13-17-6-1
「うーん。」
アーロンは自分の手に馴染み、今までずっと一緒に戦ってきていた相棒ともいえる存在。
トレヴィオの村から持ってきてずっと大事にしていた大剣を前にうなっていた。
特段、この武器に問題があるわけではない。
むしろ使い慣れている、という点や親ともさんざん相談したり試しに使ってみたり、と色々試行錯誤をした結果選んだ大剣なので思い入れもひとしお大きい。
なのだが…。
「…やっぱり、なんか違うんだよなぁ。」
試しにもう一度大剣をいつものように振る。
重量のあるこの武器を振りぬくのも生半可な訓練では難しい。
それでも日々鍛錬をしていたから、いまでは難なくできる。
出来ていた、と思っていた。
のだが、どうにも漠然とした違和感、使い心地の悪さを感じてしまう。
一体どうしたものか、と悩んでいるうちにソーヤが近くにやってくる気配がした。
「…アーロン、そろそろお昼。」
そういえばこの訓練場に来てからもうだいぶ時間がだったような気もした。
「もうそんな時間だったか、悪い悪い。」
「ううん……、ねぇ、アーロン。」
「ん?」
返事をしながら訓練に使っていたものを片付けていく。
と、いっても大剣を鞘に収めたり、タオルや飲み物、あとはちょっとしたサポーターや、動いているあいだに熱くなってきてしまって脱いでそれっきりなっている上着の回収程度だが。
サクサクと手荷物にそれらを戻して、ソーヤに視線を送る。
いつもの、街中での、ぼんやりとしてどこか眠たそうな目。
それでもそこから放たれる視線、というのか、目力というものは強いもので。
彼もまた、あの村を出て、色々なことを一緒に経験をして、成長しているんだな、と感じれるようだった。
「…調子、悪いの?」
「え、いや…そういうわけじゃないんだけど。」
事実、身体の調子はすごぶる良い。
今からダンジョンにでも潜って何かしらのクエストをこなしてもいいくらいには絶好調だ。
ただ、いかんせん武器に対する違和感、というのが抜けないのでそこだけは調子が悪いともいえるのかもしれない。
「…リュディ、が…チームに入ってからずっと、何か考えてるみたいだったから。」
「んーまぁ考えなきゃいけないこともあるけどな…、けどまぁリュディとは関係ないし、身体の調子はこの通り!元気だから心配すんなって。」
そういうと、ソーヤは小さくこくり、と頷いてくれた。
ソーヤ自身も、アーロンの不調をリュディのせいと真面目に真剣に考えていたわけではなかった。
単に、ちょうどそのくらいから様子が変だった、と言いたいだけだろう。
ソーヤに向かって口にした、考えなくてはいけないこと、というのを自動的に思い出してしまったアーロンは昼食までの道のりで、また難しい顔をすることになってしまった。
と、いうのも。
リュディとミコトがチームに入る、という話になり手続きをする際。
チーム名はないのか、と突っ込まれてしまったのだ。
アーロン達としてはそこまでチームというものにこだわっていたつもりはないし、そんなに大きく活動するつもりも、宣伝するつもりもなかった。
ただの1チームのひとつとして、ギルドでの複数人でクエストを受ける際の手間を短縮するための手段の一つ、というつもりだった。
だからチーム名というのも特には考えずにチーム・アーロンという名前にしていた。
あまりにも単調な名前ではあったが、わかりやすくていいんじゃないか、と思っていたが、どうやら後から入ってきた二人としてはちょっと気になるようだった。
だから、チームメンバーを新しく入れるタイミングでチーム名の変更はできるらしいので、これを機にもう少し凝った、というか他とは差別化できてわかりやすいものに決めてはどうだ?という話になったのだ。
それにアストやフィーも同調して、色々話して、案を出したりもしたのだが。
結局のところチームリーダーのアーロンの提案に従おう、という形に落ち着いてしまったのだ。
だから早いところ新しいチーム名を決めないと、リュディとミコトのチームメンバー登録もできないままだし、それまでのクエストの依頼だったりの受付が多少面倒になってしまっている。
とはいってもそう焦ったところで良い名前が思い浮かぶわけでもない。
いったいどうしたものか…と悩んでいると、視界に見知った姿を見つける。
何やら食料品を買い込んでいるアストだった。
ここでも持前の美貌ゆえか、女性に割と声を掛けられていて、今もどうやらその様子だった。
が、彼もそういうのには随分慣れた様子で対応してのらりくらりと相手を傷つけないように、しかし希望はそれほど持たせないようにかわしている。
おー、と感心したような顔をして立ち止まって見ていると視線に気づいたアストが女性との会話を切り上げてこちらにやってきた。
「見てたなら声かけてもいいんだけどな?」
「やー、うまく流すもんだな、ってな。」
「社交術の一つみたいなものだって、慣れれば誰でもできるさ。」
そういいながら彼は買ったものをちまちまと話してくれたり、買い物中に聞いた噂話やら、明日はこういうクエストが出てくるかもしれない、という情報まで伝えてくる。
アーロンは、いつまでたってもこういう情報収集、というか初めてきた町とかではどうすればいいのか尻込みするのに対して、アストは慣れや人柄、性格が向いているというのもあるのかこういうことは快く引き受けてくれる。
大変助かってはいるのだが、負担になっていないかは心配だな。
と、考え事をしていた。
だから、少し前にある細い路地裏から小走りにやってきた人影の存在に気づくことができずにぶつかってしまった。
「おっと!」
「うわ!!!」
アーロンはそれなりに鍛えていて、重心もしっかりしているうえに重量のあるものを持っているからこけてしまうことはなかった。
だが、相手はどうやらそういう鍛えることが必要な職種ではないらしく、自分がぶつかった勢いに負けて後ろに跳ね飛ばされてしまった。
「悪い!前みてなかった。」
怪我はないだろうか、とその人に駆け寄り、手を差し伸べて助け起こす。
「あはは、こっちも急いでたからさァ、ありがと。」
声からして男性、背はそれほど高くはないが、きっとアストと同じ年ごろだろう。身体を鍛える必要がないようであまり日の下に出たことのないような白い肌に、細い腕がやけに印象にのこる。
そして、それをすっぽりと覆い隠すような黒いローブも。
ローブの青年は、それじゃあ、と言ってすぐに立ち去ろうとして、止まる。
やっぱりどこか痛かったのでは?と心配してどう声を掛けるか逡巡していると。
「アスト?」
振り向いた血のような赤い目が、こちらを見た。