11-15-5-22
「え?」
アーロンは思わず驚きの声を漏らす。
「神話の話はさすがに…知ってる、よな?」
ミコトの少し探るような目に少したじろいでしまったが、頷く。
流石に幼いころから聞き続けていた一種のおとぎ話のようなあの神話のことは知っている。
寝てばかりいて、人見知りがちだったソーヤですら一字一句…とまでは言わないだろうがかなり正確に語れるだろう。
「魔王が世界を滅ぼそうとして、それを阻止するために勇者が現れた、んで倒しきれなかった魔王は地下深くに封印されて今も眠ってる、それをなんとかするために神様と天使様がスキルって便利なものを人々に授けたー…みたいな話だろ。」
もはやこの国、いや世界の常識ともいえる物語。
今更確認するようなことがあるのだろうか、と思いつつミコトに話しをして、少し違和感を感じた。
今、自分は最後に神と天使はスキルを授けた、といった。
だが、先ほど神と天使が地上に残った悪魔たちを退治させる力として授けたものは法術、といったはず。
思わず、当たり前のように口に出したことを隠すかのように手で口を押える。
その様子を見たミコトは気づいたか、とでもいうように薄く笑う。
「大昔、人間が誰もスキルが使えなかった時代に悪魔と対抗する手段として神と天使にすがった、その時に授かったのが法術、それ以外に術がなかったから大半の人々が何かしらの天使か神に法術を授かったんだろうな、それが何代にも続いて世代が変わっていくと人間の体に変化が起きた。」
手持ち部沙汰なのか、ミコトは刀を収めたまま振り方を確認するように動かしている。
一階だからか、エネミーの数が少ないうえに人通りがそれなりにある故思いのほか安全が確保されている。
それでも、警戒は怠らないようにしなければ、と心を引き締めつつ、ミコトに話しの続きを促す。
「人間がそれぞれ特定の法術に馴染んでそれを神や天使から授からなくても力を使うことができるようになってきた、だんだんとその人数は増え、使えるものは多種多様化していく、そうしてそれが世界のスタンダードになったとき、ようやくスキルと名称が与えられた。」
「じゃああの話のスキルが~ってくだりは誤りってことか?」
「いや、ただ時代とともに身近でわかりやすいものに変容しただけだと思う、あぁいう話ってだいたい口伝だから語った人の言葉になりやすいから細かいところは変わりやすかったりするんだよ。」
よくあることなんだ、と言ってミコトは小さく笑い、まだ語り足りないことがあるようで話を続けていく。
「法術は定められた詠唱を唱えて妖精たちの協力を得ることによって発動される、だがスキルは詠唱の概念を無くして妖精の協力がなくとも簡単に発動できる、こうなることでよりスキルは実用的な使い方ができるようになっていった。」
「けど、血筋や適性に非常に左右されるのがスキルで、努力しだいでは使えるようになるのが法術…ってことか。」
アーロンの言葉にミコトはそのとおり、と言って小さく手を叩く。
ソーヤは、今の言葉でようやく大筋を理解したのか数秒遅れたのちに小さくおぉ、と感嘆の声を漏らしていた。
「詠唱という発動までロスタイムがあるせいで法術はあまり実践向きじゃないとまで言われている、一方スキルはロスタイム無しに瞬時に発動できるが、本人の素質や熟練度に左右されやすい…うえに親の特性をそのまま受け継げるわけでもない、この性質のせいでスキルに頼り切りになってる部分での技術進歩が一進一退を繰り返している。」
視線がこちらに向けられる。
出立前に話していた父親と自分のスキルの差異を指しているのだろう。
触れることのできる防御壁と触れることのできない盾。
特性が違う異常、アーロンが父とまったく同じ戦い方をすることは出来ない。
一代限りの、まさしく自分だけができる戦い方。
今まで意識したことはなかったがそういうことが技術職にも多々あるのだろう。
「まぁそういった細かい事情は今はいいとして、とにかく法術は神や天使から悪魔と対抗できるように授けられた力、スキルはそれが簡略化されて人間の体に染みついたもの、だからもともと悪魔やら魔王に対して有効であることが前提に作られてる。」
「あー…なるほどな?だからダンジョンって隔離されてる場所でも干渉しあえるってことか。」
アーロンの考えてた疑問は、細かい内容はともかく表面的には至極簡単なものだった。
まるで自然の摂理かのようなことで、聞いてしまえばなんということでもない。
「あぁ、でもスキルと法術で同じことはもう一つあったな。」
疑問が解消されて、なんだかすっきりした、というところでミコトはさらに話始める。
「まだなんかあるのか?」
これ以上難しいことを言われるとさすがに頭が痛くなりそうだな、と思いつつ興味の方が勝ってついついと話しの続きを促す。
ソーヤはすでに頭がパンクしているのか少し眉間にしわを寄せている。
「スキルでも法術でも回復能力を持ってるやつってのは全然いないらしい。」
一瞬、背筋に悪寒が走った。
ソーヤが回復スキルを所持していることはまだミコトにばれてないはず、この話の内容は意図しているわけではないだろう。
だが、どうしても長年隠し続けていることのせいか、エネミーと対峙したときのように緊張感が出てしまう。
ここで態度を急に変えてはあからさまに回復スキルについて何か情報を持っている、と言っているようなものになってしまう。
冷静に、いつも通りに…さっきまでの会話と同じように、緊張で声が裏返ることのないよう、どもることのないように会話を続ける。
「…へぇ、法術でもめったにいなんだ?」
「と、いうか法術だといない、って断言してもいいんじゃないか…とも思うんだがな、何せどの神か…もしくは天使がその力を授けてくれるか未だに解明されてない、今のところ有力の説としては光の天使テチアエスの信者のところに所持者がいたと記録がある、がよくよく調べてみるともともとスキル適正があったとされてもおかしくはなくてな。」
ミコトの途切れない情報量といくつかあげられる仮説に、思わずあっけにとられながら適当に相槌をうつ。
どの仮説も結末は現在回復スキル所持者が希少であり、研究すらできる状況にないため確証を得ることができない、となる。
「ん~…つまり今この世に回復スキル所持者はいない、ってことだよな。」
居たらダンジョン攻略はもっと楽になるのにな、と言葉を続けようとして、ミコトに遮られた。
「いや、所持者ならいるぞ?」