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神の寵児、精霊の愛し子よりも貴重…というよりもまず生きてお目にかかることはないだろう、と踏んでいた人物。
ミッシャ・ミュンテフェーリングは当然のような顔をして、そのいた。
何でこんなところにそんなすごそうな人が、こういう人にはだいたいおつきの人とか、お世話係とか、護衛とかがいるのではないのか…。
とぐるぐると頭が回る。
アストのため息が聞こえて、ようやく正気…というほどでもないが、少し落ち着きを取り戻すことができた。
「で、お前その様子だとまたか。」
「へへ、そうだよォ。」
二人はさすがに旧知の仲、というだけあって具体的に何、とは言わずに通じ合っているようだった。
「また…?」
アストが実家にいた時期はかなり前のことだと思うのだが、その時にも今と同じようなことをしていたらしい。
その内容が気になって、つい聞く。
「あぁ…こいつ、よく教会から逃げ出すんだよ、こうやってな。」
「あ~んなお上品なところにいるだけで虫唾が走るってのにさァ、人と会えば神の寵児として品をやら崩さないようにだとかなんだとか口うるせェ!ボクはそういうのに縁遠い人間だったからヤダってのにさァ!」
ミッシャは心底腹が立っているようで、キレイに整えられた顔をこれでもか、というほどにゆがめ、腕を組み、つま先は行儀が悪くダンダンと、地面にたたきつけられている。
それからにじみ出る雰囲気が、アストやフィー、それからリュディのように産まれたときから上流階級、もしくは貴族に近い教養を受けてきた人間とは違う、と言っていた。
そしてそれは事実だった。
「そもそもボクはスラムで生きていたのさァ、当時は今よりずぅっと薄汚い恰好をして物乞いをしたりもしてた、教会の慈悲だって受けようかと考えてたんだよ、母さんもいたからねェ。」
当時のことを思い出してイライラしてきたのか、ミッシャが右手の親指の爪を前歯で挟み始める。
最初は、カチリ、カチリ、と軽くすり合わせるだけのような音が響き、徐々に爪の先がふやけていく。
そうこうしている間に、爪にすり合わせる歯の力が込められていき、ゴリッ、ゴリッと爪を削り取るような音へと変わっていく。
それほどまでに当時のことはストレスなのかもしれない。
「けどねェ奴らはなァんにもくれなかったよ、あぁ違うかァ侮蔑と嘲笑くらいはくれたっけェ、ともかく当時ボクに対する扱い、スラムの子供なんてそんなものだった、けどさァそれがどうだい。」
そういって、ミッシャは自分の日に焼けて赤くはれている肌をさらす。
また日の下に出すと、今よりひどくなってしまうから、やめた方が…と声を掛けるよりも早く、ミッシャが何かのスキルを発動させた。
そうして彼は赤くなっている腕を反対の手で撫でるようにして滑らせる。
すると、そこには日焼けにより赤くなった肌はなく、元の美しい白い肌が残った。
「このとってもとっても珍しい回復の力、どこでどう漏れたかなんてわからないけどさァ教会連中は追い返していたボクのことを探して捕まえようとしだすんだよね、ボクの実の母親まで殺して!」
ガチン、歯が大きく鳴り響き、爪の先を切り離した。
ミッシャはそれをしばらくの間口の中で遊ばせていたが、やがてあきたのか不味い、とでも言いたそうな顔で口の中の爪を指で取り除いてそのあたりに捨ててしまった。
素行の悪さに、確かにこれはスラム街出身だろうな、という説得力がにじみ出る。
「だからこーやって連中を困らせてやってんだァ、かわいーもんでしょ?」
先ほどまでのいらだちから一転、ミッシャは二コーっと笑いながらそういう。
確かに、ミッシャが幼少期に受けていた扱いのことを考えれば、可愛いものなのかもしれないが。
「最初に教会につかまって、ミュンテフェーリング家に養子として迎えられてから…多少は性格はまだ良くなったんだ、行儀もな。」
思わず素行の悪さを見て、知り合いであろうアストを見ると、そのように言い訳のような言葉が聞こえた。
むしろこれでまだ良くなった方だったのか…と思わず渇いた笑いが出る。
「ミュンテフェーリングの家の奴らは教会に属してるってことを除けばいい人達だったからねェ、義父と義母としては好きさァ、だから多少は言うこと聞いてあげてるんだよねェ。」
楽し気にコロコロと笑う、ミッシャ。
と、それにあきれるアスト。
ただただ困惑し、状況を眺めるしかできないアーロンとソーヤ。
「…まぁいい、とりあえず移動しないか?どうせ昼飯一緒なんだし、ほら行くぞ。」
「ヘへッ、はぁい。」
「え、あおう。」
「…うん。」
アストの言葉にそれぞれ返事をして、昼食の場へと向かう。
ミッシャは大きいフードを目深にかぶり、日差しを遮るようにし、さらにアストの影に入れるような場所へと行く。
その手慣れた行動をみるに、やっぱり常習犯なんだ、と思わず納得してしまう。
道すがら、教会の所属らしい人がキョロキョロと探している様子が見て取れた。
おそらく、ミッシャのことを探している人達だろう。
その人達の目の前を素通りしたりすると、ミッシャの肩が楽しそうに揺れる。
あと、少しで目的地へとたどり着く、何となく気が重いこの感じもきっとどうにかなる、とやや足早になってそこへ向かおうとしたとき、だった。
「君たち、少し待ちなさい。」
後ろから声を掛けられた。
恐る恐る目を向けると、そこには教会の服を纏った人、しかも腰に剣をさしている。
恐らく、教会の護衛騎士、というものだ。
「はい、なんでしょう。」
アーロンは努めて冷静に返事を返す、少し緊張した声色を出してしまったが、突然教会の人間に後ろから声を掛けられた、というだけでそれなりに緊張するシュチエーションなので、相手はそれはあまり気にしていないようすだった。
「そこのフードを被っている君だけど。」
そういって、ミッシャを指さす。
「今人探しをしていてね、丁度君くらいの背格好で…白髪赤目の男の子、なんだけど。」
まるで決め打ちのような言い方だった。
恐らくこの騎士はミッシャだと気づいて声を掛けてきている。
さて、どうしたものか、アーロンとしては彼がここで教会に引き取られてもそれはそれなりにいいのだが…と、事の成り行きを見守ることにした。
「さぁ…?私はみてないですね。」
楽し気に笑いながら、そう答えるミッシャ、口調も一応変えているようだった。
「念のためだ、そのフードを脱いで見せてくれないか。」
「……えェ、いいですよ。」
そういい、ミッシャはフードに手をかけて、頭から滑り落とす。




