9-13-4-6
「フェリ君とソーヤ夫妻は王都へ迎え入れられること、そして何故回復スキルが発現したかを調べられることを嫌った…まぁ端的に言えば自由な暮らしを選びたかった、そしてフェリ君の将来を狭めたくなかった、これに限るだろう。」
アーロンは沈黙のまま首だけを縦に小さく振って、ちゃんと聞いていることを示す。
「二人はフェリ君が回復スキルを持っているのを知っていて、フェリ君にちゃんと隠すように話していた、それにフェリ君も幼いながらに理解をして、ちゃんと隠していた、アーロンが目の前で大けがするまではな。」
何故か、自分が責められた気分になってうっ、と息を詰まらせる。
そういえばあの時も、あとからとはいえ、父に無謀なことをするんじゃないと叱られたような気もする。
当時の苦い記憶まで蘇ってきて申し訳なさでうつむく。
「…アーロンが気にすることじゃない、お前のおかげで3人…少なくとも2人は確実に助かっている…、自分と父親を助けてもらった恩人が大けがをしたことに優しいフェリ君は両親の言いつけを始めて破った、意識のある俺の前でな。」
「…俺が気絶した後すぐにスキルを使ったのか?」
「いや、あの時は護衛の彼がいたから使ってない、使ったのは診療室についてからだ。…そのあと俺はフェリ君が回復スキルを持っていることを秘密にするように頼まれた、ほかならぬ我が子の恩人相手だからな、もちろん快諾した、だが、人間目を離したすきに何をするか分かったものじゃないからな、俺とアーロンが家を間借りしてるのは二人の好意だけじゃない、俺とお前がフェリが回復スキルの持ち主だということを言いふらさないように見張る意味もあったんだ。」
ズグリと、なぜか胸が痛む。
あの人達が、自分たちを見張っていた。
それが、たとえフェリを守るためのことだとしても、あまり気分のいいものではなかった。
「そして、こうなることも想定して、二人に何かあったとき、その時は俺とアーロン、お前でフェリのことを支えてほしい、そういう話だった。」
「…え。」
「いつまでも隠し通せる可能性は限りなく低いことだからな、有事の際はフェリとどこか、別のところに逃げるなり、このままこの町で暮らすなり、臨機応変にフェリ君の無事を確保できるように、してくれと…まぁこっちがメインの頼み事だったんだがな。」
すこし困ったように、頭を掻き、そういう。
「…どうするつもりなんだよ。」
「フェリ君の意思にもよるが…まぁあの借りている家はそのまま借りて、フェリ君と暮らすことになるだろう、もし伯父さんのところに行きたいというのなら…まぁ、それはそれだな、なるようにしかならんだろう。」
「なんつー適当な…。」
「もともとそんなにしっかりとした予定やら計画なんてないんだよ、今回のことだって予想外のことなんだからな…。」
話はそれで終わりらしく、父はすこしだけ息を吐きだし、力を抜いて背もたれに体を預ける。
アーロンもアーロンで、なんとかフェリとの約束をたがえずに済みそうになったことにほっとする。
「そういえば、隣町で何があったんだ?」
葬儀やら、フェリのフォローやら、自分の精神状況からずっと聞けなかったこと。
少し落ち着いた今なら、聞けるだろう、とアーロンは父に聞いた。
「あぁ…端的に言えば大型モンスターの襲撃だな、二人は襲撃に対抗して怪我をした人達の治療をしていたんだが、家の倒壊に巻き込まれて打ち所が悪くて…な。」
「そっか…」
話を聞いて、ようやく固まっていた心が緩んだ気がした。
2人の最後を聞けたからか、心がはやくも過去のものとして片付けようとしているかは判断がつかなかったが、とにかくこれで一区切りがついた、と認識できた。
「最近、この辺りにそういう大型モンスターが集まってる噂があったようだ、多分今回はその一部が食糧難に陥って人里を襲った…という感じだろう。」
アーロンは聞いたことのない噂話にえっ、と驚いた反応をする。
「こっちの町側にはまだ流れてなかったみたいでな…何故か隣町付近のみに大型モンスターが集まってたんだよ、それでな、俺は今後その大型モンスターの討伐に何度も駆り出されることになる、当然家を開けることも多くなる、だから家…フェリ君のことはほとんどアーロン、お前任せになってしまうが大丈夫か?」
「…平気だよ。」
隣町で起きた惨劇、失われた人々のことを考えると、大型モンスターをそのまま放置することは出来ない。
そして討伐できるほどの腕前のある冒険者は、父か教官、あと数人いる程度だろう。
本当は不安だし、もし父が同じような目に遭ったら、と思うと駄々をこねてでもやめさせたい。
けれど、無視もできない、だからアーロンは不安を押し込めて小さく笑いながら大丈夫だと言った。
その不安を知っているように、父はアーロンを抱き締める。
少し気恥ずかしかったが抵抗はせずに受け入れる。
長いような、短いような抱擁の時間のあと、父はまた一つ、話を始める。
「これから一か月くらいあとにこの町にスキル監査官が来る、という話を聞いた。」
「…監査官?」
「回復スキル以外にも優れた素質を持った子供がいないか各地に行って、教育を施しつつ検査して王都に報告、それから場合によって勧誘とかに来たりする人のことだ…まぁ回復スキルなんて持ってたら即刻連れていかれるだろうな。」
「え、それ…。」
逃げる方法はあるのか、もしくは何とかできるのかアーロンは再び不安に見舞われた。
「下手に逃げたりすると怪しまれるからな…堂々と検査を受けて、回復スキルの素質を見抜かせなければいい、何、監査官と言ってもすべてお見通しってわけじゃない、あれはな、よく使ったスキルや親の遺伝が濃いものが表に出やすい、現に俺も子供の頃検査を受けたが防御スキルの素質なんて言い当てられてないしな。」
驚いたか?みたな視線を投げてよこす父の鼻をいらだち交じりに指ではじく。
確かに驚いたが、今はそれどころではない。
「回復スキルってのはな、怪我しやすい子供なんかは勝手に使いまくってそれで素質が伸びて発見されるってパターンが多いんだよ、つまりこれからフェリ君には回復スキルを使わず他のできるスキルを使いまくって素質を伸ばして、回復スキルの素質を隠せばいい。」
「そんなんでうまくいくの…?」
「行かなかったら…まぁ里帰りでもして故郷で狩人ってのもいいもんだぞ?」
最後の投げやりな回答に多少不安は残りつつ、これでだいたいのことは何とかしてきた父の実績を思いだして、アーロンはそうするしかないかな、とつぶやく。
「頑張ろう、一緒に」
「うん。」
隣で未だにすやすやと眠るフェリを二人で見つめてそう、決意を改めた。