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「うおー…これはすごいな。」
アーロンは思わずそのように声を漏らす。
「そう…かな。」
フェリは少し照れたように顔を下に向けて頬を指でぽりぽりとかく。
「いや、すごいだろ…まさか初日の二回目で全本的あてとかさぁ…。」
フェリは今日初めて弓をもち、構え方をならったばかり。
最初の矢はさすがに的から大きく逸れていたが、矢筒から矢がすべてなくなるころにはほとんどの矢が的に刺さっていた。
そして二回目、その時射った矢は全て的に中った。
「これならもう少し距離を離したり動く標的を狙ったり、細かく部位を指定して狙う練習に移行してもいいだろう。」
アーロンとフェリに剣と冒険者の心得を教えてくれている教官が関心したようにそのよう言う。
「まじか、すごいな。」
滅多に人をほめたり、予定の訓練を覆したりはしないタイプの教官ですら、この発言。
思わずポロリと言葉が漏れる。
「…ところでアーロン、お前はなぜここにいる?」
先ほどまではフェリの腕前のすごさの前に気にならなかった自分の存在に気付いた教官がこちらを振り返り、そのように問うてくる。
「あ、はは~いやーフェリどうしてるかなーって。」
笑顔をひきつらせてじりじりとあとずさりをして間合いを取る。
「いいからお前は走ってこーーーい!!!!」
「あーっす!いってきまーーす!!!!」
教官の怒声を切っ掛けに、その場から脱兎のごとく逃げだす。
後ろから少しクスクスと声が聞こえたのはおそらくフェリのものだろう。
フェリのほうの訓練もうまくいってるようでよかった、と考えながら自分の体に身に着けているものに視線を落とす。
腕と足に着けられた錘を付けられ、背中に鉄製の盾、腰には剣と同等の重さの棒を付けている
これらをつけて走っているとガシャガシャと音が立つので、それなりに人目を引くが、町の人たちにとっては見慣れた光景のためか、あまり興味を示さない。
…ごくまれに声援を送ってくれる人たちもいて、水をくれたりもする。
アーロンは今基礎体力の向上のために、冒険者が常日頃身に着けているような武器、防具ほどの錘をつけての走り込みを行っている。
この基礎体力訓練の後は、アーロンの望んでいる武器、大剣を扱うために全体の筋肉のトレーニング、そして基本戦術…といった具合で訓練を積んでいる。
教官が言うには防具武器を持ったまま仲間一人担いで全力疾走で外周を走り切ることが理想らしい。
そのため、教わることのほとんどが戦い方よりも、身の守り方と有事の際に必要な筋力と脚力を鍛えることを重視している。
教官のその考えかたはアーロンにとっては好ましい。
もしかしたら、父譲りの防御のスキルを得意としていることが関係しているかもしれないが、それでも何かを守りたい、そのための強さを求める。
よし、と小さく声に出して気合を入れなおす。
早く、走り込みを終わらせてよう、そして武器は違えど、フェリに負けないように頑張ろう。
そう心のうちで決意を固める。
それからしばらくの間ずっと走らされて、ようやく教官からもういいぞ、と次の訓練に入れたのはちょうど昼頃のことだった。
次にいけるのは喜ばしいが、それよりも先に空腹を満たしたい。
それ以上に走り終わった直後独特の疲労感をなんとかしたい。
そんな思いで地面に倒れ伏しながら教官に物申してみた。
「あ゛ー…休憩ついでにご飯食べてきてもいいですかー…。」
教官は少しあきれたような表情をしてからしょうがない奴だ、と言わんばかりに首を横にふる。
「なんだ、だらしない、食事か…そうだなちょうど昼か、さっさと食べて二時間後またこい、食後すぐには動くんじゃないぞ。」
なんだかんだ言ってこの教官も鬼ではないのだ。
「よっしゃ、フェリ!一緒にご飯食べにいこうぜ!」
教官の返答を聞くや否や…それこそ断るわけがない、とわかっているからこそ、食い気味にそうフェリに話しかける。
教官はアーロンのその様子にため息をついて、その場から立ち去る。
おそらく、教官自身も食事をとりにいったのだろう。
フェリはまだ的あての最中らしく、弓を構え、的の一点を見据えている。
人型の的の胴、足にはすでに矢が数本刺さっている。
今、フェリが狙っているのはたぶん、頭だ。
頭は胴に比べて的が小さいため、狙いにくい。
当然、静物だとしても距離がある以上、命中させるには相当の訓練が必要だろう。
それを
フェリはこともなげに命中させた。
ビィィイイインと的に矢が刺さる音が静かな修練場に響く。
今まで、静かに淡々と、同じように弓を引き続けていたのだろう。
アーロンの気配に気づく様子はなく、声をかけたことにも気づかずに、次の矢を矢筒から取り出してまだ矢の刺さっていない場所を狙う。
「フェーリ!」
「!っわぁ!!」
先ほどよりも大きな声で、そして安全距離ぎりぎりまで近づいて声をかける。
それにはさすがに気が付いたようで、フェリは弓矢を落として驚いた。
「あ、アーロン…びっくりしたよ。」
「これより前から声はかけてたぞ?よっぽど集中していたんだな。」
「…うん、みたい。」
落とした弓矢を拾ってフェリに渡す、フェリはそれを大事そうに受け取り、矢は矢筒に、弓は肩に引っ掛けるようにして持つ。
「昼だしさ、ごはん食べにいこうぜ、父さんからおこづかいもらってるからさ、食堂か屋台にでもいこう。」
「うん。」
修練所にある備品倉庫の中に身に着けていた錘と鉄製の盾を置いて、商店街の方面へと歩いていく。
修行中なにをしたか、教官があんなことを言っていた、今日は何が食べたいか、食堂だと日替わりメニューは何になっているか、だと他愛のない会話をしているとき、ふと気づく。
フェリの手、正確には弓を持っていたほうの手、親指の根本付近、第二関節あたりに切り傷のようなものがあった。
「あれ、フェリ指怪我してるじゃん、なんかで切ったか?」
「え、あれ…本当だ。でも、今日は弓しか使ってないから…ここを怪我することは、多分…ないと思うんだけど…。」
「まぁ後で教官には言っといた方がいいだろ、傷も浅くて血ももう出てないからそんな深く気にすんなよ。」
そういって、軽く背中を叩く。
そうこうしている間に食事をとろうと考えていた食堂までたどり着く。
「今日の日替わりメニューはなんだろうなー!」
店の扉を開けて、よく知った顔に挨拶を交わす。
いつもの、日常だ。