11-15-5-31
苦虫をかみつぶしたような顔で、ミコトが悪態をつく。
「しっかしウガルルか…俺相性悪いんだよな。」
まるで以前相対したことがあるかのような口ぶりのミコトに、アーロンは驚く。
「なんだよ、あれどうにかしたことあるのかよ。」
「やー…そういうわけじゃねぇよ、文献読む限り俺のスキルと相性悪いんだよ。」
さすがのミコトも実物を見たのは初めてだったらしく、なんとなくほっとしつつ、また同じだけどうにかなるかもしれない、という希望が消えてひっそり落胆する。
「あぁ、そういう…なんで相性悪いのさ?」
「ウガルルってのは嵐の獣、暴風の化身ともいわれる奴でな…。」
「…そういやミコトは、確か風のスキルがあるって…。」
「風のスキル使ったら多分対抗意識出されて吹き飛ばされるな。」
思わず頭を抱える、確かに相性が悪い。
同じレベルの威力だったら拮抗できるので何らかの対抗が出来るだろうが、ミコトの言い方から察するにその差は歴然なのだろう。
ミコトもそこまで風のスキルが得意というわけではないようだし、今までの戦い方を見ていてもせいぜい速く移動するためだったり、軽いものを引き寄せるために使う程度で、実質的にはそよ風に似たものになる。
それに比べて相手は暴風の化身、真っ向から立ち向かって勝てる相手ではない。
ともに焚火を囲んでいる男性二人もこの話を聞いて心なしか顔が青ざめているように見える。
「ここにある階段は上層階につながっているもので、転移装置も同じ場所、ウガルルがしっかり見張っててそっちには行けない、と。」
改めて、現状を確認するようにつぶやきながらミコトは目を閉じ、眉間に手を当て考え込む。
「一回下層に降りて誰かの手を借りる?」
「こっから下は三人で一匹ずつ相手しても勝てるかどうかのわからない強いやつがわんさかいるし、五人でも…まぁ多分一緒だな、今の今合ったばっかりで連携のれの字もない烏合の衆なんか相手にすぐに相手にならなくなる。」
「…下から、誰か戻って来る人は…いない、のかな?」
「いなくはないだろうが…ウガルルを相手できるような冒険者ならそうとう下層のほうにまで潜ってるはずだから普通なら転移装置を使って移動してるだろうな、それなら現在地から地上まですぐだ。」
問えば問うだけ悪条件ばかりそろっていくような気がしていく。
全員で下の階に行って助けを求めに行っても恐らく人に会う前にエネミーに殺されてしまう。
ウガルルを倒したことのあるような実力者に会えるような下の階に降りるのは夢もまた夢だ。
かと言ってその人達がこのルートを戻って来ることがあるかと言えばよほどの物好きでもない限りそんなことはしない、面倒な道のりだ。
現状できるのはウガルルが自らの意思であの場所をどくことを祈ることか、この階層にいる冒険者、または上の階から降りてくる冒険者に助けを求めることになる。
の、だができれば上から降りてくるものにはかかわらせたくはない。
階段を使って降りてきてるということは、この付近のエリアを狩場にしている、ということ。
うっかり知識がなく5階層から出てくる新しい個体エネミーだと勘違いされて戦いを挑んだら…。
物の一瞬で命を刈り取られるだろう。
それを想像してしまい、全身に寒気が走る。
身震いを見たのか、ソーヤが心配そうな目でこちらを見ていた。
いつもよりぎこちないだろうが、笑顔を浮かべて、形だけでも大丈夫そうにふるまう。
ソーヤだって、さっきから不安そうな表情をしているし、隠してるが、長年の付き合いのせいでバレバレの指先や足のこわばりがある。
年下の、一応の弟分に心配させるわけにはいかない、と自分を奮い立てさせる。
と、気持ちを切り替えたところで良い案が出るわけでもないのだが。
「………ぅーん、だめか。」
閉じてた目を開き、ミコトがそう呟く。
何かやっていたのだろうか、その顔にはさっきよりも深くしわが刻まれており、疲労しているようにも感じる。
「なんかあったか?」
「いや、スキルの共有を使って外部と連絡できないか確認したんだが…だめだな、すぐに対応できそうな人とはつながらなかった、あー…こうなるんだったらセスさんあたりに俺の荷物少し持たせておけばよかった。」
「へー、お姉さん意外とも感覚共有できるんだ?」
「まーまれにな、同じようなスキルの素質あって同じようなタイミングで使って誰かリンクできる奴がいないか探しているとたまーにいたりするんだよ…まぁ今回はいなかったけど、あと方法としては俺が長年持っていたものを目印にしてそれを持ってる人に感覚を意識を飛ばす、ってこともできなくはない、でもまぁ俺の負担が大きいし一回やるとしばらく頭痛くなってな…あまり多様はしたくないんだよ。」
そういいながらミコトはつらそうに顔をゆがめながら痛むのだろう、こめかみのあたりを親指でぐいぐいとマッサージするように押し込んでいる。
しばらくそっとしておいたほうがいいかもしれないな、と考えアーロンはそこで会話を終わらせる。
ミコトはそうとう疲れているようで小さく呻き声を漏らしながら顔を伏せてしまった。
しかし、これで外部からの助けも期待できなくなった。
そうなるとやっぱり自分たちでどうにかするしか他ならなくなる。
どうにか弱点だけでも探れないか、と再び察知を用いてウガルルの様子を見ることにした。
相変わらずに、ウガルルは階段の前、転送装置の前でくつろいでいる。
よく観察すればさすが暴風の化身と呼ばれるだけあって、獅子のように立派なたてがみが風を受けてそよそよと揺らめいていた。
ダンジョンに自然な風は発生しないはずだから、おそらくウガルル自身が操っている風で動いているのだろう。
結局、よく見ても弱点につながりそうなものは感じれず、アーロンは周囲に意識を動かす。
今のところ、上階…四階からこの階に降りてくる人のような気配はいない、そして自分たちの近く、ウガルルの近くにもほかの人影は見当たらない。
そこまで確認したところで突然息苦しさを感じる。
慣れないスキルを長く使いすぎたせいで、体から危険信号が出ていた。
急いでスキルの使用をやめて、意識を体に戻す。
が、それがあまりにも急すぎたので、思い切り息をしようとして思わずせき込んでしまう。
心配してソーヤと二人の冒険者の人が寄ってきて、あれこれ世話を焼こうとする。
それに大丈夫、と断りを入れてこの改善しない状況に頭を悩ませる。