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雪の中を歩いてきて、どれくらい経っただろうか。
ソーヤに渡した保温装置の効きは上々のようで、ずいぶんと調子がよさそうだった。
やっぱり身体を温めると調子が出るそうで、嬉しそうにしている。
そして、やっぱり雪山の上の方になって来るとモンスターの強さも上がって来る。
過酷な環境で生き続けているのだから、当然だろう。
だが、その分無謀に突っ込んでくるような奴も少なくなる。
モンスターの性質上なのかこの環境による特有のものか、やっぱり勝てると思わないと戦いすら挑まなくなる方向性があるらしい。
ふと視線を横にずらすと、少し見覚えのある洞窟…いや、巣穴のようなものが目にはいる。
「お、あそこは。」
思わず声に出てしまう。
「何かあったのか?」
近くに居たミコトがその呟きを拾って、聞いてくる。
「あぁ、いや、あそこ穴あるだろ?」
「ん?んーあぁ、あれか、おうあるな。」
まだ雪山での痕跡探しに悪戦苦闘しているのか、ミコトは目を細めてアーロンの言った穴を探す。
そうしてやや時間が掛かったが、同じものを視界にとらえる。
やっぱり雪の中での痕跡と、平地や森での痕跡は多少違うのかもしれない。
雪の場合は雪が陽の光を散らしてキラキラとさせていることも原因かもしれないが。
その光で目がくらんでしまうのはわりとよくあることだ。
「あそこ、多分コヴァールニの住処。」
「コヴァールニ?どんな奴だ?」
「すっごい賢くてたまに人を罠に嵌めてくる、しかも性格もよくないっていうか悪い方だから見つけたらまぁまず大変なことになる。」
「モンスターの癖に悪ガキみたいなことすんだな…え、であそこが巣穴なのか、ヤバくないのか?」
「多分あそこまで見え見えの巣穴は逆に罠だから変に入ったりしないほうがいいな、子供が吹雪の中で見つけた穴に入ってやり過ごそうとしたらコヴァールニの巣穴で酷い目にあった、って童話もあるくらいだし。」
「地域特有の童話~、アードカークにはそういうやつがいっぱいありそうだな。」
「あるんじゃねぇかな…あぁいうのって教訓とか大人が子供にむけてこうしたらいけないよ、って教えるもんだから、親近感沸きやすいように身近なもの使うし……あとなにより普通にコヴァールニに関しては大人も困る相手だから子供とか余計に関わってほしくないだろうしな。」
この雪山の固有種らしいコヴァールニはさすがのミコトも知らないようだった。
アーロンはこの雪山を下りて、他の町にもあんなモンスターがいるんだろうか、と警戒をしていたりもしたのだが、コヴァールニほど狡猾で相手をするのに困るようなモンスターは見かけなかった。
それどころか、子供に聞かせる話、童話や童謡、そういったものにまで影響が出てきてるのにはびっくりした。
トレヴィオで聞いたものはアードカークでは聞いたことがないようなものがほとんどだった。
それでも大幅の内容のようなものは同じようなもので、細かい登場人物やその人物に合わせて言葉や行動が少しずつ変わってくるというだけのものだった。
昔、それをミコトに言うと、恐らく元になった話があって、それが広がっていくにつれて、身近な存在に置き換わった、ということだった。
「他にこのあたりの固有種族とかはいるのか?」
「固有かどうかはわからないけど、他ではあんまり見かけないような奴なら、まぁ多分亜種とかそういうのだと思うけどさ。」
「そりゃこの寒さの中生活していたらある程度は変わってくるだろうな~、んでどいつ?」
「そうだな、トゥルソリーヴィって奴がいて……。」
そこから、周囲の警戒は忘れないようにしながら昔話に花を咲かせていた。
そうやって昔の話をしていると、アーロンの視界にだんだんと懐かしいものが目に映ることが増えてきた。
だから、それを目にして、あんなことがあった、こんなことが…と話すものがどんどんと増えていく。
それと同時に今まで思い出すこともなかったアードカークで過ごしていた頃の日常的な、なんてことのない日常をぼんやりと思い出していく。
あぁ、生まれ故郷が、もうすぐそばにあると、実感できるようだった。
あそこは確か遠出をしたい、と言って付きそいの大人の人に我がままを行って行きたがった川だし、あの中途半端に壊れて放置されている柵もずっと変わらずにそこにある。
降り積もる雪ですら、あの日々と一切なにも変わらないように、そこにあるようにすら思った。
……もちろんそういうことは、ないのだが。
ともかく、どんどんと懐かしい記憶が思い起こされていく。
そうしていると昔よく遊びに来ていた開けた場所に出た。
「ここは?」
「…子供の遊び場、みたいだね。」
「フィールドにそんなものがあるのかー。」
「フィールドって言っても、このあたりはモンスターはほとんどこないし、それにいつも大人の人が同席することがルールになっているから、そこまで危なくないんだ、ほとんどもう、街の一部みたいなもんだな。」
「へぇ、少し離れた位置にある町の施設か。」
「そんなところ、かな。」
「ってことはもう割と近くに来てる?アードカークの。」
「そうだな、もうあと十数分も歩けばつくんじゃないかな。」
子供のころはもっと時間が掛かったが、成長したこの身長と足なら、あのころよりももっと早く辿り着くことができるはず。
よく見ればこの広場に最近子供が来たような足あとがある。
今も、変わらずにここは子供の遊び場として活躍しているようだ。
それだけ、安全に使える場所なんだろう。
なつかしさ何か、込み上げてくるものがあるが、いったんそれを無視して先へと急ぐ。
どんどんと覚えのある景色が増えていく。
それに伴ってあそこで何をしたか、という記憶まで呼び起こされていく。
そうして、アードカークの町が見えた。
雪の中、ひっそりと佇む町。
人がそれなりにいるはずなのに、雪がその音を吸収しているのか、シンと静まり返っている。
「あそこが?」
ソーヤがそうつぶやくように聞いてくるのに、頷いて返す。
「アードカーク…。」
街の門に値するところに書かれている文字。
何年もそのままにしてあって、文字が掠れていて所々見にくくなっているのも、記憶のままだ。
そうして、その町中に入る。
「……ただいま。」
アーロンは気づいたら、そう呟いていた。