13-17-6-7
「……血?」
「………?え?」
予想しない返答に思わずその場が沈黙に包まれる。
血、とはいったいなんだったか。
血液が同じ、つまるところ…。
「ソーヤの親族?」
そうとしか思えなかった。
だが、ソーヤは確かトレヴィオにずっといる医科系、薬師系の家系のはず。
ずっと昔にその話をソーヤの両親たちから聞いて、親戚は少なくなってしまった、という話も聞いた。
町を出たものは少ない。
もしかすると、その数少ない町を出た人の中の一人の子孫かもしれないが、それにしては血のつながりが強いような言い方をしている。
少なくとも、それほど前に血をわけたような雰囲気ではない。
そもそもそこまで血が離れていたら同じともいいようがないし、判別もつかないはずだ。
そうこういろいろと考えいる間もミッシャはニコニコとソーヤのことをみつめている。
ソーヤは、困惑の表情のまま、固まってしまっている。
「ボクの実のお母さんにはねェ。」
その驚きや困惑をよそに、気づかないふりでもしているのか、気にしていないのかはわからないが、ミッシャはゆっくりと、もったいぶるようにしてそう語りだす。
「お兄さんが居たんだってェ。」
ミッシャからすれば伯父にあたる人、のはず。
一瞬、それがどうしたんだろうか、と思うが、ふと頭をよぎってしまった。
「お母さんとそのお兄さんはわりと似ていたみたいでさぁ、双子みたいだったんだってぇ。」
そういえばミッシャの顔を見て、少し思ってしまった。
ソーヤと顔の系統が似ているのではないか、と。
いや、この旅のなかいくらでもいろんな人の顔を見る機会はあった。
顔の系統が似ている、という人は確かに他にもいた。
ただミッシャとソーヤのそれはその系統だけでくくれそうな程度ではすまないほど、似ていた。
纏う雰囲気自体が、というのか、作り出す表情も、似ていた。
ミッシャとソーヤは性格は違う、だからよくする表情や、感情は違う。
けれど、ミッシャが笑う表情と、ソーヤのほほ笑む顔の表現の仕方、仕草、そういったこまごまとしたものが、似通っていた。
そして、その表情は、どことなく、とうの昔に過去の人として片付けてしまったソーヤの父親の片鱗を感じてしまう。
ソーヤは、実の息子で、今思うとわずかな期間ではあったが、確かにその手で育てられた時間がある。
だからソーヤが表情の表し方が似るのは問題ない。
だが、ミッシャまで、なんで似てしまっているのか。
「けどボクのお母さんのほうがねェ、まぁ美人さんだったからさぁ、とある商家の子息に見初められちゃってさァ。」
そこで兄妹は離れ離れ、兄は別の町に行っちゃった、ってわけ、と事も無げに話すミッシャ。
アーロンは今、あまり話を集中して聞けていなかった。
気になってしまった、思い出せないかと記憶を掘り起こそうとしていた。
ソーヤの父親がどんな顔つきをしていたか。
何を話していたか、産まれた家のことは話していたか。
ずっとトレヴィオに居たのか、を。
そうして混乱のなか一つ思い出した。
ソーヤの父親であるアレク、そうアレク・ソーヤ。
アレクは、元々トレヴィオの人間ではなかった、と。
確か、アレクさんの言葉を思いだすならば。
放浪の旅をしていたところ、トレヴィオに立ち寄ることになり、ハンナさんに一目ぼれをして、ここに住もうと決意をしたと。
ハンナさんは治癒院の娘で、兄弟はいたが治癒院を継ぐ気はなかったらしく、ソーヤのお爺さんは治癒院の後継者としてハンナさんの婿養子になってくれる人を探していた。
そこに、真面目で実直そうな、家に縛られていなおらず、なによりハンナさんのことを思っているアレクさんがやってきた。
物覚えも良かったらしく、婿入りの話はとんとん拍子で決まり、アレクさんはそうそうにアレク・ソーヤという名前を名乗ることができるようになった、と。
「確かねぇ、お兄さんの名前はー。」
ミッシャが少し考え込むようにして、指先が顎に触れる。
スリッと何度か輪郭をなぞるようにして指を往復させたあと、閃いたようにあぁ!と声を漏らす。
「そうそう、アレク、たしかアレクって言ってたなぁ!」
まさかとは思ったが、ソーヤの父親と同じ名前が出てきて、とうとうアーロンはやっぱりそうだよなぁ、と諦めに近い感情が出てきた。
多分、ソーヤとミッシャは従兄弟にあたる関係なのだろう。
そうとしか、考えられなくなっていた。
そこでふと、思わず自分が記憶を探るのに手いっぱいになっていて、ソーヤの様子をうかがうことを忘れていたことに気が付いた。
様子はどうだろうか、とちらりと横目で見て、思わず口から呼吸音が漏れでた。
「……………。」
ソーヤは、ただ困惑の表情を浮かべ、机に視線を落とし、極力ミッシャと目線が合わないようにしている。
ミッシャから逃れるように。
手は机の下でこれでもか、と強く握っていて、それ以上握りしめると弓矢を引くのに影響が出てしまうのでは、と気になってしまうほどだった。
そういえば、ソーヤの前に両親の話をしっかりとすることは今まであまりなかったような気がした。
ソーヤの心のふさぎ方があまりにも激しかったから、一時的でも忘れれるように、とあまり話題に出さないように配慮はしていた。
そして、アーロンの中では今やあの、トレヴィオの村から二人で出ていった光景は過去のものとして消化されてしまい、思い出となっていた。
だが、ソーヤの中では恐らくずっと。
あのひの悲しみを抱えたまま、凍り付いただけで、表に浮かんでくることがなかっただけだったのだ。
それが、今、ミッシャの言葉によって思い出されている。
あのトラウマともいえる出来事がきっと彼の脳裏に今も再生されているのだろう。
アーロンはそう察して、ソーヤの背中をポンッと軽くたたく。
ソーヤはぎこちない動きでこちらにゆっくりと視線を動かす。
涙がこぼれるわけでもないのに、目には涙の幕が厚く敷かれて、小刻みに震える身体のせいで光をちかちかといろんなところに反射させている。
その姿がどうしても、あの時のソーヤの姿と重なって…アーロンの弟分となったときの人重なってしまった。
この弟分がこのトラウマとしっかりと向き合えるように、ただ自分は傍にいて支えよう。
「ソーヤ、大丈夫だ。」
その気持ちが伝わるといい、と思いながらソーヤの声を掛ける。