14-14-8-1
実家と一応のもう片親の家を行き来するようになって数年、この生活にもだいぶ慣れ、小さかった弟と妹も健やかに成長している。
フィーアトは妖精の愛し子だが、今のところ問題なく日常を過ごしている。
エーデルシュタイン家に一緒にいって同じように教養を受けさせるかどうか、とう話が持ち上がったが自部としてはやめてほしかった。
あの双子の嫌がらせのようないたずらは未だに続いているし、なんなら成長とともにその方法が物騒になりつつある。
何がきっかけで妖精の国に連れて行かれるかわからない以上、余計な刺激を与えたくない。
幸いにも、子爵は男の子だが妖精の愛し子であるフィーアトと妹であるフュンフトに教養を受けさせる意味を見出していない。
フィーアトの場合はほとんどが幼いころに妖精の国へと連れていかれてしまう妖精の愛し子にわざわざ教養を教えるのは無駄なこと。
フュンフトの場合はどうにも女は変に賢いよりも花嫁修業でもしていろ、という方針らしい。
理由に関してはいろいろと物申したいところがあるのだが、それを突っ込んでないとは思うが発言を撤回されてしまうと厄介なため、あえて口をつぐみ、自分だけ勉学に励んだ。
実家に帰ってから復習ついでに二人に習ったことを教える、それがいつしか自分たち家族の日課になっていった。
そうして過ごしていると次第に変な噂話も聞くようになった。
エーデルシュタイン子爵の後継者はアインス・エーデルシュタインだ。と
最初聞いたときはよくあるデマだと思い無視をしていた。
その噂について教えてくれた使用人もすぐにですよねぇ、と言ってその話は終わった、はずだった。
デマという割にはあまりにも多方面から同じ話を聞く。
それにデマの元を追ってみればそれはエーデルシュタイン子爵が流している、という話さえあった。
いったいどういうことなのか、レーンスヘル以外にも愛人でも作ってその子供にでも爵位を譲るつもりなのだろうか。
だとしてもその愛人らしい人を見かけたことはないし、子爵がそのような間柄の人に会いに行くような時間もあまりないように思える。
と、いうのも最近はなぜだが子爵の仕事場に呼ばれることが増えている。
殆どは子爵の仕事相手に適当に挨拶をする程度だが、たまに意見を求められることもある。
子どもの意見がまともに聞かれるわけがない、そう思って自分の考えれるかぎりのことを口にした。
中にはかなり攻めたことを言ったりもしたと思う。
それから子爵は仕事が忙しいのか、食事の時くらいにしか顔を見たことがないような気もする。
いくら考えたところでアインスという人物が出てくることはなかった。
もしかすると隠れた子爵の親戚、遠縁の子か…もしくはよほど優秀な孤児…。
とまで思ったがわざわざ遠縁の子供を探して連れてくるくらいなら馬鹿だがそこそこ使い勝手は良く丁度いい実の息子が二人いるし、優秀な孤児を見つけてそれを教育するような慈悲の心がかけらでもあるならそれこそ血のつながったフィーやフュンにももう少しまともな対応をしているだろう。
そう思うとどれもこれも信じれたものではなかった。
そもそもこの情報の出どころだって怪しい。
子爵がなぜ嫡男の話を振られてツヴァイとドライのことを出さずに存在すらしないアインスという名前をだすのか。
その理由だってわからないのだ。
考えても無駄だ、少しとは言え階級が上の貴族の考えてることなんてたかだか田舎の貧乏の名ばかりの貴族である者にはわかりはしないのだ。
使用人以外のほとんどに気を許せない状況ではあるが、貧乏貴族の嫡男…それも妾の子にしては随分と水準のいい教養を授けてもらっている。
それだけは感謝して、ほかの難しい家のことだとかはできるだけ考えないようにしよう。
そう決めて勉強机に向き直った。
そうして14度目の誕生日を終えてふと子爵によくついている使用人から話かけられた。
彼が何のようもなしに話しかけてくることはない。
またどこか仕事についてこいという命令だろうか、とぼんやりと思い面倒だな、とか今日は授業終わったらあの本の続きを読みたかったんだが…と思考する。
だから、使用人が言ってきた意味が一瞬わからなかった。
「デビュタントの衣装ですが、どこの店で作りましょう。」
「………へ?」
デビュタントはその年16歳になった貴族の息子や娘が王宮に呼ばるパーティのことだ。
こういうのはだいたい一番参加する意味があるのは貴族の娘で早々に婚約者が決まっていない者だったり、そういう娘との出会いを求める息子どもだったり、これを機に良縁をつなげようと躍起になる大人たちだ。
田舎出身の名ばかり貴族であるエーアストには正直参加するだけ無駄だ。
エーアスト・レーンスヘルなら…デビュタントに参加したところで…。
そう思ってハッとする。
アインス・エーデルシュタインの正体はまだ実際には決まっていない。
架空の人物だ。
だがそのアインス、という存在を周知させて、あとで誰か跡取りとしてふさわしい人間にアインスという名前を付けなおせば。
最初から、アインス・エーデルシュタインという人間が居て、その者がエーデルシュタイン家を継ぐ、ということになる。
そしてきっと、子爵はアインスの第一候補として。
エーアストを考えているに違いない。
子爵の息子としてデビュタントに出ればそれなりに意味がある。
自分でいうのもなんだがそれなりに見目が整っていて頭脳も悪いわけではない。
性格だって双子ほど悪いものじゃない。
フィーのように突然どこか知らない遠くへ消えたりもしない。
フュンのように、女性ではない。
少し考えればわかることだったのに、自分は違うという先入観がその事実から目をそらしていた。
このままデビュタントに参加してしまうと完全に子爵の思い通りになってしまう。
かといってここで強く否定してしまうと何をされるか分かったものじゃない。
行動に移すのは今ではない。
そう落ち着かせるように何度も心の中でつぶやいて、衣装についてはあたりさわりのないことを伝えた。
できるだけ話を先伸ばしにできるように、何かに悩むようなそぶりも見せておく。
使用人はその返答に満足したようで、二・三言確認した後、すぐにこの場を後にした。
デビュタントは三月までに16歳になった者が四月に王宮に集められる。
エーアストの誕生日は五月。
三年…いや二年と少し猶予がある。
それまでの間に、なんとか。
デビュタントに参加しない方法、ないしは…
「ここを出る方法を考えないと。」
エーアストのつぶやきは部屋に小さく吸い込まれていった。




