9-13-4-5
フェリの誕生日
彼の両親のハンナさんとアレクさん、そして自分とその父のセス、それから本人の5人で祝う…はずだった。
ハンナさんとアレクさんは物言わぬ亡骸になり、祝い事どころでもなくなってしまう。
2人が亡くなった事実を聞いてアーロンは聞きたいことが沢山あったにも関わらず、ただ目から涙をボロボロと落としていた。
下手に声を出したら堪えているしゃくり声や、鼻水が漏れてしまうから。
一方フェリは、ただ呆然と立っていた。
恐らくあまりにも唐突で突拍子もない出来事のせいで、まだ現実感がないのだろう。
二人の葬儀の準備は着実に進んでいく。
町の教会で葬儀は執り行われ、その後に火葬され骨はソーヤ家に裏庭にある墓に埋葬される予定だ。
今は、人の形をしたソーヤの両親と顔を合わせれる最後のときだ。
フェリは死に化粧を施された二人の姿をただじっと見つめて、黙り込んでいる。
手には棺に入れるための百合の花が握られており、長い間握っていたせいか、若干しおれてしまったようにも見える。
フェリはもう、ずっと人形のように動かない。
神父さんにそろそろ最後の挨拶を、と促されても、動けないでいた。
「…フェリ。」
見かねてフェリに声をかけに行く。
アーロンの呼びかけに、ようやく反応を示してこちらに視線を動かした。
今にも泣きそうな顔だった。
苦しそうに顔をゆがめて、息はか細く、よく見れば手は小さく震えている。
まるで世界に一人取り残されたかのように、何かに怯えているようにも見える。
あまりにも見ていられない様子にアーロンはフェリのことをそっと抱きしめて、昨日、眠る前にしたように体温を分け与える。
「大丈夫、俺が一緒にいるから。」
一人が寂しいと感じるなら、自分が一緒に居てやればいい。
いつかこの悲しみを乗り越えれるまで。
しばらく、フェリはやっぱりぼんやりとしていたが、だんだんと鼻をすする音が聞こえてきて、フェリの腕がアーロンの背中に回るころには、大声で、泣き始めていた。
一度栓が取れてしまったら、止められない。
アーロンもフェリにつられてまた新しく涙をこぼし始める。
そうして、しばらく二人で泣きあって、出るものも出なくなった。
そこで、ようやく二人に最後の挨拶をして、フェリに百合の花を棺の中に入れされることができた。
泣きつかれてしまったのか、フェリは献花がおわったあとすぐに眠ってしまった。
アーロンも今すぐ寝てしまいたいほどには疲れているが、今寝てしまうと、夜が眠りづらくなってしまうと考えて、無理にでも起きることにした。
「アーロン、フェリ君の様子はどうだ。」
目が完全に閉じ切ってしまわないように、色鮮やかな色彩を太陽の光を浴びて輝かせるステンドグラスを見つめて楽しんでいると、あちこちと葬儀の準備やらをしていた父が小走り気味に近づいてきた。
昨日出かけてから一睡もしていないためか、精神的にも肉体的にも疲労しているせいか、どこからやつれた印象をうける。
「さっきまで、泣いてて今疲れて寝たとこ。」
「そうか…。」
父は教会にある長椅子に横になり寝ているフェリを確認すると、少しだけほっとしたような、そして悲しそうな顔をする。
「アーロン、今後のことなんだが…すこし話がある。」
「あ、うん…。」
そうだ、自分たちはそのことも考えなくてはいけなかった。
今自分たちはソーヤ夫妻の好意で使ってない離れを間借りしてこの町に住んでいる。
フェリは隣町にいるハンナさんのお兄さん、フェリからすれば伯父さんに当たるひとに引き取られることになるだろう。
そうなると、いつまでもあの家にいることはできない。
アーロンはどうしよう、とじわりと焦る。
さっき、フェリに一緒にいる、と約束をした。
それを簡単に、そしてすぐに破るようなことは出来ればしたくない。
最適解はフェリと一緒に隣町へ、もしくはこの町へ定住する住処を見つけて隣町へと頻繁に通うか。
それにはどうしても親であるセスの説得は必要不可欠。
どうして言い分を聞いてもらおうか、そう思考し始めたとき。
「アレクさんとハンナさんに、フェリ君のことを頼まれたんだ。」
「…?」
父からそう話を切り出される。
どういうことだろう、と沈黙していると、父は小さな声で話をつづけた。
「この町に留まることになった経緯は覚えてるか。」
「うん、俺がフェリとアレクさんを無理にかばって腕に大けがして、その治療が最初、だよね。」
「あぁ、それが最初だ、だがあといくつか、お前たちに隠していた理由がある。」
思わず、えっと声が漏れる。
他に何か理由があるのか、なぜそれを今まで隠していたのか…それをなぜ今ここで話す必要があるのか。
「あの時、アーロンはスピニエの攻撃を受けて腕の骨にひびが入るほどの怪我をした、あの時、本来なら腕に何らかの後遺症が残ってもおかしくない、それほどの大けがだった。」
父にかつてスピニエの攻撃を受けた左腕をそっと、撫でられながらそのように告げられる。
あまりに突然で、予想だにしないことだった。
「け、けど俺の腕、ちゃんと動くぞ、剣だって振れるし重いものだって運べる。」
後遺症なんてない、腕はちゃんと治った。
「あぁ、結果的にそうしてもらったんだ、フェリ君にな。」
「フェリ、に?」
思わず、無事であるはずの左腕を抱え込むようにして隣で横になって眠るフェリのことを見る。
「これは、ソーヤ夫妻と、俺、そしてフェリ君しか知らかったことだ、アーロン、これからはお前もこの秘密を隠していかないといけない。」
いいな、と問われる。
沈黙を肯定ととった父はそのまま話を続ける。
「フェリ君は、希少の回復系のスキルの持ち主だ、おそらくだがアーロンが怪我をした直後にそのスキルを無自覚に使用してアーロンの傷を治癒させた。」
小声で、ささやくように告げられた言葉に耳を疑った。
どのように継承されるか、発現するのかもわからない希少な能力。
そのスキルをフェリが持っている、ということが信じられなかった。
「ソーヤ夫妻にそのような系統のスキルは持ってない、おそらくフェリ君の代で突然発現したんだろう…回復スキルを持つものは、基本的に王都へと迎え入れられてる…こういえば栄光あることのようにも聞こえるが、人によってはそうじゃない、特にフェリやソーヤ夫妻にとってはな。」