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「あぁ、弓…というよりは矢の怪我だな、そこは矢枕と言ってな、矢が乗るところだだから慣れてないとこういう風に矢を射ったあと矢で怪我をすることになる。」
昼食の日替わりメニューを堪能し、たっぷりと休憩し終わったあと、再び修練所に戻って、教官の姿を見て、すぐにフェリの親指の怪我のことを聞いた。
それに教官はそういえばそうだった、とでも言わんばかりに…なんでもなさそうに怪我の原因を教える。
「え、じゃあ弓にこの怪我は付き物なのか?結構痛そうだけど。」
「いや、これは正しい弓の構え…弓の方の支えがうまくできてないからできる怪我だな、正しく構えていれば矢を放つ瞬間には矢は矢枕から離れているからここを怪我することはない、フォームの確認をした方がいいな。」
フェリは少しの間怪我をした指を見つめてから、教官に向き直って、はい、と返事をした。
「まぁ練習でこれ以上怪我を重ねることはないから…確か左手用の弽があったな、それを使えばいい。」
そういって、教官は備品倉庫へと入っていく。
あまり使わないものなのか倉庫に入って、しばらくはどこだー?と声を漏らしながらあちこちを荒らすように物を動かして探していた。
数分後
フェリと二人でまだかなー、と話し続けていると、教官は薬指と小指のあたりに布がない分厚い手袋のようなものを持って、出てきた。
あそらくそれが言っていた弽というものだろう。
確かにあの分厚い布ならよっぽどのことがない限り擦過傷には耐えれるだろう。
しかし…
「…教官、それフェリには大きくないか?」
そう、どう見てもサイズが合わないように見える。
フェリは一般的な子供に比べて少し華奢なうえ、まだ身長も伸び切っていないので、小柄な部類だ。
それは二歳差…いや明日には一歳差になるアーロンと比べても明確にわかることだ。
「あぁ、大人サイズしか無くてな…これを武器防具屋にでも持って行って、自分のサイズでも作ってもらえ、と思ったんだが。」
「弽ってそんな無いもんなんだな。」
「と、いうよりも弓をメイン武器に選ぶ奴が極端に少ないんだ…備品としてはなくても困らないんだよ。」
「あー…。」
大抵の冒険者は剣や槍、斧、たまにナックルを装備してこぶしで戦う者や別の鈍器などの主に近接武器を選び、武器防具もその傾向に合わせて種類や量を販売している。
事実、アーロンとセスも近接武器をメインと考えている。
弓やスキルによる攻撃手段というのはあくまでサブ、戦略の幅を広がせるためのものであり、それしか使わない、というのはあまり聞かない。
「まぁ知らないはずはないから必要なら一度検討してみろ、今日はとりあえず…軍手あったからそれでもつけてろ。」
少しだけばつが悪そうな表情をしてフェリに軍手を渡す。
「ありがとう、ございます。」
「他に痛むところが出たらすぐに言うように、午後は一度構えを直したらそのあとはさっきと同じように的当てだな、アーロン、お前はまず素振り、それから俺と模擬戦、わかったか。」
教官の言葉にそれぞれ返事をして、すぐに準備にかかる。
先にフェリの弓の構えかたを確認するらしく、教官はフェリと共に的当てのある方向へと向かっていく。
アーロンもアーロンで、いつも剣術を教わってるあたり、出入口に近く、広い場所で素振りを始めることにした。
いつもの木製の剣だが、ずしりと手や腕に重さを感じさせる練習用の武器。
実践での剣の振り方、それに必要な体のさばき方、支える筋肉の必要性。
ひとつひとつを確認するように振り、敵を前にしたことを想定してどう避けるべきかを思考する。
振りおろし、構えて、振り払い、構えて、振り上げて
ひたすらそれを繰り返す。
「アーロン、腕だけの力で剣を振るな。」
そうしていると、後ろから教官の声が聞こえてきた。
いつのまにかフェリのところから離れて自分のところに来ていたらしい。
「腕だけの力で振るとそこを痛める、腰の回転を使うことを考えろ、右足で踏み込んで、腰のひねりから肩肘手首と伸ばせ。」
「はい!」
教官の言ったことを頭のなかで反芻させて、一度剣は振らずに体を動かしてみてから、剣を振る。
「もう少し踏み込んでもいい、そのほうが体重の乗る、それから足は剣を伸ばしてから着地するようにしてみろ。」
前のことができると、すぐに次の課題を与えられる。
このようなことを繰り返して、一定のところまでできたら少しの休憩をはさんで教官との実践での戦い方を習う。
木材が打ち合う音と、的を射抜く矢の音が響く。
ひたすらに修練に励んでいると、日が落ちるのはあっという間で、すでに日は傾き、空は青を深くしていた。
「そろそろ、いいだろう二人とも今日はこのくらいにして片付けるぞ。」
教官のいつもの終わりの言葉に二人は少し疲れた声で返事をして各々使用したものを片付け始める。
そうしてフェリは的に当てた矢を、アーロンは模擬戦の後に結局筋トレをすることとなったためその錘を片付けていた。
その時に修練場の入り口の方から、誰かが走ってきていた。
誰だろうと、片付けを終えた倉庫から顔をのぞかせて様子をうかがうと、それは見覚えのある、アーロンと同い年のイザークという名の少年だった。
イザークはこの町に商店を構えるカタラクト商店の一人息子で、将来はカタラクト商店を継ぐことになっているわりといいところの坊ちゃんだ。
何やら相当焦って…走っているようだ。
イザークは教官の姿を確認すると、教官に向かって一目散で駆け寄り、何かを息絶え絶えに伝えているようだった。
その報告を聞いた教官は少し驚いた顔をして、それからこちらをちらりと見る。
それからイザークに何か伝えて、すぐに修練場からまたどこかに走っていかせていた。
方向は…町の門があるほうだろうか?
一体何事なんだろうか、と首をかしげていると教官はこちらに近づいてきて、こう言ってきた。
「アーロン、セスさんは今日家にいるか?」
「父さん?いますよ。」
「もしこれそうなら武装したうえで門に来てくれないかと伝えてくれないか。」
「わかりました、じゃあさっそく…あ、お疲れさまでした、またお願いします。」
「お疲れ様、でした。」
「あぁ、頼んだぞ。」
そう、言葉を交わして、フェリとともに家へと急いで帰る。
いつもより少し足早に。
心なしか街中の人々の声がいつもよりざわついていて、嫌な予感が脳内に過る。
それを振り払うために、違うと信じるために早く、早くと駆ける。