13-17-9-2
準備を諸々終えて、予定日よりも多少早いが天候が比較的安定している日に出発することを決めた。
吹雪いていないときの方が逸れる心配もないし、目印を見逃してしまうこともなくなるだろうから比較的安全に進むことができるはずだ。
なによりアーロンはこの道を通ったことはあるだろうが、その記憶は遥か昔のことだし、帰ったことはない。
それに今はその道に精通している人は他にいない。
自分の記憶と目印だけが頼りと言っても過言ではないだろう。
最後の最後まで確認作業をして、詳しく道を知ってる現地の人からの助言も聞きつつ、準備はした。
これ以上は思いつかない、し比較的準備は万全だろう。
日が出切らないような早朝に全員で宿屋を出る。
宿屋はその対応が慣れ切っている様子で、先に相談しておいたら料金を先に清算してもらい、鍵は専用のボックスに帰して貰えればあとは大丈夫、とのことだった。
やっぱり日の出前に出発する人はそれなりの数、いるらしい。
アーロン達の場合、ここから次の休憩地点となりそうな町に行くのが時間がかかりそうで、出来るだけ陽が落ちる前に辿り着きたい、ということからだった。
日が落ちると目印が見えにくくなり、何より町に辿り着いた後、買い物が必要になった場合店が閉まっている可能性まで出てくる。
宿屋だけはそうでもないから辿り着けさえすれば問題ないといえば問題ないのだが…。
どうせなら食事も自分で用意するのは気が引けるので食堂が開いてる時間には辿り着きたいものだった。
最悪夜通し歩くわけにもいかないので簡易的な風よけと防寒寝具等などの準備はあるが、できるだけ使いたくはないものだ。
夜の間に雪が降り積もって出るのに一苦労、なんてあまりしたくない経験である。
「よし、それじゃあそろそろ行くか。」
全員が荷物を持って、忘れ物がないかの確認もしてから、そのように声を掛ける。
「…うん。」
早く起きたからか、まだ若干眠たそうに目をこすりながら、ソーヤは頷く。
「流石に雪山は初めてだな。」
「うん、楽しみだね!」
初めての雪山に心を躍らせているフィーに、そんな弟を後ろから穏やかに話しかける楽し気なアスト。
「装備の調子も大丈夫ですが…今後、寒さが厳しくなるとどうなるかわかりませんね。」
リュディもこれほどまでに寒い地域には来たことがないのか、色々心配ごとが絶えないようだった。
その気持ちは、わりと分かる。
寒くなれば身体が冷えて、筋肉の動きもわるくなる、そうなると行動すべてに影響がでるし、なにより武器自体にも変化がある場合がある。
戦ってる最中に何かしらの体液がついて、うっかりそのままにしておくと凍結してすぐに切れ味が悪くなったり…なんてこともあるだろう。
平常時とは、違うものだ。
「いや~とうとうアードカークかぁ!楽しみだなぁ、やっぱり噂の巡礼地とかには行っておきたいよな、あとは何かしら推測材料になりそうな芸術品でもいいし…。」
ミコトは、なんだか他の誰よりも楽しそうにしていた。
確かにあまり人が訪れるような場所ではないため、研究者という人を見かけたこともない。
それがなぜ、と言われるとわからないのだが、恐らくわざわざこんな過酷な雪山に赴くようなテーマを書く人はそうそう居ない、これにつきると思う。
他にももっと注目されるようなテーマはあるし、この世界に対する疑問は尽きない。
だからこそ、解明してもしなくてもどうにもならないような事であり、さらに場所が過酷な場所とされる雪山だと来る人もそういなくなるのだろう。
…まぁごくまれにミコトのような人もいるのだろうが。
ともかく、全員の物理的な準備、そして心の準備も終わってることを確認して。
「じゃあ、出発!」
アーロンは雪山への道を踏み出した。
雪山に足を踏み入れて、どれくらいたっただろうか。
足の指の先の感覚はすでにマヒしたようになっている。
それほどに冷たい。
吐く息は当然のように白く染まり、吐息が頬を撫でると凍った水分がそこから体温とともに体力を奪っていくようだった。
「すごい冷えるなぁ。」
「そうだな、着込んでるのに全然ダメだな。」
「いっぱい身体動かすから汗かくと思ったんだけどなー、寒いね!」
「汗かいたらかいたでそこから身体冷えてくけどな!」
「静か、だね。」
「雪が音を吸収してんのかもな、あといがいとモンスターが静かにしてる、戦わないで行けるなら、まぁそれはそれでいいよな。」
「まぁ、そうとはいってもモンスターは居はするんだなぁ、よーく見ると白い体毛の奴がこっち見てたり身を潜めていたりしてるぞ。」
「そうなのですか…こんのまま刺激せずにやり過ごせるといいのですが…。」
「狩りをしている様子じゃないからな、挟み撃ちとかの心配はないだろうけれど、どこをテリトリーにしてるかなんてわからないからな、気を付けて進むしかないな。」
ミコトが言うように、よく見れば雪とは違う白い色の体毛に包まれた生物がいる。
基本的には攻撃しない様子のようで、ただ、気配を感じるだけ。
「…行こう。」
そういえば昔もあぁいったモンスターに遠巻きに見られていたことがある。
正しい名前は知らないが、地元のアードカークではトゥルソリーヴィと呼ばれていた気がする。
慎重な行動を心掛ける種族で、絶対に勝てる、という確信がない限り襲い掛かってくることはない。
臆病という名前ではあるが、その実態はただの慎重派であるというだけ。
基本的に子どもは大人と共に外に出るもので、一人で出かける頃には皆それなりの力をつけている。
トゥルソリーヴィに負けることになるようになることなどそうそうはない。
だが、たまにそういった悲しい事件が起きたりもする。
アーロンがこの雪山に住んでいた頃、外をよく出歩いていたにも関わらず五体満足で過ごせていたのは外出に同行してくれた周囲の大人たちのおかげだろう。
…まぁトゥルソリーヴィ以外にもよっぽど厄介なコヴァールニと呼ばれているモンスターが相手じゃなかったのでまだ平気だったのかもしれない。
コヴァールニはモンスターとは思えないほど知能を有しているのか、人間顔負けの罠を仕掛けていることもある。
「もうちょっと近くに来てくれたら生態観察できるんだけどなぁ。」
「近づいたらどっか遠くに行くほど臆病だよ、あのモンスターは。」
残念そうにつぶやくミコトに声を掛けながら先へと急ぐ。