5話 世界考察
「『楽しんでもらえて良かったです。感想ありがとうございます』……っと。よし、これで全部の感想返信終わ…………って返している間にまた来てるだと!? こんなことあるのか、都市伝説だと思ってたわ……。まあチェックすることにして……あー誤字脱字の指摘か。さっきと別の場所だな。残ってるだろうとは思ってたけど、結構多いなー。すぐに訂正して、今日の更新分からはちゃんとチェックして減らそう」
ここまで全部独り言である。俺がどれだけテンション上がっているか分かるところだ。
感想の返信、誤字脱字の訂正まで終わらせてイスの上で伸びをする。ずっとキーボードを打っていて凝り固まった体に血流が巡って気持ちがいい。
「さて、このテンションのまま執筆活動に入るとするか!」
俺はユーザーページから小説執筆機能を立ち上げ、授業時間にまとめておいた構想に沿って物語を進めていく。
当然ではあるが原稿が無いと投稿することは出来ない。
ネット小説が溢れかえっている現代、読者の興味をひき続けるのに最初の内は毎日投稿するのが普通だ。実際『小説家であろう』の人気作のほとんどは開始二週間から一ヶ月ほどは毎日投稿している。
俺が昨日執筆したのは9000字。1話辺りを3000字ほどで区切っているので話数にして3話分だ。そして昨日は最初の投稿ということで3話一気に投稿したため、現在ストックは残っていない。
今日からは1話ずつ投稿するつもりなので、今日中に3000字書くのは絶対だ。余裕があれば2話分はストックを置いておきたいので目標は9000字。
執筆のやる気は昨日以上にあった。言うまでもなく多くの感想と評価のおかげである。読んでもらえた、面白いと言ってもらえた、というのがここまでモチベーションに繋がるとは前世では体験したことのない出来事であった。
そうして集中力の続く限り原稿に向かい合う。途切れたのはぐぅと腹の音が鳴ったタイミングだった。
「夕飯食ってねえな……そういえば今日はどっちも帰りが遅い日か」
時計を見ると夜九時。共働きの両親はまだどちらも帰ってきていない。こういう日は夕飯は冷蔵庫に作りおいてくれているのだが、原稿に夢中ですっかり忘れていた。
「ちょうど原稿も一段落したし飯にするか」
3時間ほどでちょうど二話分、6000字進めることが出来た。一時間当たり2000字のペースで、昨日の3000字のペースよりは落ちているが、これでもいつもに比べれば十分早い方だった。
俺は自室から移動して、台所の冷蔵庫からチャーハンを取り出してレンジに入れる。冷えているため2分をタイマーにセットして、その間にテレビとレコーダーを起動。明日感想を語ると田中に約束したアニメを見ながら温まったチャーハンを食べ始める。
異変にはすぐに気づいた。
「あれ、これ違う作品じゃねえか?」
録っていたアニメが違う作品になっている。元々は『小説家であろう』から人気が出てようやくアニメ化した『俺TUEEE』系の作品だったのに…………。
「って、そうか。『俺TUEEE』作品は無くなったんだったな」
今まで作者として『俺TUEEE』作品の存在が消えたメリットばかり享受していたが、読者、消費者の俺としては反転してデメリットとなる。
「え、じゃあ……二度と続きは見れないのか……マジかよ……」
今さらながらに気づいて絶望にくれるが……元の世界に戻りたいとは思わなかった。読者として人気作品を追えない悲しみより、作者としてあれだけの感想や評価を受ける喜びの方が勝る。
「まあそれに全ての作品が無くなった訳じゃないしな……とりあえずこのアニメを見てみるか」
異世界に来てどんな修正力が働いたのかは不明だが、俺が楽しみにしていて、田中が感想を語りたがっていた作品は別の物になっている。
その作品を見ながら今度こそチャーハンを食べ始めて。
「面白かった……なるほど俺も田中も絶賛するわけだ」
あっという間に30分が過ぎた。
結局途中から食べるのを忘れていたチャーハンをかきこみながら余韻に浸る。
今見たアニメは現代ファンタジー物だった。普通の高校生(建前)である主人公が、ヒロインに巻き込まれて非日常の世界に踏み込む、という元の世界では少し前に流行っていたタイプの作品のようだった。
面白ければ王道、つまらなければベタ。主人公がヒロインと共にラスボスとの最終決戦に挑むシーンは既視感を吹き飛ばして王道を感じさせた。初見で訳の分からないはずの俺が手に汗を握るほどだ。
ソファーに寝転がりスマホに作品名を打ち込んで検索する。詳細なストーリーを見たり色んな感想を眺めて、なるほど、と頷いていたが、その中に気になる記述を発見した。
どうやらこのアニメの原作は『小説家であろう』出身の作品で、長い間ランキングに乗り出版され、その後も人気を集めてアニメ化まで至った作品だというのだ。
「へえ、『小説家であろう』発のアニメ化っていう点は変わらないのか。にしても『小説家であろう』で現代ファンタジーがウケてるのは珍しいが……『俺TUEEE』が無いせいなのか?」
気になった俺はランキングページを開いて載っているタイトルを一つ一つ見ていくと、どうやら上位は現代ファンタジーが占めているようだ。
『俺TUEEE』の派生ジャンルでランキングが埋め尽くされていたところから、存在しなくなったことによる結果こうなったのだろう。
俺が利用していなかった時代のため伝聞ではあるが、元の世界の『小説家であろう』でも昔は現代ファンタジーがランキングに乗っていたりしたらしい。
要するにランキングだけ見ると、この世界はタイムスリップで『俺TUEEE』が流行る前の時代に戻ったようなものだと言える。
「でも、それ以外は前世と同じなんだよな」
今でこそ当たり前のようになっているが、昔は『小説家であろう』から人気作品が書籍化されることなんてほとんど無かった。4、5年前に『あろう』ブームが起きてから、書籍化される作品は爆発的に増えた。同様にこの異世界でも書籍化される作品は多いようだ。
またブーム前『あろう』は一般人に広く知られてはいなかった。それほどWEB小説はニッチなジャンルであったのだ。利用者数が爆発的に増えたのはブーム後であり、この世界でも多くの人が利用している。
つまり何が言いたいのかというと。
「この異世界は元の世界と同じように『あろう』が流行っているのに、そこに載っている作品は一昔前のジャンルという、俺に超絶都合がいい世界なんだよな……」
目の肥えていない読者が大量にいる。小説家にとってこれほど理想的な状況があるだろうか。
ただ、正直言うと辻褄は合っていない。
『あろう』ブームは『俺TUEEE』作品があったからこそ起きた流れである。なのにこの世界には『俺TUEEE』作品が無いのに、ブームが起きた後のように『あろう』が流行っている。
理解できない事態ではあるが……。
「そもそも異世界なんてものが常識では理解できないんだし、常識で考えるのが間違ってるのか」
異世界に理屈を求めるのが間違っている。異世界でどうして魔法が使えるの?という疑問は、魔法がある世界だからだ、という説明で片が付けられる。
この世界も『俺TUEEE』作品はないけど『あろう』ブームがあった異世界なんだよ、ということなのだろう。