11-15-5-13
「わかった、どこまで期待に添えれるかわからないけどやれるだけやってみる。」
アーロンがそう返答すると、ミコトは少しだけこわばっていた表情を和らげて、ありがとう、と呟いた。
ミコトの実力は自分たちよりも明らかに上だ。
だが、熟練の冒険者と比べるとどうしても劣るところは出てくるはず。
ただでさえ研究か目的で、観察する必要がある。
普通に、ダンジョンに潜るよりも危険性は高いだろう。
ミコト一人でダンジョンに行かせるわけにはいかない。
だから、ミコトと共にダンジョンに潜ることにした。
確かに実力で劣るが、それを言い訳に逃げることなど出来なかった。
「でも、今日すぐにっていうのは無理かな…父さんにダンジョンに潜ること言って、必要な物を教えてもらわないと。」
「あぁ、それはもちろん、俺も今日潜るとは思ってないからなんの準備もしてなかったし…。」
フィールドとは違う悪魔の領域であるダンジョンに潜るのにはやはりある程度の警戒心が必要だ。
そのために、準備は怠れない。
家にあるもので足りるだろうか、足りない分を買うお金はあっただろうか、二人分の準備だと少し値が張るかもしれない、などと考えて突如、はっとする。
まだソーヤの返事を聞いていないことを思い出したのだ。
出会ってからほとんど兄弟のように過ごして、アーロンのやることなすことすべてくっついて来ていたので、てっきりいつもの要領でついてくるものだと考えてしまった。
これはちゃんとソーヤが考えて決めなければいけないことだ。
アーロンは、特に何かをせかしたり、励ますような言葉をかけず、ただソーヤの返事を待つことにした。
ソーヤは、何か考えこんでいるようで口元に手を当てていつもより若干眉を寄せている。
何に悩んでいるのだろうか、そう思っていると、ソーヤが何か決意したような顔で、ミコトに視線を向けた。
「あ、あのミコト。」
「…どうした?」
まだ、話しかけるのに緊張しているようで、ソーヤの声は少し震えているようにも感じる。
「ダンジョンって…どういう構造が多い…?」
「構造?」
「広い道が多いか狭いか…迷路みたいとか、フィールドと変わらないとか…。」
「うーん…道の広さはその場所によって違うかもしれないが基本は広いな、何せエネミーと戦闘するんだからな、3・4人くらいが剣振り回してても多分大丈夫だ、階層ごとに難易度は異なるが迷路状になっているダンジョンは多いし、そうだな…屋内で戦っているような錯覚を感じることもあるな。」
ミコトはソーヤの質問に、今まで見てきたダンジョンの数々のことを少しかいつまんで話す。
それらを聞いて、アーロンは一つのことを思い出した。
ソーヤの武器だ。
ソーヤは剣術の才能に恵まれなかった代わりに、弓矢で才能を発揮した。
その為に、今現在使える武器は弓矢と、ショートナイフを使った護身術、軽い体術程度。
今まではフィールドでの戦闘ばかりだったので気にしてこなかったが、弓矢は室内で使うには少し難しい。
潜伏するなら障害物があって、なおかつ見晴らしがよくないと獲物が見えない。
潜伏せずに戦うならソーヤの場合敵の攻撃をかいくぐって、一撃を放つ、そのため回避する場所が必要、要するにある程度広い場所じゃないといままでの通り戦えない。
ダンジョンで弓矢を使うのは不利、だからこそ、使い手もあまりいない。
そこまで思い出して、アーロンはしまったな、と心の中でつぶやく。
ソーヤ自身の返事を待っていたにも拘わらず、もう頭の中ではいつもの通り、一緒に行くものとして考えていたようで、ミコトとダンジョンに潜るのもソーヤと一緒ならば、まぁ何とかなるだろう、と考えていたのだ。
ソーヤに剣術の才能はないので今から急ごしらえで覚えさえたところで、護身術の一つにもなりはしないだろう。
かと言って、弓矢を使っての潜入はリスクが高すぎる。
彼には、残ってもらってミコトと自分だけでなんとかするしかないか、と決意を固めようとした。
「…僕も、一緒に…いっても、いい?」
ソーヤの言葉は意外なものだった。
弓はダンジョンでは不利になる、一般的に推奨されている剣は今から…いや時間をかけて訓練をしたところで身につくかわからない。
だから、ダンジョンへ潜ることはしない。
そう決断するかと思ったからだ。
もしかしたら、いつものように、自分が行くからソーヤもついてくる、と思った、だが、それもどうやら違うようだ。
「多分、僕はダンジョン内で大した戦力にはならないと…思う、けど、けどね?隠密行動のスキルとか、遠視のスキルなら得意なんだ、あまり強いエネミーじゃなければ…対処の仕方はわかってるつもり、それに…。」
ソーヤはそこで、言葉を区切り、背中に担いでいる弓に視線を向けて、こういう。
「ずっと、考えていて、やってみたかったこと…試したい、ことがあるんだ…多分、それは…ダンジョンでの方が、多く試せる。」
ミコトはソーヤの視線の動きで、ソーヤの言葉を理解したらしい。
昨日の時点でソーヤが腕のいい弓使い、という認識はあれど、弓矢しか使わない冒険者とは思っていなかったに違いない。
普通、弓矢しか攻撃手段を持たない冒険者など存在しないから。
「あぁ、いいよ、こちらこそよろしく。」
ミコトがソーヤに対してしっかりと顔を合わせて、力強く頷く。
それに安堵の表情を浮かべてソーヤは膝の上でギュッと、固く握りしめていた手をそろり、とミコトの方に伸ばす。
握手を、求めている。
ミコトはのろのろと、少し動きに迷いを感じる手を素早くつかみ、そして力強く握りしめて上下に振る。
あまりの衝撃で一度机に手が当たってしまい、一瞬二人で顔をしかめたが、すぐにうれしそうに顔を緩ませる。
その光景を微笑ましく見守っていたアーロンは、これで、ソーヤの人見知りがすこしでも緩和されたらいいなぁ、などと思いふける。
今まで外の人とのかかわりが少なかったり、幼少期にいろいろ事件があったり、ソーヤの少しの変化をすぐに感じ取ってしまう存在が周りの環境に多すぎたことが原因だったのか、ソーヤの人見知りは幼少の時からずっと変わらずにいる。
それが、いま、変わろうとしている。
ミコトが、良い友人になれればいい。
自分にも、ソーヤにとっても。
「…よし、じゃあそうと決まったら…明日からの準備と計画だな!」
ぐっ、と握りこぶしを上にあげて、気合を入れる。
それに、二人も同じようなポーズをとり。
「「おー!!」」
と威勢のいい、返事を返した。