315.疑問
段々と完結させるのが怖くなってきちゃう……
「ぶはっ!?」
暗殺が成功した事を確信すると同時に、ハンネスさんが装備を解除する。
彼は大きく白い息を吐き出すと同時にその場に蹲り、松明を取り出して暖を取り始めました。
どうやら冬将軍の武器やスキルは使うと使用者まで凍えてしまう様子ですね。ハンネスさんに触れていた私の両手すらも凍り付き、そして指が何本か砕けて欠損してしまっています。
「……驚いたな……」
その声に顔を上げれば、切り落とされた覚者の首が口を開いていました。
切断面が凍り付いているのを見るに、脳まで凍っていても不思議ではありませんが……そもそも首だけになってどうやって発話してあるのでしょうか。
「失敗したのか?」
「いえ、暗殺は成功している筈ですが」
ハンネスさんの問いに短く答えながら首を傾げる。
手応えもありましたし、暗殺スキルのエフェクトも成功時特有のものでした。
そして何よりもログを見れば経験値やら称号やらを新しく獲得しているのですから、目の前の覚者は一度きちんと死んでいる筈です。
「あぁ、うん、僕は死んでいるよ。そこは安心して? ちゃんとゲーム的な処理もされているから」
「……じゃあなんで喋れてんだよ、あとメタ発言が酷すぎるぞ」
ハンネスさんの言う通り、なぜ覚者はこの状態で喋れているのでしょうか。
これまで幾人ものNPCを殺害して来ましたが、皆さん例外なく即死したらそれ以上は口を開けなくなっていましたのに。
やはり彼は何か特別で、死んだとゲーム的に判定されても行動できてしまうのでしょうか? その場合、また私たちは彼と戦う必要が?
「いやぁ、圧倒的な雑魚だと思い込んでた相手に堂々と暗殺されるなんてね……まぁ、生前はこんなゲームなんてした事が無かったから仕方ないのかな」
「あ? 喧嘩売ってんのか? 殺すぞ」
「もう殺されてるよ」
生前、ゲームキャラとは思えない視点、そして覚者……私の中で言語化できない不安、不快感、そして疑問が湧き上がってくる。
「一条玲奈君」
「――はい?」
思考の海に潜り掛けたところを本名で呼ばれ、思わず上擦った声が出てしまいました。
「君のその疑問は、中央神殿の地下にあるよ」
「……次のイベントか?」
「我が神ともそこで会えるだろう」
「けっ、やっぱ秩序神かよ」
「秩序神かどうかも行けば分かるさ」
どうして私の本名を呼んだのでしょう? このゲームのアカウントを作成する際に必要な情報はメールアドレス、生年月日、それとアカウント名とパスワードの設定のみです。
このゲームの運営会社ですら、私の本名は把握していない筈です。少なくともゲーム内の会話を盗み聞きして、たまたま友人の誰かが呼び間違えたのを聞いたですとか、どこでログイン、つまりアクセスされているのかを調べて……など、知ろうとすれば手間が掛かるものばかり。
ただの一プレイヤーにそこまでするのか、したとしても倫理的な問題が立ちはだかります。
「……そこに行けば、貴方が私の本名を知っていた理由も分かりますか?」
「一目でね」
「……いいでしょう、誘いに乗ってあげます」
先ず中央神殿があるマップまで解放していかなければなりませんし、現実での予定でゲームにログイン出来る時間にも制限があるので何時になるのかは分かりませんが。
まぁ、どのみち神殿勢力はそろそろウザイと思っていましたし、これ以上さらに引っ張って残していても美味しくなるかは不明です。
だったらもうここら辺で、九条さんとの全面衝突の前に片付けておきましょうか。
「行くのか?」
「えぇ、ハンネスさんはどうします? 一応貴方も命を狙われていたでしょう?」
「そうだなぁ……秩序側の総本山だからな、何かあってバランスが崩れたら困るから赦すわ」
「そうですか、お礼参りはしないと」
「都度返り討ちにはするがな」
まぁ、真正面から堂々と乗り込んでも時間が掛かるでしょうし、潜入するなら私一人の方が楽で成功率は高いので今回は良しとしましょう。
せっかく私一人で作ったお友達なので、出来る事なら一緒に色々と楽しみたいですけれど。
「まぁ、なんだ、なんかあったら呼べよ」
「?」
「……後ろでふんぞり返ってやっから」
「……そうですね」
そういえば、そんな事も言ってくれましたね。
「仲が良いねぇ」
「んで、お前はいつ死ぬんだよ」
「さぁ? 死に方なんて僕も分からないよ」
ふむ、自分でも死に方が分からないとは難儀な方ですね。
「……まぁ、良いでしょう。貴方の喋る生首を持って行けば北部地域の国々も黙るんじゃないですか?」
「あぁ、自分の口から敗北を説明しろって?」
「そんな感じです」
中央神殿の指示に従い、最悪の囚人をけしかけたのに、その囚人が切り落とされた生首のままペラペラと自身の敗北について語るのですから、その衝撃は大きいと思うのです。
少なくともこれ以上の関わりは遠慮したいという心理になるのではないでしょうか? 次の対応もそう簡単には打てないでしょうし。
「仕方ないね、せめて丁寧に運んで――」
「――『炎帝』ッッッ!!!!!!」
会話の途中、突如として視界が眩い光に包まれる。
齎される熱気とダメージに即座にその場から飛び退きますが、それでも熱傷などのバッドステータスからは逃れられなかった様です。
一体誰が――などと、口にしなくともこの攻撃を行った犯人の正体は簡単に予想がつきます。
「――レーナさん大丈夫ですか!?」
城を半壊させた炎の海から小さな人影が走って来るのが見えます。
そしてその人影――マリアさんは直後にハンネスさんから大振りの拳骨を貰い、頭を抱えて蹲りました。
「こんのクソチビがァ!! 巻き込みで死ぬところだったわ!!」
「いったぁ〜〜!? ちゃんと直撃しない様に狙ったもん!!」
「直撃してなくてもダメージ貰ったわ!」
「半端な火力じゃダメだって聞いてたもん! 私悪くないもん!」
仲良く言い合いする二人の横を素通りし、炎の海の前でじっと待ってみますが……救出を願う声は聞こえて来ません。
「マリアさん、この炎は消せますか?」
「助けに来たんだからお礼くらい――え? 炎ですか? 消せますよ?」
「では消してください」
「消して大丈夫なんですか?」
「えぇ、大丈夫なのでとりあえず消してください」
「分かりました」
それから数秒後、それまで煌々と燃え盛っていたとは思えないほど静かで薄暗い城内の中を探ってみますが……覚者の遺体は発見できませんでした。
「本来ならマリアさんの攻撃も耐える筈ですが」
「ゲーム的な処理はされたって言ってたしな、ステータスとか存在しない状態で消し飛んだんじゃねぇか?」
「なんですか? なんの話ですか?」
ゲーム的な処理はされていた……つまりはゲーム的には死んだも同然だった、そして彼はゲームのNPCとは違う存在でもあったと。
しかしゲームの強者としてのデータを失った事で、実態はそこら辺の戦えないNPCと変わらない存在になった事でマリアさんの攻撃に耐えられなかった?
しかしそれなら首が離れた状態で生き続けたのもよく分かりませんね……NPCというより、喋るオブジェクトに近かった? 壁や天井を破壊するのと同じ感覚で消し飛んだ?
「結局何も分かりませんでしたね」
「もう中央神殿に行くしかねぇな」
「ここまで重なると誘導されているみたいで気持ち悪いですね」
「ねぇ、なんの話してるんですか? 私なにか不味いことしちゃいましたか?」
意味深な事ばかり言って、次の目的地を示唆すると同時に消え去るなんて……誰かに監視されて、またはその者の意思が介在しているようで落ち着きません。
「……まぁ、良いです。元よりゲームのシナリオ自体にはそこまで興味ありませんし」
「たまに居るよな、シナリオは全部スキップする奴」
「あら、いけませんか?」
「別に? 勿体ねぇとは思うがそれだけだ」
「無視しないでぇ……謝るからぁ……」
べしょべしょし出したマリアさんの頭を撫でつつ、一先ず疑問は先送りする事に決めます。
とりあえずは北部地域の国々との交渉を優先しなければならないでしょう。とりあえず中央神殿に赴くならば一旦戦争はお預けです。
「もっと私なりのゲームの楽しみ方を皆さんに体験して貰いたかったのですが……なんか変な終わり方になりましたね」
「いやまぁ、目の前で虐殺が始まるよりかは全然問題ねぇよ」
「私はレーナさんと遊べるなら別にそれだけで楽しいですよ」
「そうですか」
そういえば、何かを忘れているような――
「そういや、あの天パ何処に行った?」
「「あっ」」
完全にユウさんの事を忘れてましたね。
一人必死に変態の相手をしてるっていうのに!