9話 円卓会議
僕、富美田大輝は自宅の部屋でノートパソコンの電源を入れる。誕生日に買ってもらった最新モデルのそれはスムーズに立ち上がり、僕の居場所をすぐに表示してくれた。
「『感想が書かれました』……何度見ても良い響きだ」
『小説家であろう』のユーザーページトップ。もうお馴染みとなった赤色の文字を僕はクリックする。
「昼休みに見たときから新たに感想が三件入ったか。二件は粘着して叩いてるゴミで……残りは見たことが無い名前……完全新規でしかも絶賛の感想か!」
作品を称える表現が並んだ感想を僕はうっとりしながら読む。
これこそが人気作家の特権だ。承認欲求がドバドバと満たされるこの感触はやはりたまらない。
指示無しで絶賛する感想も少なくなってきたからな……全くどうして僕の超絶面白い作品にもっと感想が来ないのか不思議でならない。
この罵倒溢れる感想欄がいけないのだろうか? 悪意を受けるのも人気作家の宿命ではあるが、第三者はそれを見ると感想を書く気力を失うのかもしれない。しかし削除してもいたちごっこだ……やつら底辺作家どもの執念は凄まじい。
そうだ、酷評は全て底辺作家どもが書いたものに決まっている。僕の超絶面白い作品に対してケチを付ける理由など嫉妬以外にあり得ない。
だから僕は思うのだ。底辺作家など、この『小説家であろう』に必要ないと。
「……っと、そうしてる間に円卓会議の時間か」
僕はユーザーページを閉じて、メッセージアプリを立ち上げる。
招待によって入ったメンバーしか閲覧することが出来ないクローズドなグループ。僕のような『小説家であろう』作家が三百名以上所属するのがこの『小説家であろう連盟』だ。
これだけ大所帯だとどうしても統制を取る人間が必要になる。僕はその統制を取る側である幹部メンバーとなっている。
幹部の人数は四人。その中に上下関係は無い。一人頂点を決めるとどうしても不和が起きてしまうのを避けるためだ。
そこから取って幹部メンバーの定期ミーティングは円卓会議と呼ばれている。選民意識を高めてくれる僕にふさわしいネーミングだ。
円卓会議のルームに入る。先客は3人、僕以外は集まっているようだ。
『すまない、少し遅れた』
僕はメッセージを打ち込む。
『これは大輝殿。みんな集まったばかり故、かしこまる必要はないですぞ』
年配のような文で返事したのは幹部の一人、爺だ。本当に年を取っているのか、ロールプレイなのかは分からない。
『そういえば大輝君、今日も日間三位に入ってたね。おめでとー』
次の文はこれまた幹部の一人、カスミだ。投稿作品のジャンルからして女性だと思われる。
『時間です。全員集まったみたいなので、円卓会議を始めます』
次の発言は委員長。もちろん幹部の一人だ。
こうして円卓会議が始まった。
進行は基本的に委員長が自ら進んで務めている。そういう気質のようだ。
『最初の議題はメンバー『一匹ドラゴン』による評価依頼です。曰く新作の投稿を始めたので、近い内に評価を頼みたいとのことでした』
『『一匹ドラゴン』殿ですか。他者への評価も感想も熱心に付けておった方ですな』
『あ、私も感想入れてもらった覚えあるかも。表面的な内容だったけど』
『ならその頑張りに応じて全メンバーに評価依頼でいいと思うが』
『大輝と同じ提案をしようとしていたところです。爺とカスミも異議はないですか?』
『異議無しですぞ』
『異議なーし』
『全員可決ですね。では全メンバーに後で通達しておきます。スケジュールは明日でいいでしょう』
委員長がまとめて一つ目の議題が終了。
円卓会議で話し合われる重要事項が評価依頼の規模を決めることだ。
『小説家であろう連盟』は相互評価のために存在するグループといってもいい。
『小説家であろう』に投稿している人なら、初動でランキングに載ることが人気作品になる近道だと誰でも分かっている。ランキングに載れば人目に止まりやすいからだ。
故に連盟に所属するあろう作家同士で評価を入れあい、そのブーストによって作品をランキングに載せる。
だからこそブーストは慎重に行わないといけない。
そもそもランキングで上位を取るから目立つのだ。一日に何件もブーストをかけたら、その中で下位になるものが出て意味がない。そのため連盟では1日に4~5人とブーストをかける人間を決めている。
しかし連盟は三百名を越えるあろう作家が所属している。誰だってブーストを受けたいのに、1日4~5人では足りない。
そのため連盟では貢献度という指標を立てている。評価依頼に答えてちゃんとブクマや評価したり、感想を書いたりすると貢献度が上がる。それが高いほどブーストを優先して受けられる。
これは連盟に入ってすぐ評価依頼をしてブーストの恩恵を受けておきながら、自分は他人に感想評価を入れないという人が昔いたのだが、その対策としても機能した。
現在でも新入りでありながら評価依頼するような不届き者はいるが、その要望は全て断るようにしている。依頼出来るのは他人に評価や感想を入れて連盟に貢献してからというわけだ。
今回依頼してきた『一匹ドラゴン』とやらメンバーは、十分に貢献しているようで全メンバーに評価依頼を行うということで意見が一致した。
その爆発力や凄まじく、明日の日間一位は一匹ドラゴンの作品が取ることになるだろう。その分僕の作品の順位は下がるだろうが……仕方ない。僕が今連載している作品もこの全メンバーに評価依頼したことで上がったものだから。
その後も円卓会議は続く。
別の評価依頼や円卓会議を通さない評価依頼が行われていたことについてなどだ。先ほど述べたように評価依頼は管理して行われている。するとどうしてもルールを無視するような輩は出るのだ。本来は追放処分でもしたいところなのだが、報復で連盟の存在が明るみに晒されると面倒なため注意と罰則に留める。
そう、最近連盟の存在がネット掲示板などで噂されるようになったのだ。情報統制はしているが、人の口に戸を立てることは出来ないといったところか。
相互評価が話題になると、論調は基本的に憤慨している者がほとんどだった。そんなので人気になって嬉しいのか、ランキングが壊れるなどといった意見が多いが……僕の反論はこうだ。
僕は人気になって嬉しい、それにランキングが壊れるなんて知ったことかと。
そもそも人気になるのも僕のような超絶面白い作品なら当然であり、ランキングブーストはその過程を早める宣伝のようなものだ。
また運営側が相互評価を禁止しているならともかく、そういうルールは無い。なら合法というわけで、逆にどうして使わないのかと僕は聞きたかった。
結局底辺作家が人気になるために努力するのを怠っているだけだ。嫉妬している暇があるなら、手段を尽くすべきだと思うね。