9-13-4-4
家に急いで帰って、アーロンは父の姿を探した。
「父さんただいま!」
焦りが声量に出て、いつもより大きな声で、家中に響くような声で帰宅を伝える。
するといつもの様子で部屋の奥…キッチンの方から父は顔をのぞかせながら返事をする。
「おぉおかえり、しかし声がでかいぞ、もう少し抑えろ。」
エプロンをして手をふきながら出てきたところから考えるに、おそらく夕食でもつくっていたのだろう。
「ごめんなさーい、父さん教官が呼んでた、武装してきてくれないかって。」
あくまでいつも通りの様子の父にほっと息を吐きだし、教官の言葉を伝える。
「あ?あぁ…。」
父はその言葉に少しだけ眉をひそめて、沈黙する。
だが、それは長く続かずに、すぐにエプロンを脱ぎ手早く片付けて、アーロンと父で間借りしている部屋へと向かう。
「アーロン、フェリ君準備を手伝ってくれ。」
「わかった。」
「は、はい。」
先ほどの気の抜けた声とは違う、緊張感のある重みのある声。
嫌でもことの重大性を認識してしまう。
「フェリ君、ランタンと油を持ってきてくれ、あとこの水筒に水を入れておいてくれ、アーロン、いつものポーチに救急セットがあるかどうかの確認、薬の在庫を確認してくれ。」
二人に指示を出し、父は駆け足で部屋に入る。
フェリは台所にある水筒に水を入れながら玄関に置かれていたランタンと倉庫にある予備の油を用意してリビングの机の上に並べる。
アーロンも父がいつも使っているポーチの中に必要なものが十分にはいっているかを確認してついでに、と小型の携帯ナイフの切れ味も確認しておく。
刃を光に当てて、刃こぼれがないか、紙を実際に切ってみて切れ味は悪くないか、それらを確認する。
「どうだ、準備できたか?」
冒険者としての装いをした父がリビングに戻って来る。
厚い皮の上着と動きやすそうなズボン、その上から急所となる部分と腕と脚を覆い隠す鉄製の防具を身に着けて、その後ろには父の身の丈ほどの大きさ、そして人ひとりならすっぽりと隠せてしまうほどの太さのある大剣が背負われている。
「うん、大丈夫全部いつもどおりあるよ。」
「お水、とランタンと油、あります…。」
「あぁありがとう二人とも助かる。」
武装した手が頭に置かれて優しく二人をなでる。
分厚いグローブごしだがあたたかく大きな手の存在は、それだけで二人の心を温かくする。
父はすぐに用意したものを身に着けて、最終確認の後に、玄関前で振り返って二人を見つめる。
「夕飯は準備してあるから、それを食べてお風呂に入ったら家の鍵をすべてかけてからすぐに寝るように、念のため隣のシードロフさんにもしものことがあった場合のことはお願いしておくから、何かあれば頼ること、それから…。」
「大丈夫。」
目をそらさずに、返す。
家に子供だけで残ることは今までもあった、その時は何ともなかった。
だから、今日もそうだ。
そう信じたい、その一心でそう返事をする。
「わかった、行ってくる。」
言いたいことが伝わったのか、父はそれ以上何も言わずに家を出る。
いつもと同じだ、父が冒険者としての生業を果たし、フェリの両親は遅くまで人々のために尽力する。
大丈夫と、自分に言い聞かせるように心のうちで唱え続ける。
「アーロン。」
隣で心配そうな顔をしているフェリが、腕をちょい、と引いて呼び掛けてくる。
「…悪い、大丈夫だ、ご飯食べよう、そんでこんなときははやく寝るに限る。」
いつもよりぎこちなく口角をあげて、なんとか笑って答える。
フェリはそれに深く突っ込まずにこくり、と頷いた。
それからは、父が言った通りに食事を済ませて、風呂に入り、後片付けと家中の鍵を閉めてからすぐに寝ることになった。
いつもと違うのは、アーロンは父と一緒に間借りしている部屋で寝ようとしてるのではなく、フェリと一緒のベッドで寝ようとしていることくらいだ。
フェリから一人は嫌だと、言われたから一緒に寝る、というのもあったが、今日の嫌な予感はずっと頭から離れないで一人でいるとその恐怖感に呑まれそうだったため、アーロンも快くその提案を受け入れたのだ。
フェリの部屋にあるベッドが大人サイズのものであったため、2人並んで寝てもさほど問題はない。
「アーロン、おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。」
ベッドに横になって就寝の挨拶をする。
フェリは暫くはアーロンの腕にしがみついて、勝手にどこかに行ってしまわないようにしていたが、人の体温に落ち着いたのか、ゆるゆると眠りに落ちていった。
一方アーロンは、いくら眠ろうと目を瞑り、羊を数えても、一向に寝付けなかった。
まるで明日を恐れているようだ。
(…くそっ)
心の内で悪態をついて、上半身のみを起き上がらせる。
寝よう、寝ようと焦れば焦るだけ逆に意識は覚醒していく。
ならばいっそまだしばらくは起きていたほうがいい。
そして落ち着いたらまた寝ようとすればいい。
そう結論をだしてベッドの上で座り込む。
ふと、窓の外の景色を見て真夜中であるのにやけに明るいところがあると気がついた。
方角的にあそこは…
「隣町…?」
ソーヤの両親が行った先の町のはず。
その方角から薄オレンジ色の熱そうな、まるで焚き火のような明かりがある。
もしかして、と考えてしまいそうになり、アーロンは思考に更けるよりも先に窓のカーテンを閉めた。
「大丈夫。」
もはや呪いのように呟く。
先程より気分が悪いし、落ち着きも程遠いがアーロンは再びベッドに横たわることにした。
すると今度はあっさりと眠りにつけそうで、そのまま抵抗せず、現実から逃げるように夢の世界へと落ちた。
そして翌朝、いつもより遅めの朝食をフェリとアーロンで取っていたときに、父と教官は帰ってきた。
ソーヤ夫妻の亡骸を連れて。