9-13-4-1
華やかな花の香りがふわりと辺りに立ちこんでくる季節。
冬眠から明けた小さな生き物たちが楽しそうに鳴き、あたたかな日差しを全身に浴びて心地よさそうにしている。
「じゃあフェリ、お父さんとお母さんは隣町に仕事しに行くからセスさんたちに迷惑かけないようにいい子にしてるんだよ。」
「うん、行ってらっしゃい!」
朝早い時間に町の出入り口となる簡素な門のところでそのように挨拶が行われる。
医者の娘であり医学を学んだフェリックスの母ハンナと薬師のアレクは月に一度程医者や薬師のいない隣町にこうして足を運ぶことがある。
門の向こう側には隣町からわざわざ二人のことを迎えに来た馬車があり、その近くには御者らしい人影が見える。
「それではセスさん、アーロン君、フェリをよろしくね。」
「任せてください。」
「アレクさんもハンナさんも道中気を付けて。」
そのようにすでに恒例と化した挨拶を済ませると二人は御者に案内されるがままに馬車に乗り込んだ。
それからすぐに馬車は動き出して二人を運んでいく。
その姿をフェリはどこか寂しそうな顔をして見つめる。
さっきまでは二人に心配をかけさせまいと必死に笑顔を振りまいていたが、やはり寂しいのだろう。
たった一日…正確には夕方ごろには帰る予定ではあるので半日ほどだが、だけだとしてもまだ親に甘え足りない年ごろであるし、フェリの性格から可能な限り知り合いや家族とは離れたくないと考えるのは自然なんだろう。
身体動かしたりして時間を忘れさせれるようなことをすればあっという間にすぎるだろう、といつもの考えでアーロンはフェリに声をかけようとして。
「アーロン、ちょっと。」
父のセスに呼び止められる。
「ん?何~?」
何か特別な用事でもあっただろうか、と首を傾げると、セスはまだ町の外を見つめているフェリに一度視線を送ってから、アーロンの耳に口を寄せて、小声で話しかけてきた。
「明日、フェリ君の誕生日だろ、本当なら俺とアレクさんとハンナさんで準備する予定だったんだが…この回診があるだろ?」
「うん、天気のせいで先月行けなかったから今日行くんでしょ。」
「あぁ、だから俺一人で準備することになってな…、上手いことフェリ君を家に来ないよう気を引いてくれないか?」
「それぐらいなら出来るかも、わかった。」
「頼むぞ…まぁまずは朝食食わないとな、先に帰って準備してるからフェリ君のことちゃんと連れて帰って来いよ。」
「はーい。」
そう言い残して父はその場から離れる。
フェリはどうしてるんだろう、と視線を横に流せば、さきほどと全く変わらずにただひたすらに町の外に目を向けていた。
「フェリ!」
このまま放っておいたらふらふらと町の外に歩きだしそうな怪しい雰囲気に思わず驚いてしまい、つい大きめの声を出してしまった。
案の定フェリは両肩を跳ねさせて驚いた。
「アーロン、どうしたの?」
「あ、悪いビックリしたよな…父さんが朝食の準備してるって、行こう。」
「うん…ありがとう。」
ようやく、フェリは視線を町の外からアーロンに向けた。
まだ寂しそうな表情はとれてないがそれはしょうがないだろう。
そうしてゆっくりと家への帰路を辿る。
家で朝食を食べ終えたらあとは自由時間だ。
同い年ごろの子どものなかには家を継ぐ予定の子は家業の手伝いをしているのもいるが、冒険者を目指す二人には関係ない話で、することと言ったら家事手伝いか、強くなるための修行を積むくらいだ。
そして二人が選ぶのはいつも後者であった。
いつものように木製の片手剣を模して作られた練習用の武器を手にして、修練場へと駆け出す。
修練場に行けばだいたい剣の扱いや、冒険者の心得について教えてくれる人物がいるので、その人に剣について習った。
それはフェリも同じだ。
なので、今日も同じように一緒に剣の修行をするのだろうか、と考えていたが、フェリの持っているものがいつもと違うことに気がついた。
それはどう見ても剣や斧、槍の類いの武器には見えない。
弓だ。
「あれ、フェリ、武器違うけどいいの?」
「うん…先生がね、剣とか槍みたいに前に出て戦うのは僕には向いてない、って思ったらしくて…だからためしに弓を使ってみたらどうだ、って昨日…。」
「なるほどな、弓かーいいじゃんカッコいい!上手く使えるといいな。」
アーロンの言葉にこくり、と小さく頷いて返した。
その様子を見て、確かにフェリには遠距離武器のほうがあってるのかも、と心の中でつぶやく。
今まで一緒に修行をしてきてフェリの剣術の上達は驚くほど遅かった。
後から始めた子供たちに優々と抜かされるほど、実力が身につかなかったのだ。
別にふざけてるわけでも、剣が振れないほど筋力がないわけでもない、そして状況判断能力も消して悪いものでもないのに。
なぜか、剣を、槍を手にして人を目の前にしていざ、打ち込み…となったときにその能力が発揮しない。
それに比べて弓は相手から距離をとって行動ができるうえに、高い状況把握能力が必要となる。
まさにフェリに向いているといえるだろう。
昨日までは剣を振っていて、今日初めての武器を練習するのだからこれは自分が特に気にかけて声をかけたりしなくてもあっという間に時間は過ぎていくだろうな…などと考えて少しほっとする。
自分が何もしなくても目的が達成されるのはとても楽でいいものだなぁ、とものぐさな思考が出てくる。
何はともあれ、新たな武器がフェリにどのような結果をもたらすのか、それにまるで自分のことかのようにワクワクする。
自分もどこまで成長できるか、フェリに負けないように努力をしないとな、と心を引き締める。
「おっし、フェリあの角から修練場まで競争しようぜ、負けたほうは…腕立て伏せ10回とか!」