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はるか昔、世界を滅ぼそうとした魔王がいた。
対抗する手段を持たない人々はそれを恐れ、あるものは魔族に捕らえられて虐げられ、またあるものは魔族から隠れ、逃げひっそりと息をひそめながら生活をしていた。
そして誰もが絶望し、救いを諦めた。
だが、救世主はその絶望の中から、小さな光として産まれた。
同時期に神の加護を受け産まれ、示し合わせたかのように同じ使命を持ち、人々を救い出会った。
彼らは勇者と呼ばれ、魔王を打ち倒すものとして認識された。
彼らはそれに応え、魔族と戦い続け、神と天使の加護を用いてついに魔王を追い詰めた。
しかし、魔王の力は絶大なもので、勇者達が全力で応戦しても魔王を倒すまでには至らなかった。
そこで彼らは、魔王を倒すのではなく、弱らせて地下深く、誰も届かないような場所に封印しようと、決断した。
死闘の末、魔王の封印は成功して、勇者たちは地上へと生還した。
魔王に付き従っていた魔族は魔王の封印を察知すると途端に人々の前から姿を消した。
そして変わりに世界中に数多の地下へと続くダンジョンと呼ばれる空間が出現した。
魔王の復活を目論む悪魔たちを討伐し、今度こそ魔王を倒す。
それが現在まで受け継がれたこの国の、人々の願い。
その願いに応えた神と天使は人々にスキルという悪魔と対抗できる力を授けた。
スキルとは、この世に産まれた人々全てが使える特別な力である。
その力は遺伝によって得手不得手、素質の有無が決められてくる。
基本的には両親によってスキルの素質は決められるが、時折先祖返りとして両親にはなかった素質が芽生えることもあり、その場合はその先祖よりも強いスキルの力を持っている場合のほうが高い。
しかし、スキルの素質というものは努力ではどうにもならないもので何をどうしても素質のないものはスキルという力を得ることはできない。
そしてこのスキルたちは生活を支えたり、戦いを有利にするものが多いが一つだけ、決定的に足りないものがある。
回復のスキルだ。
回復のスキルだけ圧倒的に所持者が少ない。
何十年に一人産まれるか、産まれないかわからなく、そして回復のスキルはおそらく遺伝による素質の継承がなされない、特別なスキルとなっている。
だがどうすればその素質を持つ子が産まれるのかいまだに謎に包まれている。
その中で一つだけ信ぴょう性があるとされている噂程度の話ではサイユと呼ばれる都市があり、そこには独特の文化、種族の人が住んでいる。
回復スキルの素質を持つ人はそのサイユ出身者に多いとされている。
とはいってもまだ噂の域を出ないもので研究は現在も続いているのだろう。
…などと話が続く。
回復スキルの重要性とスキルの基本的な使い方などのありがたいお話を聞き、長いこと固い椅子の上に座り続けたせいで尻が悲鳴を上げ始めた…というところで教師の話はひと段落をついた。
「これでスキルの話は終わりだ、最後に自分自身がどのような素質を持っているのか知ってもらうためにちょっとした検査を受けてもらう、順番に全員確認していくので呼ばれるまではここから出ずに待っているように。」
そういって教師は机の上に置いていた教材を手早く回収すると、一番前の席に座っていた少年に声をかけて部屋を出る。
この部屋にいる子供の数はアーロンを含めて7人。
アーロンは中央あたりの席に座っているためお呼びがかかるのはそう遠い話ではないだろう。
束の間の休憩時間に固まってしまった筋肉を解すようにゆっくりと背伸びをして席から立ちあがる。
その流れで隣にいた人物に目を向けるとアーロンの予想通り、その人物は船を小さく漕いでうたたねをしていた。
「…ソーヤ、おいソーヤ…起きろってー予想通りなんで寝ちゃうんだよ~。」
肩を掴んでゆさゆさと揺さぶり、起こす。
最初は反応が薄かったが、徐々に意識が覚醒して数分かかってようやくソーヤは目を開ける。
「…アーロン?」
「授業終わったぞ、このあとスキルの適性検査だってさ。」
「うん、わかった。ありがとう。」
まだ眠いのかソーヤは目を軽く擦りながら小さく欠伸をもらす。
早く順番が回ってこないとソーヤはまた寝てしまいそうだな、と思っていたが、思っていた以上に検査はスムーズに行われているらしく、ソーヤを起こした頃には次くらいにお呼びがかかるくらいになっていた。
スキルの適性を知るのは楽しみであり、ちょっと怖くもある。
間違いなく父親譲りの防御のスキルはあるが他に何が遺伝したか、などはまだわかっていない。
ソワソワと浮わつく気持ちを誤魔化すようにムーっと渋い顔をしていたら、前の席に座っていた子どもが呼びに来た。
「アーロン、次どーぞ」
「お、わかった、ありがとな!」
もう自分の番らしい。
「じゃソーヤ、後でな。」
「うん、待ってる。」
席から立ち上がり、この部屋の隣にある個室へと向かう。
閉ざされた扉に軽くノックをすると、奥からどうぞ、と声が掛けられる。
「失礼しまーす。」
ガチャリと扉を開けながら、部屋に入る。
部屋に光源はなく、太陽の明かりも遮るようにカーテンを閉ざしているため部屋のなかは薄暗く、どこか湿っぽく感じた。
「こっちに座りなさい。」
奥にいる教師は閉ざされたカーテンの前に座り、机に水晶玉を用意して待っていた。
指示された通りに教師の前に用意された椅子に座り、なんとなく教師と自分の間にある水晶玉をじっと見つめる。
すると、教師は机の下から端切れと裁縫針のようなものを差し出してきた。
訳もわからずそれを両手で受け取り、どうするのだろう、と見つめる。
「その針で軽く血が出るくらい指を刺して、出た血はその端切れに吸わせなさい。」
針は皆新しいのをあげてるから安心しなさい、と付け加えるように言われる。
衛生面を気にして見つめていたわけではないが、それとなく納得した表情をして針の先を左手の親指に向ける。
一呼吸おいて、針を刺す。
チクリ、と痛みが走り、針を引き抜くとそこから真っ赤な血がぷくりと出てきた。
それを針ど同時に受け取った端切れの布で吸い取り、ついでに止血目的で数秒間ぎゅっと握りしめる。
布をどけて自然と出血しないことを確認してから、血の付いた布を教師に渡した。
血の付いた布を受け取った教師は水晶の真下に血の付いた部分が来るように敷く。
「水晶よ、導きを示したまえ。」
教師がポツリ、とそう呟くと水晶が淡く光りだし、何か紋章のようなものをいくつか浮かび上がらせる。
紋章は様々な色をして違う形をしており、光の強さも違うように感じる。
しかし、この紋章のようなものが何を表しているかはわからない。
その心情を読んだかのような見事なタイミングで教師は口を開いた。