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あと半分だった。
いっそのこと駆けだしてしまえばウガルルがこちらに来るまでには階段にたどり着くだろう、と予想できるくらいには。
だが、何が起こるかわからないのがダンジョンだ。
慎重に足を進めて行く中で、ふと足元にそれほど大きくはなかったが段差があった。
これくらいの段差なら街中でいくらでも見かける程度の、なんてことのないもの。
しかし、この危機的状況ではこういう些細なことが生死を分けたりもする。
万全は尽くすべきだ、そう思い後ろに続く二人とソーヤに注意を促した。
声を出すわけにはいかなかったので小さなハンドサインだったが、案外うまく伝わったようで、一番後ろにいるソーヤが了解と、手で返してきた。
それにホッとしながら再び前に向き直る。
階段にたどり着くのはいったいいつになるのだろうか、囮をさせてしまった人達はどうしているのだろうか、このまま無事に家まで帰れるのだろうか。
そんな考えが頭を埋め尽くしていく。
先頭を歩くミコトがそろり、そろりと足音を殺しながら進んでいる最中。
後ろから小さく、しまった、と聞こえ大きく鎧や武器が床に投げ落とされる音が響いた。
何事か、と後ろを振りむと、そこには倒れ込む同行者の片割れ。
位置は、先ほどアーロンが気を付けてくれと、教えた段差のある場所。
何で彼は倒れてるのか、大きな音がなってしまった、ウガルルに気づかれてしまっただろうか。
そう、硬直した頭が考えた矢先に。
「ばれた!」
簡潔に、ミコトが武器を手に取りながら状況を伝えた。
ウガルルに視線を送れば、隠れた獲物を追い詰めるのに飽きてしまったのか、はたまた新たな侵入者に怒っているのか、こちらを鋭い目つきでにらみつけていた。
睨めつけるだけじゃない、足が確実にこちらに向かってきている。
ずしり、ずしりと重量感のある音が響く。
「う、うわぁああああああああ!!」
自分たちの中で誰よりも行動に移したのは同行者二人だった。
二人は脱兎のごとくこの場から駆け出して、一目散に階段の方に向かっていく。
「ぃって!」
無我夢中だったのだろう、その際に先頭を歩いていたミコトにタックルをするような形にぶつかって、ミコトはその衝撃に対応することができずに膝をつく。
「ミコト!」
「…ミコト!」
挫いてしまったミコトを助け起こしながらアーロンとソーヤは三人で階段とは逆方向に走る。
ウガルルは、階段に向かった二人に対して敵意をむき出しにして、走って行ってる。
あの二人は恐らく、間に合う。
だが、このまま三人で階段に向かってもウガルルのほうが早くたどり着くだろうし、何よりぎりぎり間に合ったとしても無事に済むかはわからない。
それなら、と撤退を選択した。
突風のように走り、階段に向かったウガルルは階段にぶつかるような勢いで突進していく。
その巨体は、勢いを殺さずそのまま階段に向かい、細い階段の幅に防がれる形で階段と衝突した。
ダンジョンの外壁と階段は、ほかの障害物に比べるとずっと強固に…それこそウガルルのようなエネミーがいくら暴れても傷がつかないほどに丈夫なしろものだ。
だから、あのまま階段から出てこない限りウガルルに襲われることはないはず。
何よりエネミーというのは意外と縄張り意識が強いようで、四階のエネミーは四階にいる冒険者を、五階にいるエネミーは五階にいるものを、としっかりと狙う基準がある。
彼らは今階段の中腹あたり、五階でも四階でもない空間にいる。
おかげでひとまず、彼らのことはもう気にしなくても大丈夫だろう、と判断できた。
未だに階段の先にいる彼らのことを恨めしそうに睨めつけるウガルルと距離をとるために後ろに下がる。
出来れば先ほどまで隠れていた場所まで戻れるといいのだが、そううまいことはいかなかった。
ウガルルは手の届かない範囲外の敵を諦めて、近くにいる範囲内の敵に…アーロン・ソーヤ・ミコトに目標を定めた。
急にとびかかってくるような個体ではなかったため、武器を構えることは出来た。
ソーヤも二人から少し離れた位置に移動していつでも矢を放てれるように番えている。
もはや、戦うしか道はない。
ウガルルの前足に体重がかかり、後ろ脚が床を蹴り上げる。
全体重を使った突進だ、ダンジョンの壁は絶えれても、三人にはとてもじゃないが耐えれない。
「走れ!」
全力で横方向に移動することで避けるしかない。
急に方向転換をすることができないのはイノシシと同じらしく、そうすることで避けることは出来た。
だが、それがウガルルの気に余計に触れたようで鋭い牙をむき出しにして威嚇をし、うなり声を響かせている。
びりびりと全身が震えて今にも膝から崩れ落ちそうだった。
だが、唇をかみしめ、痛みによって自身の闘争心を奮い立たせて足腰に力を籠めなおす。
ウガルルは牙を見せびらかすように口を開けて再び吠える。
三人がそれに怯んで挫けたり逃げだすことを期待していたのだろうか、だとしたらエネミーにも戦略、というものを考える頭脳があるのかもしれない。
どっちにしてもそれは不発に終わり、状況は変わらない。
それならば、とその牙を光らせアーロンに噛みつこうとしてきた。
「さ、せるか!」
何とかタイミングを合わせて大剣を振るう。
横方向に薙ぐように振った大剣でできればその驚異的な牙が折れれば良い、と考えていたが、やっぱりうまくはいかない。
それどころか、タイミングが合いすぎて大口を開けたウガルルに大剣が食われてしまったような形になってしまった。
偶然にも大剣の刃はうまいことウガルルの口内を傷つけてはいた。
が、その程度だ。
エネミーにとってはかすり傷程度だろう。
何とか噛まれてしまった大剣を取り返そうとして力を込めて引いてみる。
ウガルルは痛みを感じていないのか、物ともしていないだけなのかさらに大剣を強く噛みしめてくる。
もしかしたら大剣を折ろうとしているのかもしれない。
そう感じてアーロンはさらに焦りを覚えて引っ張る。
横からヒュンッと素早く矢が飛んできた。
ソーヤの番えていた矢だった。
それは見事にウガルルの左目にかすり、血をまき散らす。
流石に目の怪我は堪えたのか悲鳴のような声をあげながら大剣から口を離し、数歩後ずさる。
「ナイスだソーヤ!」
「アーロン!離れて!」
間髪入れずにソーヤは矢を構えて射つ。
狙っているのか、それとも命の危機による焦りのせいか、先ほどは顔当たりを狙っていたのにも関わらずその次からは足元あたりに矢が飛んでくる。
このままウガルルの近くにいるとソーヤの矢に巻き込まれるかもしれない、と思い指示通りにウガルルから距離をとる。