11-15-5-30
あれから少し経ち、服が湿ったままダンジョン内を移動している。
本来なら体温を奪う原因となったり、装備の劣化につながる水気はそうそうに取り去って、乾かしきるのがいいのだが、火をおこすこともできない状態ではどうにもならないため、先に安全地帯に移動するほうが得策だと判断された。
しばらくあの水場に居て、エネミーの類はいなかったし、気配を感じれなかったのでおそらく安全な部類の場所なのだろう、とは思えるが、それでもセーフティーエリアという確証は得れない。
何よりセーフティーエリアならば見張りが立っているはず。
先のダンジョン変形によりエリアも変わってしまった、というならそれはそれで納得できるがそういう事例はすくない、とミコトが言うため、おそらくあの水辺もそのうち安全ではなくなっていくのだろう。
本当に運良くエネミーも出現していない落下ダメージを最小限に抑える水場があった。
それだけでこの日、いやこの年分くらいの運を使ってしまったと思っても過言ではないだろう。
移動を重ねてだいたいのダンジョンの地図を作り上げていく。
度々エネミーに遭遇して1~2体程度なら三人で力を合わせれば倒せれるが、それ以上に固まっていたりすると勝てる見込みがない。
その為別の道を探したり、エネミーたちがその場を離れていくのを待つ、ということをしていてだいぶ時間がかかってしまった。
ダンジョン内では日の光が届かないで、いつも一定の光量のためか時間の感覚がおかしくなりがちだ。
だが、それでも外で帰りを待っているはずの教官、そして早かったらもう家に帰りついているだろう父が心配しだすころだということはわかる。
焦りは禁物、そう心で唱えて一つ深く息をする。
そうすることで平静を保って、どうにか現状を改善していこうと一歩一歩と進んでいく。
「…ダンジョンの構造上、あとはこっち方面に登り階段があるはずなんだが…。」
手元のメモをそう何度も確認しながらつぶやいたのはミコトだった。
どれどれ、とそれを見てみるが、書いた本人がようやくわかる程度のメモ書きなのか、乱雑に引かれた線や文字は到底アーロンには理解できそうになかった。
机やちゃんとしたペンがあるわけではない状況化で、しかもいつエネミーと遭遇するかわからないこの状態ではしょうがないのだろう。
「ま、とりあえず行ってみよう…ここ何階かもわかってないんだから、人にでも会えるといいんだけど…。」
そう願うように言って、歩を進める。
その願いはあっさりとかなえられた。
小休憩を挟もう、と提案しようとしたところで向こうから声をかけられたのだ。
相手のチームはベーシックな片手剣使いと屈強な体をして大きな斧を持つウォーリア然した男性二人。
アーロン達よりも少し年上で、冒険者になってそこそこ経験を積んできたらしい。
そして、彼らは今日ここにきて5階層にまで降りてきて、現在ここで動けなくなっているようだった。
彼らの言うことが本当ならば、ここは5階層で、元々自分たちが居た階層は2階。
3階分落下してきてしまった事実にぞっとしたが、3階程度で済んでよかった、と思い込むことでなかったことにした。
そして、動けなくなった理由だが。
まず、5人の現在いる場所は実は上に登る階段、そして転送装置のほど近く。
それは二人が見て確認したらしいので確かなことのようだ。
多少道が入り組んではいるが迷うことなく向かうことは出来る。
だが、それができなかった。
何故ならば、5階層にいるようなものではない巨大なエネミーが我が陣地、と言わんばかりに階段の目の前に居座っているようなのだ。
それが事実かどうか確かめるためにアーロンは一度慣れないが、察知のスキルを使って確認をした。
そして、それを認識した。
人の倍ほどの大きさに、獅子のような獰猛な顔、鷹よりも鋭い爪に燃えるようなたてがみ。
「多分…中間、いや中~下層とかでよく見かけるようになる…そうとう強いエネミー、ウガルルじゃねぇか?」
ミコトが言っているウガルルの特徴と、アーロンが視覚する情報をすり合わせて、どうも階段前に居座っているエネミーはウガルルだと、検討つけることができた。
が、それだけだ。
有効な対抗手段は、といわれても存在はしない。
ただ戦って、力でねじ伏せるしかない相手だ。
そもそもウガルルは中~下層と低い場所…つまりダンジョン難易度が高い場所に行って、ようやく遭遇するようなエネミーである。
こんな5層程度の場所で現れていいようなエネミーではない。
先ほどのダンジョン変形で、自分たちのようにうっかりまきこまれてしまったのか、と思ったがその割には落ち着いた様子。
つまり、そこで出現してそこにいるように設定されているエネミー。
「…やっぱ、なんかおかしいのかもな。」
「これでおかしくないって言われたら脳みそ爆発して死ぬところだった。」
元々スピニエの生息域の異変から始まったこのダンジョン調査、最初は順調であった…いや研究としてはダメだったのだが、ここにきて突然の成果を上げ始める。
だからと言ってここまでの危機は聞いていない。
「どうしたもんかね…。」
念のために、とウガルルの行動を確認するために定期的に察知スキルを使っては状況の報告をする。
と、いってもウガルルは基本的に階段前から動かずに、階段を守る番人かのようにそこに居座っている。
たまに動いたと思ってもその付近の見張り程度。
これでは隙をついて駆け抜ける、なんてこともできない、やったとしても背後から攻撃されて一撃でこの世とおさらばすることになるだろう。
合流した二人の男性に聞いてもウガルルを討伐できるような実力はないようだし、5人の力を合わせてもどうにもならない…せいぜい逃げ足の速いであろうミコト一人が駆け抜けるのを補佐して他は犠牲になる程度の未来しか見えない。
そう頭を抱えていると、気を利かせてくれた彼らが自分たちの服が濡れていることに気づいて焚火の用意をしてくれた。
その好意に素直に甘えつつ、この状況を打破する方法は何かないか、もう少し腕の立つ人が近くにいないか、ウガルルは何故あの場所に居続けているのか、を考える。
アーロンは察知で見た感じの弱点を探り、ソーヤは耳をそばだてて気配を探る。
その横でミコトは…なにか嫌なことを思い出したような顔をしていた。




