6-10-10-1
ポカポカとした日差しが眠気を誘う昼過ぎ、アーロンと父親のセスは地図を頼りに森の中を歩いていた。
「ねーお父さん、次の町はあとどれくらいかかるの?」
「んー?そうだな今日の夕方には入れると思うぞ。」
父のその言葉に本当?と聞き返し、頷くのを見てパァと笑顔になる。
「今度はどれくらい居るの?どんなところ、ダンジョンは近くにあるの?あ、そろそろ冬になるけど支度って大丈夫かな、冬でも移動するの?」
「まてまて、一気に聞きすぎだ、さては移動に疲れてるだろう。」
矢継ぎ早に質問をすると案の定父に窘められる。
確かに少し気が急いて思い付くがままに口に出してしまった。
自分に非があると自覚しつつも、質問にたいする答えは得られなかったため、少し拗ねたようにチェーと呟き、辺りに視線を移す。
風が木々を揺らしてサワサワと葉を揺らして通り抜けていく。
近くに川が流れているからか、小川が流れる音に紛れ小鳥たちが小さく囀ずる。
美しくも平和ないい光景だ、雪国で産まれた自分にとってはあまりお目にかかることのなかったものに最初は感動すらした。
だが流石に旅にでて半年近くもたつとその感動は薄くなる。
「まぁそんなに拗ねるな、今度の町には近くに…町の中心にダンジョンの入り口がある、昔父さんが拠点にしてた場所でもあるから顔見知りの店に手紙で冬支度の準備は頼んである、だからそこで冬を越す、春からの予定は…そうだな、冬の間はアーロンはしっかり鍛練して、実力次第でその先の計画を考えよう。」
「俺の実力?」
「そう、もし、ものすっごく強くなったら王都の近くに行って難易度の高い階層の多いダンジョンのところに行くのもいいし、もしかしたら何か別のことを始めるかもしれない、案外仲間とか作って旅に出るとかもあるかもな。」
突然様々な可能性を提示され、アーロンは目を点にしながら小さく頷きつつ、うんと返す。
「今は冒険者になるって目標でいっぱいかもしれないが…生き方はそれだけじゃない、これからいっぱい悩んで決めればいいさ。」
「…はぁい。」
まだ6歳にしかならないアーロンにとって、先の長すぎる話ではあったが父があまりにも穏やかに、そして真剣な目で見つめながらそのように言うので返事を返すのがやっとだった。
それから暫く、同じような景色を歩き続け、足の裏が徐々に痛みを発して来た頃に、望んでいない変化が突如起きた。
誰かの悲鳴、抵抗する声、何かを強く打ち付ける音が森の中に響き渡り、響いた方角からは危機から逃げ出している鳥たちが羽ばたいてきた。
「な、なに!?」
「誰かが襲われたか!アーロン、走れるか?」
「うん!頑張る!」
「そうか、着いてこい!」
確認と同時に父は剣を取り出し、鳥たちがやってきた方角へと走り出す。
それを追い、懸命に走る。
どうしても歩幅の違いで徐々に引き離されていくが、前を走る父の姿を見失わないうちに、その場所についた。
少し開けた小道、そこにアーロンと同じか、すこし年下の男の子とその両親であろう二人、そして、その護衛らしき武装してモンスターと対峙している男性がいた。
モンスターは対峙している男性と同じくらいの大きさの蜘蛛のような姿をしている。
「アーロン、そこに隠れていろ!」
返事を聞かずに父は走り抜け、蜘蛛の丁度後ろに飛び出す。
言われた通り、モンスターから少し距離をとった、周りの状況が確認しやすい場所の草木の影に隠れる。
よっぽどのことがなければモンスターに気付かれないはず、ときれる息を殺して成り行きを見守る。
「助力は必要か?」
「頼む!」
声に反応したのか、モンスターはギチリと音をならしながら変化のあったが後ろへと体を動かす。
鉄のように堅く、鋭い足が何かを確認するかのように細かく上下に動く。
「防御展開」
父が剣を構え、スキルを発動させる。
うっすらと光が集まり父と護衛の人の周囲に盾のように形作る。
スキルが発動し終わった瞬間、モンスターが足を振り上げる。
ガキィンと鉄が打ち合った音が響く。
父が剣で攻撃を防ぐ音だ。
「ソーヤさん離れてください、スピニエは遠距離からも攻撃が可能です、ここにいては危険です!」
護衛の人が後ろで怯えている三人家族に声をかける。
「わ、わかりましたハンナ、フェリほら行くぞ。」
驚いて腰を抜かしている母親とその母親にすがりついて今にも泣き出しそうな子供を優しく起こしながらそう声をかけ、父親は言われた通りその場を離れようとする。
その様子にホッと胸を撫で下ろしていると視界の外でバァン!と大きな音が自分の隠れている場所の近くで鳴った。
思わず大声を出してしまうところだったが、手で口を塞いでいたお陰で何とか、モンスターには気付かれずにすんだ。
音の正体は、護衛の人がモンスターに後ろ足で蹴り飛ばされたことにより、木にぶつかった音のようだった。
あのモンスターは音に過敏に反応しているらしく、避難を呼び掛けた際に狙われたのだろう。
派手に音をたてて木にぶつかった割には怪我らしい怪我は見受けられない。
父の防御スキルのお陰だろうか。
「こっちががら空きだ!」
モンスターの注意を引くためか、父は大きな声を出しながら切りかかる。
関節を狙った攻撃はビシリ、と音を立てて当たる。
「こちらも、行きます!」
護衛の人も体勢を立て直して、同じように関節に向けて攻撃を仕掛ける。
何かが軋む音がして、モンスターのあしが少し歪んだ。
モンスターは悲鳴の様な窓を爪を立てて引っ掻くような嫌な音を鳴らす。
思わず口を押さえていた手を外し、耳にあて、強く押し付ける。
父と護衛の人も武器を持たない手で片耳だけ軽く塞ぐようにしていた。
そして、二人は視線を交わして小さく頷く。
ここまで順調にモンスターを追い詰めることが出来た、このまま同じように戦えば倒せる。
そう確信した。
アーロンはモンスターの位置が自分とそれなりに近く、少しでも声をあげたらバレてしまうと思い、父の言いつけを破ることになるがこっそりと、戦闘の音に紛れて避難した家族のいる方角へと移動する。
足音を立てないように、小枝を踏み抜いて音を鳴らさないように最大限の注意をはらい、移動をしていると、少し先でドサリッと軽い荷物が落ちたような音がした。
視線をそちらに向けると子供が倒れ伏せていた。
どうやら小石に躓いて転けてしまったようだ。
「フェリ!」
危機迫った声で父親が子供を呼び、すぐに何かに気づいて顔を青くして口元を押さえる。
「パパァ…」
フェリと呼ばれた子供は今にも泣き出しそうな声で父を呼ぶ。
「おい!コラ!!そっち向くな!」
「君!早く逃げなさい!!」
向こうで奮闘している父ともう一人の声が聞こえ、そちらをちらりと確認すると、モンスターの視線はこちら…フェリのほうを向いていた。
音に反応しただけなのか、音を聞いてこの中にいて一番の弱者として判断しているかはわからないが、明らかにそれは父たちに向けるそれと同じだった。
フェリは擦りむいてしまった足が痛むのか中々立ち上がることがなく、倒れたまま小さく呻いていた。
モンスターが狙いを定めるようにフェリを見つめる。
父たちがフェリを守るために先にモンスターの行動を防ごうと攻撃を続け、前に出ようとするが残ったモンスターの足がそれを邪魔する。
フェリの父親は早々にフェリを起こして逃げるのを諦めて、フェリを抱きしめ、モンスターに対して背を向け庇い、守る体勢をとる。
このままだと、二人の命が危ない。
そう理解した瞬間、体は勝手に前へと走り出した。
ガサガサと大きな音を立てて飛び出て、フェリとモンスターの間に立つ。
「アーロン!!」
父の呼ぶ声が聞こえる。
父も護衛の人も、間に合わない。
ならば持てるものすべてを持ってして、守らなければ。
使命にも似たなにかに突き動かされ、アーロンはモンスターと向かい合い、片手をつき出す。
それとほぼ同時にモンスターも口元に該当する辺りをモゴモゴと動かし、何か攻撃を仕掛けようとしている。
「ぼ、防御ーー!!」
突きだした手に光が集まり、アーロンの全長ほどの大きさの盾のような形をとる。
そして、モンスターの口から槍のように尖ったものが生成され、こちらに向かって飛んでくる。
自分の頭を目掛けて飛んできたそれを直視することが出来ず顔を背け、目を閉じて顔の前で腕をクロスさせて防御体勢をとる。
瞬間ピシリと薄いガラスが割れる音がした。
モンスターの口から発射された槍のような糸がアーロンの張った防御を壊す音だ。
パァン!と防御壁が弾けアーロンの小さい体は後ろに小さく飛ぶ。
だが、防御壁を壊したのにそれは止まらずにアーロンの左腕に刺さった。
皮を、肉を切り分け骨に当たったことによりようやく止まった。
一瞬あまりにも痛みを感じなかったために、自分の腕に起きたことと認識出来なかった。
しかし、じわりじわりと毒が染み出るように痛みが広がり熱を持ち始める。
「あ、ぁぁぁあああああ!!」
骨に直接釘を打たれたかのように響く痛みに思わず大声をあげる。
とてもじゃないが黙って耐えれるようなものではない。
まともに働かない頭で、この痛みの原因を取り除いてしまえばもう痛みを感じなくなるのでは。
激しく痛む左腕に目をやり、それに手をかける。
手が触れただけで傷を抉るように傾き、新たに痛みを重ねていく。
覚悟を決めて、一思いに引かないと。
そう思った矢先、優しく、後ろに引かれ、手で口を塞がれる。
「抜いちゃダメだよ、抜いた所からたくさん血が出ちゃうから。」
ゆっくりと諭すように紡がれた言葉。
握りしめた手を優しく一本ずつ外し、腕をおろさせられる。
目の前から爆発音がして、モンスターの断末魔が響く。
痛みで動かない頭でも、それが父であるセスが放ったものだと認識できた。
「アーロン!」
駆け寄ってきて、惨状を目の当たりにして父は顔を悔しそうに歪める。
痛くても涙など出なかったはずなのに、その表情を見た瞬間、視界が滲み耐えてたわけでもないのに次々と溢れて、頬を伝い、こぼれ落ちる。
言いつけを守らなくてごめんなさい、それがいいたいのに漏れるのは痛みを耐える唸り声と涙で濡れた嗚咽のみ。
「大丈夫だ、よく頑張ったな。」
父は優しくアーロンを抱きしめる。
頭を撫でられ、だんだんと落ち着いてゆき、次第に瞼が重く感じるようになった。
緊張の糸が切れ、意識が遠退き腕の痛みも薄れていく。
そうして、アーロンの意識は完全に落ちた。