205.ファストリア農業都市観光案内その2
皆さん冥福を祈るの早すぎません……?
『──ッ!!』
井上が巻き起こす剣風によって吹き飛ばされるギランの部下達──と、その一部の者たちの特定部位。
無造作に剣を薙いだように見えるが、スキルによる見えない風の刃を延ばした一撃によって強烈な旋風を巻き起こして一気に距離を離すと同時に、見えない刃に距離感を掴めなかった哀れな者たちの首を狩る。……長年アレな主人と戦って来たわけではないようだ。
「ヒューッ! やるねェ騎士様」
後方で偉そうに囃し立てるギランをチラリと一瞥してから激しい踏み込みと同時に肉薄……部下の一人の腰から上を切り離す。
防具を纏った成人男性……それもかなり手練れを一刀の元に上下に分断する膂力を見てとって、流石にギランも井上の実力を上方修正する。
(……ただのお嬢様の護衛にしては強過ぎるナ)
分断した上半身にタックルをかまし、後方で詠唱していた者へと飛ばして牽制しつつ、残った下半身の足首を掴んで振り回す事で飛来する矢や短剣を弾き飛ばす。
……ペットは主人に似るとはよく言ったものである。
「……(チラッ」
「……(コクッ」
ポイっと無造作に用済みとなった下半身を背後に投げ捨てる井上を見てとって部下の一部が目配せをし合い──そのまま左右に別れて走り出す。
周囲の者たちも彼らの援護をしようと、井上の目線に合わせて散発的な投石等を繰り返す。
一応は『投擲』スキル等の補正や技の乗った攻撃であるのだが……井上はこれを軽く手を振るのみで弾き落としてしまう。
「……化け物め」
何ら影響を与える事も出来ず、万全の状態の彼に突っ込む事になった二人は悪態をつきながら兜の監視孔目掛けてナイフを突き立てる……が、正面から来た一人は脳天から振り下ろされた山田の一撃によって左右にかち割られ、側面から攻撃して来た者はそのまま頭を掴まれて握り潰されながら地面に叩き付けられ絶命する。
「『……』」
この事態になって暗殺者たちの間に再度の動揺が走る……のこのこ現れた間抜けを一人囲んで嬲り殺しにするだけの簡単な仕事のはずが、気が付けば得体の知れない化け物退治に変わっていたのだからそれも無理のない事であろう。
(やはりおかしイ……これ程の実力を持った騎士なら有名であってもおかしくないはズ……)
ギランは『中央大陸西部地方』に於ける実力者たちを思い浮かべながら井上の正体を探っていく……そんな何処か余裕の態度を一人だけ崩さない彼を見て、井上は少しだけ……自分の主人以外の人間に興味を持つ。
(騎士で真っ先に思い浮かべるのは〝辺境勇士〟のアレクセイですガ、彼はクーデターで死亡済みのはズ……その情報が間違っていたとしてモ、彼が扱うのは風ではなく炎であるはズ……)
裏拳で頭を粉砕し、防御に掲げた盾ごと真っ二つに叩き斬り、その巨体に似合わないスピードでためのデカイ魔法の詠唱を潰していく……もはや部下達では彼を止める事は出来ないのは明白だった。
(海神の所のロノウェも違ウ……帝国の姫騎士将軍と名高いシェリー第一皇女も死亡していたナ……ふム、こうして整理してみると大陸西部の動乱の激しさが分かるナ……短期間で大物が立て続けに戦死していル)
振りかぶられる大斧を身を屈める事で避けながら上へと山田を斬り払い、斧を持ったままの両手を切断する……そのまま軸足からクルリと反転し、その勢いのまま背後に回り込み、脇の下から抜刀する様に振りかぶって首を刎ね飛ばす。
山田を手元に戻すまでのタイムラグの内に頭を無くした胴体の服を掴んで引き寄せ、飛んでくる魔法や矢を防ぐ。
(あんな悪辣な戦い方をする騎士など知らんナ、情報に無イ……あの動乱で頭角を現した在野の実力者カ?)
完全な死角からの攻撃でさえ後ろから何かに引っ張られる様にして、ありえない体勢で避けきってみせる井上を訝しげに見ながら……ギランは唇の端を持ち上げて声を掛ける。
「よぉよぉ騎士様ヨォ……えらいお行儀が悪い戦い方をするんだナ? まるで俺らのお仲間みたいだゼ?」
『……』
クッと喉を鳴らすように嗤いながら両手を広げ、ギランは見下す様に顎を上げながら前へと出て来る。
そんな彼を見て取って井上は興味を引かれたのか、首を傾げながら一番近くに居た者の首を引っこ抜いて向かい合う。
「それだけの実力があるならバ、不用意にもここへのこのこと現れるのも頷けル」
『……』
うんうんと頷きながら禍々しいナイフを投擲し、井上がそれを弾きながら注目するのを見ながらギランはゆっくりと歩み寄る。
自分たちのトップがそのまま殺されてしまうのではないかと、部下たちはハラハラとしつつも信頼はあるのか……ギランの合図を受けて止めはしない。
「でもなァ、騎士様ヨォ……そこまでの実力があるんならヨ、油断もしちゃいけねェって分かるだロ?」
『……』
トンっと……いつの間にか触れ合う距離にまで詰め寄るギラン。
『……ッ?!』
「……遅せぇヨ」
井上が気が付いた時にはもう遅く、ギランの『ミスリード』によって禍々しい装飾を施されたナイフに一時的に注意を逸らし、部下たちに秘密の合図を送る事で一斉に殺気を飛ばさせながらナイフに『見せびらかし』を発動する事で注目の固定と視界外の意識も数瞬の間だけ逸らさせる……そのまま『暗殺歩行』で近付かれた井上は既にギランの必殺圏内である。
「──例えそれがどんな実力者であっても、生きているなら必ず暗殺できるんだゼ? 騎士様ヨォ?」
袖から出した短剣に『致命の一撃』を乗せた『暗殺』スキルの《喉狩り》を発動し、振りかぶる。
──カランッ
鮮やかに決まったその暗殺……それを見て安堵の息を吐き、やはり自分たちのリーダーは凄いのだと、敵に回してはダメなのだと再認識しながら部下たちは羨望の眼差しをギランに向け──
「「「「「──」」」」」
──ギラン共々その先を見て硬直する。
「…………オイオイオイ……いやぁまさか、ナ」
噴き出す血も無く、地に落ちた兜は軽い音を立てる……未だに直立不動のその胴体へと目線を向けてみれば──広がる無限の闇。
「……騎士様ヨォ、アンタ既に死んでんのカ」
ギランの掠れた声には一切答えず、兜を拾って首に乗せ直しながら井上は鎧の隙間から本体を滲み出す程に、周囲の部下たちでさえ容易に気付ける程に──怒気を放っていた。
『……』
恐怖に当てられた部下の一部がめちゃくちゃな攻撃を繰り出すが……《深淵ナル剣ノ舞》、《火灼憤怒》、《無限風刃》、《毒沼》、《ダークフィールド》を同時に発動する。
(バカな、武技に加えて複数の魔術を同時に発動するなド……まるで中央の神殿騎士の様ではないですカ)
そのままオマケとばかりに硬直したままの部下まで惨殺したところで……井上の意識は自分の怒りの原因であるギランへと向けられる。
「……あ、あー、降参、降参しますワ」
『……』
「いや、ネ? 流石にもう既に死んでる者を暗殺なんて出来ませんワ、私は神官ではないんでネ」
ギランはこの場に倒れ伏す部下たちの死体と、むせ返る血の匂いを嗅ぎながら『自分では無理だナ』と早々に諦め、どうやって失った部下たちの補填をするのかを考えながら両手を上げる。
「もちろんお詫びはさせて頂きますヨ? なんなら背後関係を洗いざらい話しましょうカ?」
『……』
「あ、騎士様が動きやすいようにあのお嬢様の護衛もしちゃいますヨ? どうでス?」
『……(ピクッ』
あのお嬢様という言葉で自分の主人であるレーナの事を思い出した井上から完全に怒気が消え去り、動きを止める……兜の顎の部分に手を持って来る様はまるで思案しているかの様だ。
「おっほん!」
『……(チラッ』
予想以上に良い反応が返ってきたのを見て取って、ギランは再度自分に注目を集めてから奥の手である最後の手札を切る──
「──ファストリア農業都市観光案内とかどうでス?」
『……(コクッ』
──そういう事になった。
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そりゃもう死んでる相手を暗殺なんかできねぇよなぁー?
もう死んでるだもんなー?