7話 決意
翌朝、俺が教室に入りかばんを机に置くと、田中が寄ってきた。
「おお、田中か! 見たぞあのアニメ! すげえ展開だったな!!」
「そうであろう! あれこそまさに神アニメ! 今期覇権は確定でござる!!」
昨夜見たアニメの感想をテンション高く語り合う。
「来週で最終回だったか。今週最後にピンチに陥ったから、そこから逆転して決着付けてエピローグって感じか?」
「ふふっ、それはどうかな?」
「あ、もしかしておまえ原作既読勢かよ! ネタバレはすんなよな!」
「それは当然のマナーでござる」
しばらくそうしていると、俺らより騒々しい人物が登校してきた。
「ふっ、三位まで落ちたけど……それでも三位さ! さすが僕だね!」
自画自賛しているのは富美田大輝。
どうやら日間一位から三位まで落ちたようだが、それでも全体から見ればもちろん高い方だ。
「あ、大輝さん。大丈夫だったっすか?」
「何がかい?」
「感想に罵倒や誹謗中傷があったじゃないっすか。俺たち大輝さんの繊細な心が傷ついてないか心配で」
「ふふっ、心配する事はないさ。あんなの全部ワナビの嫉妬。むしろ聞いていて心地いいくらいさ」
「おお、大輝さんかっけー!!」
取り巻きたちが大輝を褒め称える。
実際すごいとは思う。あれだけ批判コメントを受けて平然としているのは。
俺も昨夜の更新でまた感想が10件ほど来たのだが、その中に一つ『つまんね』とだけ書かれた感想が混じっていた。
ちゃんとした読者によるものではない。感想ではなくただの罵倒だ。気にする必要が無いとは分かっているのだが……それでも心に陰が差す。他9件の感想が絶賛だったから何とか均衡を保っている状態だ。
その何十倍もの悪意に晒されていつも通りなのは流石の図太さである。
(それくらい図太くないとあの手段を取っているのに、自分に才能がある、人気作家だ、と思えるわけがないか……)
そう、大輝が日間ランキングに載るほどの人気作家になれたのにはトリックがあることを俺は気づいていた。
『小説家であろう』の欠陥を意図的に突いた、真面目に頑張っている他の作家をバカにするような行為。
運営に言えば一発アウトであろうその所業を理解していて……俺は無視するつもりだった。
(そもそも俺だって記憶チートなんて使ってるしな)
世界の変革なんて誰も想定していないから合法ではある。とはいえ、あまり胸を張って言えることではない。
心の内の冷静な自分は『俺TUEEE』作品がウケる度に思ってしまう。
元の世界だったらここまでの人気は出ていなかった。
これは俺の力によるものではない。
そんな俺がズルをしている大輝のことを責める資格は無い、と。
(まあ他にも糾弾しない理由は、大輝が不正しているというのは俺の推理でしか無く実質的な証拠が無いからだ。これで運営に直訴するのは難しいだろう)
だから見て見ぬフリをしようと――。
「常々、僕は思っていた」
考えている俺の耳に、気分が良くなってきた大輝のご高説が入ってきた。
「嫉妬するしか出来ない底辺作家どもは『小説家であろう』にいらないとね。あんなの載っているだけ無駄じゃないか。僕のような人気作家だけが載るサイトに進化するべきだと思うよ」
「なるほど。流石っすね、大輝さん!!」
取り巻きがその言葉を肯定して。
「それは違うでござる!!」
隣の友人がその言葉を否定した。
田中はそのまま大輝たちの前まで出向いていく。
「……ん、田中か。何やら僕の言葉を否定したように聞こえたけど、どういうことかな?」
「確かに嫉妬から人の作品を罵倒するような輩は良くないでござる。だからといって底辺作家全てがいらないという言葉は正気を疑うでござる。嫉妬するのも真剣に上を目指しているからで、それに誰だって最初は底辺作家で、そんな人でも作品を公開できるのが『あろう』のいいところで、なのにそれがいない方がいいとは……」
「ああ、はいはい。よく分かったよ」
大輝が田中の言葉を遮る。そして。
「君は底辺作家なんだね。図星を突かれて怒ったというわけか。いやいや『底辺作家はいらない』という真実は、底辺作家には重かったか」
「ち、ちがっ……我はそのような次元の話をしているのではなく……」
「セリフの選び方×。推敲がなっていない。所詮その程度の力量というわけだ。僕の前に立ちはだかるならもっと人気を得てからにしてくれないか」
取り付く島もない。大輝は田中の主張の中身を一つも理解しないで一方的に否定する。
「全くネットだけでなく、現実でもこのような嫉妬を受けるとはね。まあ人気作家としての宿命か」
「大輝さん、行きましょう。俺もっと大輝さんの武勇伝を聞きたいっす」
「そうだね、いいだろう。あれは一ヶ月前のことでね――」
取り巻きと共に去る大輝。俺は一人残された田中に近寄る。
「田中、これを見ろ」
「翔太氏……何を……って」
「ああ、俺も『小説家であろう』で作品を投稿している」
スマホで開いた自分のユーザーページを見せる。
作家バレは俺にとって避けたいことだ。しかし、今このときにそんなことを気にするのはバカのすることだ。
「作品投稿履歴と……それにこのタイトルは……」
「おまえの主張よく理解した。俺だって真っ当な手段を取ってないから無視しようと思っていたが……あいつの言動は目に余るところがある」
「……? どういうことでござるか、翔太氏」
疑問符を浮かべる田中に俺は宣言した。
「富美田大輝……あいつを潰すってことだ」
『小説家であろう』の環境を、底辺作家を、友人をバカにしたあいつを俺は許さない。
「手伝ってくれるか、我が盟友よ」
「翔太氏……分かったでござる!!」
おそらく今の田中はちんぷんかんぷんだろう。説明もしないで協力を求める俺が悪い。
それでも大輝に思うところがあるのか、俺のことを信頼しているのか、田中は快諾してくれた。