デスゲームは始まらない
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
生粋の日本人、山田太郎は何処にでもいる独身中年男性。
公立の無名高校を卒業後、三流企業に努めて早20年。運動させても勉強させても可も無く不可も無く、容姿も普通のMr.平均。
基本的に協調性溢れる温厚な性格で、周囲に敵を作らず、波瀾万丈ではないけれど多少は山あり谷ありな人生を送ってきた。
そんな至って普通の男には、最近つまらない悩みがある。
★
今日は金曜日。
ほんの少しの残業を片付けて帰宅する途中、陽の落ちた住宅街をのんびり歩きながら、1日を振り返る。
今週の仕事は平和に終わった。明日からの連休はどうするか…。
花の金曜日とはよく言ったもので、土日の休みに予定が無くとも気分は高揚する。週休2日の会社勤めにとって1番幸せを感じる時間帯。
駅からちょっと離れた場所に建つボロアパートに辿り着くと、階段の横に設置された各部屋並びの郵便受けを開ける。
入っていても地域スーパーのチラシくらいだが、これも立派な日課だ。
…と、1通の手紙が届いていた。カンカンと錆びた鉄の階段を登りながら封筒を裏返して見ても差出人の名前はない。
鍵を使って部屋に入ると、手慣れた様子で照明のスイッチを入れる。手にしていた封筒をテーブルに置くと、ネクタイを緩めながら冷蔵庫の前に立ち缶ビールを取り出す。
カシュッ!とプルタブを曲げて、渇いた喉にビールを流し込んだ。
ふぅ…。美味い
思わず笑みがこぼれる。
ささやかな幸せを感じながら、1人掛けのソファに座ってテレビをつけると、お笑い芸人やアイドルが出演している騒がしい謎解きバラエティが映る。1人の部屋にはちょっと騒がしい。
ビールを片手にボンヤリ見ていると「ピーンポーン!」とチャイムが鳴った。
取り敢えず無視してみたが、「ピポピポピポピポーン!!」と連打されたので重い腰を上げる。
「はい」
ドアを開けると黒ずくめの男が立っていた。
黒のタートルネックに黒のロングコートと黒い手袋。そして黒のズボンに黒い靴。サングラスをかけた厳つい顔立ちに、漆黒のコーディネートが似合っている。
「太郎…。手紙は読んだか…?」
「まだ読んでない。ついさっき帰ってきた」
「そうか…」
「とりあえず、中に入れよ」
男は無言で玄関に入る。靴も脱がずにズンズンと歩を進めてドカッとソファに座った。
俺はカーペットに胡座をかいて座る。
「今日もいつもの用件か?」
「まぁな…」
「なら断る」
「手紙に書いてあるから、とりあえず読め」
溜息を吐き、封筒を開いて紙に目を通すと、なにやら命懸けのゲームが開催されることと、優勝者には賞金10億円が与えられる旨が書かれている。
…というか、この程度の内容なら口頭で伝えればいいだろうに…。格好つけやがって。
渋い表情で口を開いた。
「やっぱり断る」
「なんでだ!?」
「なんでって…いつも言ってるけど、お前のゲームに興味がないんだよ」
「優勝すれば10億だぞ!金が欲しくないのか?!」
「金は欲しいけど、命懸けのゲームなんかできるわけないだろ」
「お前みたいなモンが大金を稼ぐには、命しか賭けるモノがないだろ?!しがないサラリーマンのくせに」
「大きなお世話だ」
命を賭けて大金を奪い合うゲームに参加しろ!と騒ぐ眼前の男は、名をディーンという。
自称、人間ではなく死神らしい。コイツがしつこく【デスゲーム】とやらに誘ってくるのが最近の悩みだ。
見た目はがっつり日本人のくせに、ディーンとはこれ如何に。名乗っていいのは藤岡と、瞳そらさない奴らだけだろ。
「なにが気に入らないんだ?他にこんな儲け話があると思ってるのか?」
片眉を上げながらバカにしたように問いかけてくる。いちいちデカい態度が鼻につく。
「別に金はいらない。こっちは有難迷惑なんだよ」
「噓つけ!貧乏人が!」
安月給だが、別に生活は困窮してない。
「大きい声を出すな。壁も薄いのに近所迷惑だ」
「おっと、悪い」
「なぜ俺を参加させたがるんだ?」
「前から言ってるが、お前は俺がデスゲームを開催するにあたっての最後のピースだからだ」
ディーンと会うのは今回で5回目。何度断ってもしつこく誘ってくる、とんだストーカー野郎。
「あのなぁ……金が好きな奴はごまんといる。そういう奴を誘え」
「お前以上にピッタリな奴がいないから誘ってるんだ」
「知らん。とにかく参加はしない」
「強情な奴め…」
ディーン曰く、デスゲームには色々な事情を抱えた奴が参加する方が盛り上がるらしい。
家族の病で金が必要な奴、恋人に裏切られて借金を抱えた奴、純粋に殺し合いがすきなサイコパス、etc.…。
どうやら俺は『なんの特徴もなく、断り切れず無理矢理参加した只のモブ』の役割らしい。
失礼極まりない。正直に伝えたコイツを心底アホだと思う。
「今まで興味ないから聞いてなかったけど、お前が主催するデスゲームってどんなのだ?」
「ん?どんなのって?」
「俺もデスゲームはちょっと知ってる。現実じゃなくて漫画や小説でな。なんか色々あるだろ。力を合わせて脱出系とか、騙し合い系とか。話を聞いて面白そうなら参加してやらんこともない」
そんなつもりはサラサラないが、聞くだけ聞いてみたくなった。
「やっとその気になったか!この平々凡々三流役者が!」
「今すぐ帰れ」
「まぁ聞け!知力と体力を求められる様々なゲームを用意してるぞ!」
「ただのアトラクションだろ。やっぱり不参加だ」
「違う!カードを使った心理戦とか、閉じ込められた密室や孤島から脱出するとか、趣向を凝らしてる」
「戦略を立てて、カードを出し合って『なぜだ!そんなバカな…!ぐぐぐ…』ってヤツか?」
「そうだ!面白そうだろ!」
「全然。どうせルールが複雑で、俺みたいな三流は理解するのに時間がかかるようなややこしいヤツだろ?ルール聞くだけで『もういいや。面倒くさい』ってなるんだよ」
「違う。俺のはシンプルだ。5枚のカードに皇帝と市民と奴隷があって…」
「パクるのはやめとけ」
「なら、脱出系はどうだ?参加者が力を合わせて攻略するヤツだぞ!お前でも、運が良ければ勝利チームの一員になれる!」
コイツの考えでは俺が活躍する予定は無いんだな…。まぁ、自分でもそう思う。
「部屋から出れないと、謎の装置で体を細切れにされるとか?」
「惜しいな!八つ裂きだ!」
「孤島から勝手に脱出しようとすると?」
「装着されてる小型爆弾が爆発とかな!」
「皆を引っ張るリーダーみたいな奴がいたり、他のチームのスパイがいたり、リーダーに恋する美女がいたり、輪を乱す存在と見せかけて男気がある奴がいたりするのか?」
「その通り!よくわかってるじゃないか!」
「…で、俺の役割は?」
「お前はチーム随一のお人好しで、揉めるメンバーの緩衝材だ。「まぁまぁ落ち着いて」とか言って、場を落ち着かせる」
「そんなもん誰でもできる。やっぱり不参加だ」
コイツ…。人を舐めすぎだろ。
「そんなことはない!存在感を消して裏方に徹するのは誰にでもできない!引き立て役も生まれ持った才能だ!」
知った風に力説しているが、別に好きで地味に生きてるわけじゃない。
だんだん腹が立ってきた…。
「デスゲームなんだから、ナビゲーター兼死刑執行人みたいな奴もいるんだよな?」
「いるぞ!見た目は日本のダルマ…」
「今直ぐ変えろ。お前……やる気あるのか?」
「どういう意味だ?」
「どうせ、どっかで見たような二番煎じのゲームばかりだろ?」
「ぐっ…!音楽と同じでどうしても似るんだよ!盗作じゃない!」
二番煎じは認めるんだな。
「そもそも、なんの目的でデスゲームを開催するんだ?」
「俺は…死神だからな。死者の魂を集めるんだよ」
「今だって寿命や事故でどんどん人は亡くなってるだろ。そんな暇あるのか?」
「それは当然回収する。ただ、欲にまみれて死ぬ奴や、絶望しながら死ぬ奴の魂は死神にとって…美味なんでな…」
悪そうな顔して、ちったぁ死神っぽいこと言うじゃないか。ただのアホだと思っていたので、思わず感心してしまう。
「ところで、お前のゲームはいつまで経っても開催されないな」
「……」
「お前の言い方だと、俺のせいで他の参加者を待たせてるんだろ?さっさと代役を決めて始めないと、皆いなくなっちまうぞ」
「………」
「金に困ってる奴はある程度は待つけど、切羽詰まってるから焦ってすぐ別の方法を考える。悠長に俺を誘ってる場合なのか?」
「…………だよ」
「聞こえない」
「………誰もいないんだよ!」
「なにが?」
「参加者が!誰も!!いないんだよ!!!」
「はぁ?お前、噓吐いてたのか?」
「そうだよ!目を付けた奴を誘っても「自力でなんとかする」とか「余計なお世話だ」とか「警察に突き出してやろうか!」って言われて、誰も参加してくれないんだよ~!!」
ディーンは顔を両手で隠して泣き出してしまった。いいオッサンが嗚咽を漏らしている。
困った…。
「そりゃそうだろ。誰だって命は惜しい。金欲しさに命を賭ける奴なんて、そうそういない」
「わかってるよ!眠らせるとかして初っ端から強制的にゲームに巻き込んで、逃げられない状況から始めるのが普通なんだ!でも、そんなのゲームって言えないだろ!?ただの誘拐だ!」
「知らんし、お前がそれを言うか」
逆ギレしやがった…。なんて面倒くさい奴だ。
大体、ゲームと言いだしたのはコイツであって、皆がゲームと銘打ってるわけじゃない。大きい括りではデスゲームかもしれないが、ただの生き残りサバイバルだってある。
「ルールを考えるのだって大変なんだぞ!運営側が「そうそう。1つ言い忘れてたけど…」なんて後付けで言うのはフェアじゃないだろ!」
「そりゃそうだ」
ルールで雁字搦めだとつまらない。だが、ガバガバ過ぎる適当な設定だと、心理戦やスリルが楽しめない。丁度良い塩梅でのルール設定と説明は必要だ。
「俺は、ルールの抜け道を探してアクロバティックな切り抜け方もされたくない!」
「その余地は残してやれ。面白くなくなる」
運営側が気付いてないルールの隙を突くようなプレイヤーの閃きが明暗を分ける。個人的には、そこにデスゲームの面白さがあると思う。
都合の良いことが起こるよう、説明を怠っている気がしなくもないが、そこは仕方ない。
「賞金だって…一生働いても手に入らない金額に設定してるのに…。ちゃんと払うし…」
落ち込むディーンに教えてやる。
「金に拘りすぎなんだよ。人間を理解してない。できるんなら「死んだ人を生き返らせる」とか「不老不死にしてやる」とかありえない願いを叶えてやる方が人は食いつく」
命に替えても守りたいものは、人それぞれなのだから。
「太郎……お前って奴は……。なんの取り柄もないくせに、意外とゲームに前向きじゃないか」
この…クソ死神…。口を縫い付けてやろうか…。
「そんなわけないだろ。客観的な意見だ。1つ言えるのは、お前の考えだといつまで経ってもゲームは始まらないぞ」
「…よし!太郎!お前もデスゲームを考えるのに協力してくれっ!」
「断る」
「なんでだっ!」
「そんな義理はない」
「薄情者!お前は運営側の考え方してただろう!」
「俺は事なかれ主義で永世中立だ。大体、なんの取り柄もない奴のアドバイスが欲しいのか?」
「ん…?言われてみれば……雑魚の意見はいらない!」
さすがに堪忍袋の緒が切れたので、とりあえずぶん殴っておく。
隣の人、騒いですまない。
「ひどい奴だ…。神を殴るなんて…」
「神は神でも死神だろうが」
意外なことにしっかり殴れたし、コイツに実体があることを初めて知った。いなくなる前に、靴で部屋に上がった分も殴っておこう。
「罰当たりめ…」
「ふざけたことばかり言うからだ。とにかく、もう用がないならさっさと帰れ。俺は疲れてるんだ」
「手伝ってくれたらお礼しようと思ったのに…」
「いらん。帰れ。そして、二度と来るな」
ディーンは肩を窄めて俯いたまま動こうとしない。しばらく部屋を静寂が包んだ。
溜息を1つ吐いて口を開く。
「わかったよ…。ちょっとなら手伝ってやる」
「本当かっ!」
「ただし、あくまでちょっとしたアドバイスだ。人殺しの片棒を担ぐつもりはない。頭も悪いんだから期待するなよ」
「それでいい!すごく助かる!」
厳ついオッサンのくせに、ホンワカとした笑顔を見せる。気持ち悪い奴だ。
「太郎にはお礼しなきゃね♪」
「突然、なんだ…?」
言葉遣いといい表情といい、もの凄く違和感がある。
眉をひそめてディーンを観察していると、姿が変化していく。あっという間に露出の高い服を着た若い女性の姿に早変わり。
「じゃ~ん!これが私の真の姿なんだよね!」
色々理解できないが、異世界作品でよく見るサキュバスと呼ばれる種族のような雰囲気。
「あれ?まさか…太郎ったらディアが綺麗だから驚いて声も出ないの?」
ぐふふっ!といやらしく笑う。
「まぁ…綺麗なのは認める」
「やっぱり!この姿で…口に出せないようなすっごいサービスしてあげよっかなぁ~♡」
「断る」
「なんでよ!」
「お前が真の姿っていう保障がない。オッサンが化けてる可能性があるからな」
「人間に会うときは舐められないように姿を変えてるだけだし!こっちが真の姿だし!」
「別にオッサンでも絶世の美女でも関係ない。さっさと考えるぞ。それともやめるか?」
「…ありがと」
その後、ディアの構想を1から確認した。その結果、1番の障害はディアのオツムの出来だと気付く。
デスゲーム開催への道程は遠い。
読んで頂きありがとうございます。