく。
海也は心配だが、今は気にしなくて良いと言っていたので気にしない。
あいつの問題は自分で解決するだろう。
だから俺は俺が出来ることを全うするだけだ。
6
家の扉を開け、外へ出る。
まだ鈴の音は聞こえないが、すぐに聞こえてくるだろう。
俺は少しだけ緊張しながら海也と孝子の後に続く。
「そっちおるか?孝子」
「いや、見えない。多分大丈夫。」
前の2人がクリアリングをしてゆっくり進む。
一葉から仕掛けられたら直ぐに負けてしまうだろう。だから、こちらが先に見つけなければならない。
大きい道は警戒しながら、細い道を優先的に使いながら進んでいく。
しばらく進むと、村の真ん中の広場に行ける道に出た。
広場に向かい歩き続けると、鈴の音が鳴り始めた。
鈴の音は広場からしているようだ。
あいつは動いてないのか?
音の位置が変わらない。
段々と大きくなる鈴の音に向かっていくと、広場の真ん中で突っ立っている一葉を見つけた。
一葉もこちらに気づいたようで顔を向ける。
「あぁ、やっと来た。もぉ〜待ちくたびれたよ。」
前の2人は静かに刀を構える。
「やるで、孝子。俺についてこいよ。」
「あぁ、お前こそミスるんじゃねーぞ。」
そう言葉を掛け合い、あいつに向かっていく。
俺と陽は、あいつを囲うように位置取り、弓を引く。
「あーあ、来ちゃったか。」
そう一葉は言葉を漏らし、2人の刀を受け止めた。
「なんや、来てほしくなかったんか?」
「いや、来たら直ぐ終わっちゃうんだもん。」
「.......ハッ、俺らはそんな弱ないで‼︎
俺と孝子はな、ずっと負け無しだったんやで‼︎
なぁ、孝子‼︎」
「あぁ、そうだ。俺らは負けねえ。
さっさとお前を倒して、元の生活に戻るんだよ‼︎」
「ふーん。そっかぁ。
確かに今まで殺してきた奴らよりは強いね。
でも俺には勝てないよ。フフ。」
3人は会話をしながら刀を交える。
4対1、こちらが圧倒的有利なはずなのにあいつは余裕そうだ。
俺はあいつに弓を射続けた。
あいつに当たらなくて良い。ただあいつの動きを制限するように。
その攻防はしばらく続いた。
だけどそれはあっけなく終わった。
不意にあいつに射られる矢が少なくなったため、陽の方に向く。矢がなくなったのなら渡さなければならないからだ。
だけど、俺の目に入ってきたのは、矢を打ち尽くした陽ではなかった。
地面に突っ伏し、苦しそうに息をする陽だった。
俺は武器を捨て、陽に駆け寄る。
「陽‼︎陽‼︎大丈夫か⁉︎」
陽の近くで声をかける。
少し起こして声をかける。
「ゆっくり息をしろ。」
俺に起こされた陽は苦しみながら俺の名を呼び、手をあげる。
「翔.....あっち。」
陽が手を上げた方を見ると、あいつに斬られる海也と孝子が目に入ってきた。
2人は斬られ、そこから赤が飛ぶ。
あ.....
2人は地面に倒れ伏し、動かない。
あいつは俺らの方に向き、ゆっくりと近づいてくる。
逃げなきゃ.......でも......
陽だけでも.....無理だ.....
あいつが目の前に立ち、刀を振るう。
もう...無理だ....
死を覚悟し、目を閉じる。
-----------カキンッ
刃物と刃物がぶつかる音が頭上で聞こえた。
グッ....
苦しそうな声が聞こえ、ゆっくりと目を開く。
そこには、小刀であいつの刀を受け止める陽がいた。
「......早く...逃げ....て」
苦しそうに言葉を発する。
呼吸をするだけでも苦しいのだろう、肩で息をしながら掠れ声で言ってくる。
陽を置いて行ける訳がないだろう。
俺は自分が持っていた小刀を抜き、あいつに斬りつける。
しかしそれは、空を斬る。
と同時に、俺の横から赤が舞う。
--ウグゥ
苦しそうな声を発したのは陽だった。
脇腹から赤を撒きなながら静かに倒れる。
「陽‼︎」
彼の名を呼びながら手を伸ばす。
それもまた空を斬る。
「ねぇ、俺のことは無視するの?」
そんな声と同時に目の前に刀が迫る。
咄嗟に手に持つ小刀を構える。
パリィ
小刀が刀に当たり砕け散る。
..だめだ....
.....殺される........
あいつの刀が目前に迫りくる。
俺は静かに目を瞑る。
無理だったか........
ゴーン
どこからか鐘の音が鳴り、俺の目の前は暗転した。
7
ハッという声と共に目が覚める。
俺の体は汗でびしょ濡れで、喉も渇いている。
なんだか長い夢を見ていたようだ。
今の時間は午前4時。
いつもはまだ起きていない時間だ。
なぜか目が覚めた。
二度寝をする気にもならず、ベットから這い出る。
流しへ行き、水を一杯飲む。
しばらくは何もせずにぼーっとしていた。
シューという米が炊けた音を聞き、そちらに向かう。
炊き立てのご飯を彼ら専用の器に盛り、仏壇に向かう。
仏壇の中には俺の両親の遺影が置いてある。
昔の自動車事故で亡くなった。
思いを馳せていても仕方がない。そう思い腰をあげる。
朝食と一人分の弁当を詰め、大学に向かう。
これが俺のいつもの朝だ。
でも、今日は何か違和感を感じた。
何かが足りない。そんな思いがずっとしている。
朝起きた時から、大学に行って、授業を受けて、昼食を食べて、バイトをして。
全部がいつも通りなのに何かが足りない。
だけどそんな気持ちは数日だ経てば消え、いつもの日常と化していった。
それは桜が散り終わる5月上旬のことだった。