答え合わせは卒業の日に
「いやぁ、中々に絶景だねぇ」
傍らに立つ少女が、暢気にそんなことを呟く。
可愛いと評するよりは、美しいと評する方が適切だろうか。
そんな彼女ではあるが、ころころと笑う様子は年相応の可愛らしさを垣間見せる。
「今年は暖かかったから、ってことだろうけど……運が良かったんだろうな」
卒業式、それは、一つの門出。
例年通りならば桜が咲くのはもう暫く先だったことを思えば、これも一つの運命なのだろうかと思考を巡らせる。
傍らに立つ不思議な少女と出会ったのは今年度の入学式だった。
これからの学園生活に想いを馳せていた自分にとって、少女との出会いは非常に印象的なものだった。
そして、その時に一つのお願いをされていた。そういえば、あの日も桜が咲き誇っていたはずだ。
「それで、答えは見つかったかな?」
「どうだろう……まあ、確証は無いけど、なんとなくは」
「へえ、それは期待大だね」
そう言いながら、少女は辺りに咲く桜を見渡す。
「うん、今日は良い日だ。答え合わせ日和かもしれない」
「あはは、答え合わせ日和って何さ。けど、いいの?こんなところに居て」
卒業生は、そろそろ待機していなければいけない時間となっている。
少年がわざとらしく、三年生の教室へと視線を向けてみれば。
「もう、分かってて言ってるでしょ。そういう冗談は好きじゃないなぁ」
わざとらしくむくれて見せる少女だったが、それが演技であるのは明白だ。
「ごめんごめん。でも、本当に良かったの?」
「……うん。大丈夫」
「それならいいんだけど」
それから、暫く。在校生もそろそろ教室で待機していないといけない時間だ。
「そろそろ教室に行かないと」
「うん、そうだね」
どこか寂し気な表情を浮かべながら、少女は手を振った。
卒業式は恙なく進行し、問題も無く卒業生は退場した。
卒業生、在校生を問わず散見される泣き顔を見ていると、否応なく別れの日であることを認識させられる。
けれど、それはただの別れではない。
「旅立ちと、見送りか……」
これから社会へと、あるいは、大学へと。旅立つ先輩たちを見送る。
永遠の別れではないからこそ、そこにあるのはただの悲しさではないのだろう。
卒業式を終えて、教室に戻された後。
先生から幾つかの話を聞いた後は、卒業生と話をするための自由時間となる。
一人、二人と教室を出る同級生を見ながら、そろそろ自分も、と覚悟を固める。
「そろそろいかないと」
少し重い足取りに気付き、それに苦笑しながら。
卒業証書を親に誇らしげに見せる人、泣きながら抱き合う先輩後輩、恩師へと頭を下げている人。
人の賑わいを横目に見ながら、人気のない校舎の裏へと向かう。
「別に一生の別れと言うわけじゃないんだから」
道中、誰かを宥める誰かの声が、妙に印象的に耳に残った。
校舎の裏には一本の桜の木が生えている。
まるで取り残されたようにぽつんと佇むその木の下で、少女が待っていた。
「やあ、ちゃんと来てくれたんだね」
桜舞い散る木の下で、少女は笑みを浮かべている。
「うん。それに、卒業式も。見てたよ」
「ああ、あれね……私も、少し驚いた」
恥ずかしそうにしながらも、少女は両手でその口元を隠す。
これは、少女の癖だった。嬉しい時に、にやにやとした口元を見られるのが恥ずかしいらしい。
「それじゃあ、答え合わせ、いいかな?」
「うん。といっても、ここに来てくれたんだ。だから、心配はしてないよ」
「なら、少しは自信を持ってよさそうだね」
彼女に頼まれた願いとは、宝物を探してほしい、というものだった。
といっても、無くしたわけでは無い。彼女自身が隠したものである。
ちょっとした悪戯……というよりは、趣味のようなものだろう。
入学した時期に推理小説にはまっていた彼女は、宝物を隠し、卒業式にはヒントを元に友人たちと探すつもりだった。
けれど、それを叶えることは出来なくなってしまった。
だからこそ、偶然出会った自分にそれを託した。
推理小説にはまっていたといっても、所詮は素人。ヒントらしいヒントであっても中々答えに結びつかず、答えを見つけたのはつい最近になってようやく。
けれど、なんとか間に合わせることは出来た。
「よいしょ、っと」
このためにこっそりと持ってきたスコップで、桜の木の根元を軽く掘る。
すると、すぐに硬質な何かに先端が当たる感覚がした。
「お、あたりかな?」
感覚を頼りに掘り出すと、青い金属製の箱が出てきた。お菓子が入っていたケース、だろうか?
「わあ、懐かしい。そういえばこんな箱に入れてたんだっけ」
彼女の反応を見れば、それはまさしく宝物だったのだろう。
「ほらほら、早く中を開けてみてよ」
促されるままに箱を開くと、中に入っていたのは……二通の手紙だった。
「読んでもいいの?」
「もちろん」
満足げに頷く彼女の許可を得たので、その手紙を開き中を見る。
一つは、未来の自分に向けた手紙。
そして、もう一通はそこに居るであろう友人に向けた手紙だ。
未来への期待と、共に居てくれる友人への感謝の言葉。それらを一通り読み終えて彼女を見れば……
思いのほか、恥ずかしかったらしい。口元だけと言わず、顔全体を手で覆っていた。
「ごめん、見ないで……恥ずかしい……」
珍しい表情に少しからかいたくなったけれど、それをするときっと拗ねてしまうだろう。
今日、そうしてしまえばきっと後悔する。
「落ち着いた?」
「その、お恥ずかしいところを……」
「珍しいものが見れてよかったよ」
「むう」
それからは、これまでの一年のことを振り返っていた。
話し出せば、思っていた以上に鮮明に覚えていることに自分でも驚く。
気が付けば、空が赤く染まり始めていた。
「……そろそろ、時間かな」
少女が呟く。そこには、名残惜しそうな色が含まれていた。
「最期に、いいかな?」
「……うん。なんだい?」
「その、こんなことを言われても迷惑かもしれないけど……」
あるいは、自分がつらいだけかもしれない。
「月並みな言葉しか、出てこないけど」
けれど、今言わなければ後悔するのだろう。
だからこそ、言葉にする。
「貴女が、好きです」
「……私も、同じ気持ちよ」
それが、彼女と交わした最後の言葉だった。