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「…そうだね、君のスキルの特性として一番強いのは防御系…かな?」
「え、あ…そうですね、父が得意みたいで。」
「他にわかりやすいものとしては…動物に対して友好的になりやすい、注目を集めやすい、リーダーシップ、あたりだろうか。」
水晶に浮かぶ紋章をなぞるようにしてそのように言われる。
父からの遺伝で間違いないのは防御とリーダーシップあたりだろう。
父は現役で冒険者をやっていたときは小さなチームだがそこでリーダーとして活躍していたし、守ることはその中で誰よりも優れていた、と聞いている。
他の動物に対して友好的、注目を集めるはおそらくだが母からの遺伝になる。
若かりし頃の母のことは知らないので憶測になるが、記憶に残る母の姿は確かに警戒心の強い小鳥すら引き寄せ、明るく朗らかな性格で周囲の人から注目を集めていた…とも思える。
「ふむ…君はこれらの素質が高いようだね、全部うまく使えこなせるようになったらもしかしたらビーストマスターになれるかもね。」
「ビーストマスター…?」
「あまり知られてはいないけれどモンスターを従属させて一緒に戦う人のことだよ、どうすればモンスターを従属させることができるのかはわからないけど、不可能ではないらしい。」
私も詳しい話は知らないんだがね、と言葉を区切られて、アーロンはそうですか、と小さくつぶやく。
父と母のスキルを受け継いで、自分の中で開花できるかもしれない。
思い描いていたスキルでこそないが、新たな可能性として挑戦できるのはワクワクとしたものがあり、アーロンは少し誇らしげにほほ笑む。
「君、将来はどういう職に就こう、とかは考えているのかな?」
「父親が冒険者をやってたので、俺も冒険者になろうかと。」
「なるほど、ビーストマスターになれなくても君ならチームを組んでリーダーとしてメンバーを引っ張ることは出来るだろう、きっと君なら仲間を大事にする良いリーダーになれる、頑張りなさい。」
「…はい!」
自分の将来希望する道を親や親友以外に応援されて、胸の内がくすぐったく、すこし熱を持って恥ずかしい気もしたが、それ以上に嬉しかった。
自然とこぼれるアーロンの笑顔を見て、教師も小さく微笑む。
「さて、君の検査はこのくらいかな?質問が無かったら次の子を呼んで来てきなさい。」
「わかりました。」
失礼しました。と一声かけてから部屋の外にでる。
思ったよりも充実した結果で高揚した心のまま、待っているであろうソーヤのもとへと駆ける。
「ソーヤ!次お前だぞ!!」
部屋の入口から声を張り上げて呼ぶ。
ソーヤは呼び声に気づいて、小さく頷くとゆっくりと立ち上がって向かってくる。
近くまで来て、じゃあ行こう、と来た道を振り返ろうとしたときにようやくソーヤの指先がかすかにふるえているのに気が付いた。
そして、あぁそうだった、とアーロンは小さく息をのむ。
「…大丈夫だってわかるのは全部じゃないみたいだから、きっと平気だよ。検査方法も簡単だ、ちょっと指に針を刺すだけ…まぁちょっと勇気いるかもしれないけどさ、こんな簡単な検査なんだからお前のこと全部わかるわけないって。」
小声でそのように励ます。
「…うん。」
少しは気が晴れたのか、ソーヤは薄く微笑み部屋へと向かう。
指先の震えは取れてないが、きっと大丈夫だろう。
「部屋の扉の横で待ってるからさ、さっさと済ませて来いよ。」
そういってソーヤを送り出す。
ソーヤは静かに部屋へと入っていき、廊下は静まり返った。
さっきまで高揚していた気持ちは嘘のように凪ぐ。
自分のときはあっという間に感じたあの検査がまだ部屋に入ったばかりだというのに、すでに長く感じてしまう。
耳を澄ませると、中から二人の話声が聞こえるが、何を言ってるかまではわからない。
落ち着いた二人の声から察するに、問題はないように思える。
穏やかでどこか緊張した時間が過ぎる。
まだだろうか、もしかしてソーヤに何かあったのか、一人でいると嫌なことばかり考えてしまう。
もしもがあった場合どうすればいいのだろうか、などと思考を巡らせていると、扉はあっさりと開けられた。
「…ありがとう、ございました。」
ソーヤが先ほどと変わった様子もなく出てくる。
震えは、まだ少し見えるが心なしか先ほどよりもましになっているように感じる。
「次の奴呼んでこないとな。」
「うん。」
平静を装うソーヤに習い、アーロンも可能な限り自然にその場から立ち去ろうとする。
部屋に待機していた次の生徒を呼びに行き、そのまま建物から出る。
しばらく二人は無言で家路を急ぐ。
家の扉が目に入り、そこからは何かから逃げるようにそこへと駆けこむ。
ガチャリと内鍵を閉めてようやく、張りつめていた緊張の糸がほどけて息をほっと吐きだす。
それはソーヤも同じだったようで、壁に背をつけたままずるずるとしゃがみ込む。
「…ソーヤ、検査大丈夫だったのか?」
声をかけると、びくりと身体を跳ねらせてから、碧い目がこちらを見てくる。
そしてゆっくりと首を縦に振る。
「わかった素質は遠くの物がよく見えること、投げたものが思ったところに向かう、気配を消すこと…みたい。」
「…そっか、よかった。」
一時はどうなることかと思ったが、簡単な検査内容で助かった。
ソーヤが回復のスキルを持っていることはわからなかった。
その事実だけで十分だ。
いまは亡きソーヤ夫妻の最後の言葉を守ることができたのだから。
…回復スキルを持つものの将来はほぼ決まっているようなもので、一つはどこか貴族の養子になり、王国に忠誠を誓う騎士団の治癒院に所属するか、もしくはサイユにてスキル発生要因について研究に努める、現状確認できている行方はその程度だ。
一般人でも、貧民でも関係なく優遇されるため、栄光のスキルと思われがちな回復スキルだが、それは人によって…少なくともソーヤにとってはこのスキルは指名手配犯の罪のような意味を持つ。
世間に、国にばれたら王国に捕らわれるのだ。
それをわかっていたから、ソーヤが望まない道だと知っていたから夫妻は隠すことを決めた。
そして夫妻が亡くなった後、それを父セスとアーロンで引き継いだ。
「アーロンは?」
「俺?俺は防御と動物に好かれることと注目されやすいとかリーダーの素質があるとか言われたかな。」
「そうなんだ…ぴったり、だね、アーロンならみんなを引っ張れる頼もしい冒険者に、きっとなれるよ。」
「…ソーヤも一緒に、だろ?」
世話の焼ける幼馴染を一人にできるわけないし、何よりソーヤも同じ冒険者を目指しておいてなぜそんな他人行儀に夢を語るのかと疑問を持ちながらそう言う。
碧い目をじっと見つめ返す。
見つめあって、数秒、だんだんと笑いがこみあげてきて、お互いに声を出して笑いだす。
「うん、うん!僕も一緒にだよね。」
「そうだよ、俺とお前、あとは気の合う仲間数人でチーム組んで助け合う!これが理想だ。」
玄関で笑い転げ、理想を語りあう。
そんな楽しい時間は父セスが買い出しから戻って来る夕方まで延々と続いた。