6-10-10-2
目が覚めるとそこには見慣れない天井があり、嗅いだことのある病院独特の何かしらの薬品のにおいがする部屋の中にある、清潔感のある真っ白なベッドに寝かされていた。
起きたばかりの頭は意識が落ちる前後の記憶が曖昧でなぜ、どうして、ここはどこか、など疑問ばかりが浮き上がる。
だが、それも隣に座ってうたたねをしている父の姿を見てようやく思い出す。
(蜘蛛みたいなモンスターに襲われて、それで腕を…)
そうだ、左腕を怪我したんだ。
そう思い出してはじかれたように起き上がり左腕に視線を向ける。
痛みは感じない、というよりは左腕全体の感覚がない。
ギプスで固められているためほとんど動かせそうにないが、指は鈍くだが自分の意識通り動かせることからそこまで深刻な怪我じゃないのかも、と小さくだがため息をつく。
「アーロン、起きたのか。」
跳ね起きたときにきしんだベッドの音に気付いて起きたのか、父は目を開けて疲労が抜けない顔をこちらを見ていた。
「う、うん。」
ベッドの横にある窓からはまぶしいほどの太陽が照り付けている、位置からして昼より少し前だろう
「怪我の調子はどうだ?痛くはないか?」
「大丈夫だよ、今はそんなに痛くないよ、ちょっとかゆいけど。」
そう、答えると父はフーと、長く息を吐き出してから
そうか、とだけ返事をした。
「お父さん、あの…ごめんなさい、俺お父さんの言うことを守らなかったから…」
ギブスに被われた左腕に目線を落としながらそのように謝ると頭に手を置かれてゆっくりと撫でられる。
「あの時確かにお前は俺の言いつけは守らなかった、けれどお前は勇気をもってあの親子を助けようとした、それを咄嗟の判断で出来る人は少ない、誇っていいんだ、お前はよくやったんだ。」
穏やかに、アーロンの目をしっかり見据えてそのように言う。
父の言葉にまたじわりと、視界が滲む。
「だがな…勇気と無鉄砲は違うんだ、お前はまだ幼い子供で、冒険者としての訓練も、スキルの使い方も全然なってないんだ、今回は助かったが次もそうとはいかないんだ、もし次があったのなら、今度は行動に移す前に少し冷静に考えてから実行しろ、そんなんじゃあっというまに大怪我して好きなことなーんもできなくなるんだからな?」
が、涙は零れ落ちるよりも前に父の説教によりひっこんでしまった。
言われていることはもっともだしアーロン自身も反省しないといけないとわかってはいるのだが、やっぱりいつものようにツラツラと語られると緊張感にかけてしまい、感傷的な気持ちはどこかへと消えてしまった。
父の説教が始まり少ししたころ、話の内容が丁度先程の行動の失態から日常のことへと移行した頃、控えめなノックの音が部屋の中に響いた。
まだ語り足りなそうだった父だが、さすがにノックの音を無視することはできなかったようですぐに、はいと返事をして扉の方へ向かい、招き入れる。
「お邪魔でしたかね…?」
「いえ、大丈夫ですよ、このあたりで勘弁しときますから。」
これ以上話を続けてもまともに聞きそうもないので、と続けられて痛いところを付かれてしまったなぁ、とアーロンは苦笑する。
部屋に招き入れられた人はあの時にいた父親と、その父の足に隠れるようにしがみついているフェリと呼ばれていた男の子だった。
「あぁ、アーロン君よかった目が覚めたんだね、見たところ元気そうで良かった、どうかな?痛いところとかないかい?」
「え?あー…痛いところはないけど…ちょっとお腹すいたかな。」
「うん、じゃあいまのところは大丈夫そうだね、お腹かぁ、ずっと寝込んでいたからね、すぐにご飯を用意するよ。」
そう言って部屋を出ようとしたところで、何かを思い出したようで改めてアーロンに向き直る。
「ごめんね、まだ名前教えてないよね、僕はアレク・ソーヤこの治癒院の見習いなんだ。」
「じゃあこの治療をしてくれたのも、アレクさんなんだ…あ、えっともう知ってるかも知れないけど、俺はアーロン・セシルっていいます。」
「うん、丁寧にありがとうね、それから…あの時モンスターから僕とこの子をかばってくれてありがとう、本当に助かったよ。」
そう言ってアレクさんは視線を足元に向けた。
アーロンもその目線を追うようにそちらに向けると綺麗な碧色をした目と視線が合う。
が、それは一瞬のことで、すぐにアレクさんの足の後ろに隠れてしまった。
その様子にアレクさんは困ったように笑い、父は微笑ましそうに見ている。
「ごめんね、この子引っ込み思案みたいで…ほらフェリちゃんとお名前言ってありがとう、って言わなきゃさっきお父さんと練習したから出来るだろう?」
アレクさんがそうやって促したが男の子は足にしがみついたまま嫌々と言うように首を大きく横に振る。
それを見て、少しだけ何事か考えたあとアーロンはベッドから起き上がり、アレクの足元に近づいて、その男の子の前にしゃがみこむ。
近づいてくると思わなかったのか、彼は大きな碧の瞳を真ん丸にしてアーロンのことを見つめている。
「俺アーロン・セシル、君の名前を教えてくれる?」
こてんと、首をかしげながらそう問いかける。
彼は戸惑いながらなにかを言おうと唇を小さく動かしている。
そしてか細い声ながらも、きちんと言ってくれた。
「…フェリックス・ソーヤ。」
「フェリックス!だからみんなフェリって呼ぶんだな、俺もそう呼んでいいか?」
「う、ん…あの、ぼ僕、も」
「あぁ!俺のことはアーロンって呼んでくれよ。」
ずいっ、と手を差し出し、握手を求める。
フェリは一瞬なんだろう、と言いたげな目をしてすぐにハッと何かに気付いたかと思うと小さく視線を泳がせてから、おずおずと手を伸ばしてくる。
手っ取り早くアーロンのほうから手をさらに伸ばして掴んでしまいたくなるようなじれったい速度だったが、それはぐっとこらえて待つ。
行動のすべてが小動物を思わせるようで、あまり強引なことをすると嫌われそうだ、と思ってしまったのだ。
ようやくぎゅっと握られた手を握りつぶさないようにやさしく包んで軽く上下に振って笑う。
それにつられてフェリもぎこちなくだが、口角を上げて笑う。
「あの、…アーロンお兄ちゃん?あのね、えっと僕とお父さんを助けてくれてありがとう、とってもかっこよかった。」
当時の恐怖が少しだけよみがえったのか、そういいながら表情を少しだけ曇らせて、大きな瞳に涙の膜を厚くしながらそうつぶやくように言う。
「フェリもアレクさんも無事でよかったな、俺もうれしいし…よかったな。」
「…うん。」
ほっと、安堵の表情を浮かべ、フェリは微笑む。
一通り、初対面らしい自己紹介を終えてアーロンはアレクの手によってベッドの上に戻された。
「じゃあ僕はアーロン君とセスさんのお食事の準備してくるから、フェリはどうする?」
「お手伝い、するよ。」
「そっか、ありがとう、じゃあアーロン君、セスさんお食事をお持ちするのでもう少しだけお待ちください。」
「あぁ、俺の分まで悪いね。」
「いえ、気にしないでください。」
それでは、と言い二人は部屋をあとにする。
「次は、俺も無傷で守れるようにするよ。」
「本来次はないほうがいいんだぞ…まぁ冒険者になるなら次はいくらでも機会はあるか、せいぜい鍛練をサボるんじゃないぞ。」
少しだけすねたように口を尖らせてはぁいと、返事をする。
父もそれ以上言うことは無いのかやれやれ、とでも言いたげに
首を小さく振る。
薬品臭に混じってコンソメの匂いが微かに混じり、楽しそうにパタパタと駆ける足音とともにその香りが強くなってくる。
「コンソメスープかな?」
食事の到来をそわそわしながら待つ。
「だろうな、よかったなお前の好きなものじゃないか。」
「えっへへ~キャベツ多めだといいよなぁ~。」
「お前本当にキャベツ好きだな…」
「うまいよ?芯のところとか甘いし。」
食事が部屋に運ばれるまであと少し。