11-15-5-10
「え、嘘あれ群れでも作るの?」
ミコトの言葉に驚いてそう返す。
確か、自分の記憶が正しければあの時のスピニエは大型の一匹だったはず。
「群れっていうか…あれ子供を産む数が尋常じゃないからな、強い個体だと天敵になりうるモンスターも少なくなるし、どんどん数は増える、しかも肉食だからそのあたりのモンスターを普通に食うからどんどん増えるんだよ。」
それだと、何かがおかしい気がする。
目の前に座るソーヤも何かを感じているのか、眉をひそめてミコトの話を聞いている。
「…どうした?」
二人の反応に違和感を感じたのか、ミコトがあごの下を指でさすりながらそう尋ねてきた。
ただの漠然とした違和感でしかないそれ。
どう伝えたものか、とソーヤと目線を合わせて考え込んでしまう。
伝え方を模索していると、沈黙に耐えれなかったのか、ミコトがひらり、と手を二人の間をさまよわせて、自分のほうへと視線を集めた。
「俺から質問をいくつかしようか。」
その提案に、二人はすぐに頷いた。
言葉で言い表せない以上、ミコトの方から質問をしてもらって、違和感を浮き彫りにすればいい。
もしかしたら違和感でもないのかもしれないが、それならそれで構わない。
「じゃあまず一つ目、スピニエを見た場所は?」
「昨日の森と同じだよ、少なくとも戦った場所はだいたい一緒の小道。」
あの時は父が途中からの助太刀だったため、それ以上前のことは知らないので、ソーヤにその前のことを思い出してもらう必要があるな、と視線を移す。
「…最初、見たときは小道から少しだけ外れた場所で、スピニエは木の上にいた、と思う、護衛の人が速く気づいて小道の方に誘導させて、それを追いかけて、小道での戦闘になった…。」
昔のことだし、ソーヤはもっと幼かったせいか、ところどころあやふやで答えが合っているか不安な表情をしている。
ミコトはそれにはあまり気にしていない様子で、質問を続ける。
「最後にスピニエを見たのはいつ?」
「4・5年前…か?俺がこの町に来たときだから、だいたいそのくらいのはず。」
「5年前の…冬に入る前、くらい。」
ソーヤの言葉に、あぁそうだった、と思わず声を漏らす。
あの時は確か冬を越す町をそろそろ探さなければ、と言っていた。
自分と父は雪山のほうから来たからあたたかい、と思っていたが、今のこの町のことを思えばあの時の空気は今よりも少し乾燥していて、冷えていた。
「ん、結構前だな最近は見てないのか。」
「少なくとも俺は見てないな…。」
「僕も…。」
今までの記憶をざっと振り返るが、何度思い出しても記憶の中に蜘蛛型のモンスターのことは出てこない。
ソーヤも同じようで静かに首を横に振っている。
「そういやスピニエの大きさってどうだった?」
ミコトの次の質問に、少し悩む。
あの時は二人ともまだ背が低く、その分スピニエのことは大きく見えた。
その存在感だけを伝えると実際の大きさとは違ってくる。
あの時は、ひたすら必死だったからな、と言い訳を心の中でしつつ適切な表現を探す。
「スピニエは…多分成人男性と変わらないくらいの大きさだったと思うよ。」
表現を探すアーロンをよそに、ソーヤがそのように答えた。
ソーヤもあの時、命の危機に瀕していてたはず。
それでも冷静に、モンスターの特徴をとらえている。
その観察眼に関心しつつ、アーロンはそのくらいだったかな、とその答えに便乗をする。
「…結構でかいな、ちなみにどうやって戦った。」
やっぱりあれは相当大きい部類なんだな、とつぶやき、質問に答えようとして、詰まる。
そういえば自分はあの時腕を折られて…というか戦闘に割り込んで勝手に負傷して意識を失っていたような気がする。
つまり、戦ってる姿、倒し方は知らない。
うぅん、とうなり助けを求めるようにソーヤを見る。
視線の合ったソーヤは少しだけ困ったような顔をしたが、すぐにぽつりぽつりと説明をする。
「普通に攻撃しても、あんまり攻撃が通らないみたいで…関節?部分を狙ってた…かな、あと音のする方向に注意が向いてたかも…吐き出した糸が、すごい固いみたいで…防御スキルをかけたアーロンの腕を折ってた。」
「いや、あの時の俺の防御スキルはまだ未熟だったからあんまり参考にしないほうが…。」
今でも父の防御スキルよりも精度が低い、教官や本人に相談してもひたすらスキルを使って精進あるのみ、と言われるので、あの時は本当に、数枚の紙束程度の防御力しかなかったと予想される。
「…?ほかに外見的特徴とかはあったか?」
ミコトの質問の意図が読めなくなってきた。
あれ以降スピニエを見ていないので比較対象が存在しない。
なので外見的特徴、といわれても蜘蛛だった、大きかった、なんか固かったくらいしか情報が持ちえない。
それに、それがどう違和感に通じてくるのだろうか。
「こう…歯が丈夫そうとか、溶解液とか出してたとか、身軽だったかーとかそういうの無いか?」
おそらく何を言ってるんだ?と顔に出ていたのだろう、ミコトが再度そのようにいろいろ聞いてきた。
「んー、とにかく関節以外がやたらと固くて金属みたいな音していたな。」
「最初は木に登っていたけど地面に降りてからはそんなに素早い動きはしていなかった…と思う、降りたときの音は結構重そうだったから身軽ってことはないかな…。」
確かに、あのスピニエは動きはお世辞にもそう早いとは言えなかった。
それに音のした方向に反応するため、攻撃する方向をある程度指定することもできた。
だから、自分があの時この腕に攻撃を受けたのだから。
そう伝えると、ミコトが椅子の背もたれに思いっきり体重をかけてのけぞり、悩まし気な声を出す。
しばらく意味をなさないうなり声をあげて、考え込んでいたかとおもうと、急にまた質問を繰り出してくる。
「この近くに鉱物のとれる山とかはあるか?」
質問の方向性が急に変わってきた。
きっと、何かがあるに違いないと、信じてその質問に答える。
「「ない。」」
アーロンとソーヤの返答が重なる。
そう、この付近に鉱脈はない。
もしかしたら自分が知らないだけであるのかもしれないが、ここで生まれ育ったソーヤもこの返答、ということはきっとないのだろう。
その返答に、ミコトは今度は机にうなだれて頭を抱え込んでしまった。
なんだか申し訳ない気持ちになってくるが、どうしてそうなっているのかはわからない。
どうしたものか、飲み物でも買ってきて落ち着いてもらうべきか、それともこの話をなかったことにしてもらうか。
などと考えこんでいるうちにミコトは顔を上げて告げる。
「…モンスターに心当たりはある、けど、環境が一致しなくなった。」
その、言葉を聞いて心臓が小さく跳ねる。