11-15-5-25
アーロンは今、一人で一匹のエネミーの向かい合っていた。
狼のような姿をしたエネミーで判別名としてはダンジョンウルフと呼ばれるものらしい。
出来るだけ敵意を感じさせないように視線はウルフの前足がぎりぎり視界に入る程度にして、無関心を装う。
武器である大剣は一応抜き身の状態ではあるものの、別段構えることもせずに杖のように床に刺しこむような形で…まるで盾にするように支えている。
必死にこちらに攻撃の意思はないことを示しているが、相手はまったく意に介さず低くうなり声をあげている。
やっぱり無理なのではないだろうか、アーロンはそう思いながらなぜこのような状況になったのかを思い出す。
昼食を終えて、二階層に向けて歩き出してほぼすぐにエネミーと遭遇した。
大した強さではなかったため三人で声を掛け合って不意打ちを防ぎつつ対処をして、怪我をすることなく倒すことができた。
その出会ったエネミーの姿がダンジョンウルフで、一般的にフィールドにいるような獣と見た目が同じような…素人目にはまったく同じにしか見えないエネミーだったことがことの発端だったはずだ。
「アーロン、は。」
声の主はソーヤで、倒したばかりのエネミーが融解していく様を見つめながらつぶやくように言葉を紡いでいた。
「どうした?」
目の前でエネミーがサラサラと砂のように溶けていき、砂は吹いてもいない風にさらわれて空気の溶けていく。
ダンジョンのエネミーはみんなこのように溶けていくのだとミコトは言っていた。
エネミーの素材が欲しいのなら特別な道具を使わないといけないらしく、それ以外で倒した場合だと溶けて、最後には魔石が残る程度。
この魔石は日常生活でオドを必要とする機械等に燃料として使うことができるのでいくつか回収しておく。
「エネミーには、試さないの?」
一体何を言っているのか、主語はどこに置いてきてしまったのか、突っ込むべき言葉がいくつも頭を走り抜けていく。
「怪我はないかー?ってどうした二人とも、さっさと魔石回収していくぞ?」
少し離れた位置に居たミコトもエネミーを倒し終えて、魔石回収も終わったのだろう、こちらの無事を確認するとそう声をかけてきた。
「あー、いや…で、ソーヤ何を試さないって?」
「ん?試す?」
「…スキル。」
「んー?スキル…?」
こくり、とソーヤが頷く。
それ以外話すつもりはないのか口が閉ざされてしまって新しいヒントを得ることは出来なさそうだった。
こうなったら推理して当てるほかない。
防御のスキルは先ほどから定期的に張りなおしているため違う、リーダーシップ能力があがるようなスキルもあるが今のところこのチームのリーダーはミコトであるため使うことはない、というかそもそもエネミーに向かって使うことでも試すことでもない、察知のスキルはまだ訓練段階で実践登用できるようなものではない、それはソーヤも知っているはず。
他にも適正だけはあるがまともに使ったことのないスキルというのもあるが、どれもソーヤの指しているものとは違うだろう。
となると他に…、そのように頭を悩ませていたが割とすぐに思い当たった。
「もしかして服従か?」
そういえば、まだ服従…生物を手懐けるスキルがあった。
「へぇ、そういうのもできるのか、何ビーストマスターにでもなるのか?」
それを聞いたミコトは少し面白そうなものを見つけた少年のように微笑む。
「いやー…それが適正が本当にあるのかどうか疑わしくてな…。」
ミコトの言葉に苦笑とともにそう返す。
「なんだうまく使えないのか?」
「まぁな、どう使えばいいのかわからないし今まで…適正がわかってから今まで、ちょいちょいいろんなモンスター相手に試してみたんだがどうにも成果は得れなくてな。」
そう、今まで何度か試したことはある。
最初は服従、とスキルの名前の特性上アーロンの実力が足りない故にモンスターが従ってなかったと考えたが数年の時を経てモンスターの子相手にすら発動できなかった。
その次にモンスターとの相性が悪かったのではないかと考え、森に出る数多のモンスターに試してみた、だが結果は同じでまったく見向きもされない。
毎回対象のモンスターと一対一の状況になるまでは出来るし、なんならあと少しで服従させることだってできそうなときもあった。
が、最終的にはいつもアーロンの何かに気づいたような反応をしては逃げ去っていくのだ。
まだそこから襲われることはないからいいのだが、何度もこのようなことを繰り返していれば流石にスキル適正に疑いを持つ。
「と、いうわけでな…。」
「なかなか難儀な経験してるな。」
「最近はあんまり使ってなかったし、適正力も落ちてるんじゃないかと思うんだけどな…。」
トレヴィオ付近でアーロン達が近付けるようなモンスター相手はすでにあらかた試しつくした、もう他の方法なんて思いつかなかった。
「いや、まだ可能性はあるだろ。」
「そうか?身近にそういうことができる人もいないから相談してもわからないしさ…もう手詰まりなんだよ。」
ビーストマスターの絶対数はそれほど多くない、こんな田舎の町にそんな知り合いもいない。
アドバイスの聞きようなどないのだ、と嘆くように言ったところでミコトの発現に驚いた。
「だってお前まだエネミーに対してはやったことないだろ?」
そして現在、こうなっているのだ。
ダンジョンウルフと対面してもう何分たったのか、警戒を誘わないため自分の体を大きく見せないために屈めている腰や膝はそろそろ限界を迎えそうで若干ぷるぷると震えだしており、右手に持つ大剣に多少体重を分けることで今は姿勢を維持している。
エネミーのウルフはモンスターのウルフと同じようにこちらを興味深そうに見ていて、たまに一歩踏み出したかと思えば何か思いとどまって停止し、踏み出した足を戻す、ということを繰り返している。
これ以上この姿勢を続けるのは良くないあと少ししたら姿勢を変えよう、などと考えているとダンジョンウルフが動き出す。
一歩、また一歩とこちらに近づいてきている。
不思議そうに小首をかしげて様子をうかがう姿はどこかエネミーとはいえどもかわいらしいものを感じる。
試しにアーロンがゆっくりと手を指し伸ばしてみる。
ウルフは少し驚いた様子を見せたが、それも一瞬のことで敵意がないのを感じ取ったのかむしろその手を興味ありげに臭いをかぎに来た。
これは、スキルが使えるのでは。
思ってもみなかった現象に気持ちが昂るのを感じるが、必死に体の動きと気持ちを抑制してゆっくりと呼吸をする。




