314.覚者その4
必殺――
視覚を塞ぎ、嗅覚を鈍らせ、聴覚を攻撃する――おおよそ人が外部情報を得るための主要な感覚をダメにしましたが、それでもこの世界にはスキルを筆頭として情報を得る手段が豊富にある。
「確かに蟲は鬱陶しく、五月蝿いけれど、感知系のスキルや音の聞き分けで何となく分かるんたよ」
毒煙に紛れた私の踵落としは容易く防がれ、そして流れるように足首を掴まれ無造作に投げられる。
空中で体勢を立て直しながら、幾重にも張った糸で自身を受け止め衝撃を吸収し、そのまま反動で自らを弾き出す。
「何度やったって無駄――ん?」
勢いに乗った私へとカウンターをするべく突き出された拳を『空蝉』で躱し、そのまま覚者の首へと短刀を突き立てる。
「惜しいね、ステータスが足りない」
当然のように私がギリギリ反応できるかといった速度で首へと伸ばされる手を、寸前のところで顔を逸らす事で避ける。
そのまま伸びた相手の腕を抱き着くように捉え、重心の移動でグルりと回転――スキルを乗せた蹴りを顔面に放つ。
「ダメージは無いけど、顔を蹴られるのはちょっとね」
私に抱き着かれままの腕を、体重など感じていないかのように持ち上げ地面に叩き付けんと振り下ろされる。
接地の直前で『影移動』を発動させ、即座に覚者の後ろに回り込む。
「おや?」
抱き着いた時に相手の防御力を低下させる酸を振りかけておいたのと、自分自身の攻撃力で地面へと思いっ切り腕を叩き付ける形になった事でやっと覚者にそれらしいダメージが通りましたね。
ほぼ自傷ともいえるダメージに覚者が気を取られている隙に、酸を振りかけた短刀をうなじへと振りかぶり――視線を向けられる子もなく、指先で刃を摘まれる。
「うんうん、凄いね、でもだからなに?」
即座に短刀から手を話し、全力で防御体勢を取るも――もう既に感知していた腕で殴られ吹き飛ばせる。
「んぐっ!?」
その直後にハンネスさんから回復が飛ぶ。
恐らくパーティー画面で私のHPが減っている事を確認し、状況を察したのでしょう。
「毒によるダメージは自動回復で相殺され、君たちや蟲の攻撃は通らず、上手く自傷させても簡単に回復できる程度で、更には私はまだ攻撃にスキルを使用していない……この意味が分かるかな?」
先ほどの攻防で幾つか分かった事があります。
「おそらくは暗殺を狙っているのだろうけど、そもそも刃が通らなければ意味は無いし、君は常に脊椎の糸によって捕捉され、いつ攻撃するのかバレバレだって事を忘れていないかい?」
その一つが『思考をそのまま読んでいる訳ではない』という事です。
VR機器に接続された私の脳波、電気信号を盗聴しているとの事でしたが、私が何を思い浮かべているのかまでは分かっていません。
その証拠に単純な身体の動作、格闘戦に対しては滅法強くとも、私がいつどんなスキルを使用するのかまでは読めてはいなかった。
もしかしたらスキルを使用しようとしている事は読めているかも知れませんが、具体的にどのスキルを使用するのかは分からないのでしょう。
「……無視? まだ諦めていないの?」
それでも彼が今でも圧倒的な優位に立っているのは、その圧倒的なステータス差と脊椎の糸によるもの。
視界などを封じられていても糸が繋がっている限り大体の場所は分かり、そしてどんな動きをするのかが反射的に理解できる上にまぐれで攻撃が当たったとしても大したダメージにはならずすぐに回復にしてしまえる。それが覚者を大いに油断させる。
彼の言う通り、暗殺を狙おうにも視界、聴覚、嗅覚を封じただけでは意味がありません。居場所は常に捕捉され、そしてそもそもの刃が通らないのですから……ですがそれで構わないのです。
「シッ!」
「……だから、効かないってば」
投擲した毒針が、棒立ちしたままの覚者の表皮に弾かれる。
武雄さんや花子さんの眷属に一斉攻撃を命じながら、『影移動』を織り交ぜた動きで何度も首を狙う。
「君では僕に傷一つ付けられないよ」
「殺らねば殺られるのです。仕方ないでしょう?」
「それもそうかもね」
幾度となく後頭部を、首を、心臓を狙って刃を突き立てますが結果は同じ。
様々なスキルを使用していますが暗殺までには至らず、同じ場所を続けて攻撃する事でダメージ倍率が上がっていくスキルでやっと薄皮一枚を切れた程度。
それも圧倒的なステータス差がある相手に何度も実現させて貰える筈もなく、連続攻撃はすぐに途切れてしまいます。
「そろそろ万策尽きたかな?」
けれどもそれで構いません――
「いいえ、ここからです――」
暗殺とは何も相手から認識されていたら出来ない訳でも、コッソリ行わければならない訳でもありません。
白昼堂々と行われるものもあれば、爆破による派手なものだって存在します。
認識外ではなく、意識外――暗殺スキルはそういった攻撃に必殺を付与するというもの。
そして覚者は完全に油断しきっている。相手は完全に私の攻撃では傷つかないと思ってしまっています。
「必殺――」
――そこにこれは効く。
「――ハンネス剣」
手元に『影移動』させたハンネスさん――その手には冬将軍からドロップした『冷刀魅神・分霊』が握られていました。
オリジンダンジョンなんていう、大仰な場所のレイドボスである冬将軍から手に入れた《氷天青蓮華・偽》を発動し、これまた同じ相手から手に入れた、装備するのに時間制限と代償がある武器を装備したハンネスさんをさらに私が装備して振りかぶる。
「なんっ――」
覚者は必然と、自分にとって完全下位互換となるハンネスさんを意識の外に追いやっていました。
そして私達のSTRでは絶対に自分のVITを突破できないと高を括っていました。
動作は読み取れても、思考は読めない――
「だっ――」
――だから圧倒的な力の差があって、こんなにも呆気なく斬首されるのです。
――ハンネス剣ッ!!