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3話 登校

 翌朝。


「翔太!! あんたいつまで寝てるの!?」

「え? …………あ、やばっ!? もうこんな時間!?」


 俺の部屋を強襲した母の怒鳴り声に、寝ぼけ眼をこすりながら目覚まし時計を見ると、セットした時間はとうに過ぎていた。

「行ってきます!!」

 慌てて準備をして朝飯をかきこみ家を飛び出す。


 そうして通学路を進むこと十分ほど。

 ようやく頭も落ち着いてきたところで、俺はある失態に気が付いた。


「家にスマホ忘れた……」


 通っている高校では授業中電源を切ることを条件にスマホを持って登校することが許されている。

 スマホがあればネットが見れる。それで昨夜投稿した『俺TUEEE』小説がどうなっているか確認しようとしたところで、忘れたことに気づいたというわけだ。


「流石に取りに戻る時間はねえしな……このまま行くしかないか」


 朝寝坊で時間をロスしているところに、追加で往復二十分かけたら遅刻確定だ。遅刻してもいいじゃねえか、という選択肢は俺の中に存在しない。


 肩を落としトボトボと歩いて学校を目指した。




 始業十分前に何とか教室に到着する。

 ほとんどの生徒が既に登校していて騒がしく雑談している中、俺は自分の席に座る。

 と、同時に声がかかった。


「くくっ、遅かったではないか。我が盟友よ」

「昨日ちょっと夜更かししてな」

「それは我も同じだ。録画視聴など邪道……! やはり深夜アニメは実況スレ開いて見るのが――」

「あ、そういえば昨日見るの忘れてたわ」

「なぬっ!? あの神回を見逃したというのか!?」

「録画はしてたはずだから、今日帰ったら見るわ」

「せっかく感想を語り合おうと待ってたというのに……」


 一々大仰な言葉使いをするのが友人の田中だ。高校生にもなったのに、中二病が混ざっている。


「しかし翔太氏があのアニメを見忘れるとは……昨日あんなに語り合ったのに、何かあったというのか?」

「昨夜はちょっと組織の刺客に追われててな。後始末までしてたら遅くなった」

「そうか……やつらが動いたか。この平和も所詮は仮初め……そのことに気づいているのがこの中にどれだけいるか……」

「ノリがいいところ悪いが、もちろん嘘だぞ」


 適当な言い訳を真面目に返してくれる田中に、自分で言っておきながらツッコむ俺。

 高校に入ってからの付き合いだが、すっかり打てば響く仲だ。


「ならばどうして見な………………いや、いい。また明日語り合おう」

「ありがとな」


 田中はそれ以上踏み込まずに引いてくれた。

 確かに田中が言うように、俺は話題に上がった深夜アニメを楽しみにしていた。昨日は下校前に一時間は語り合ったほどである。

 なのにそれを見ていないとなればおかしい。何らかの理由があって当然である。

 その理由は『俺TUEEE』作品が無い世界に来たことに気づいて、小説を夢中で書いていたからでしか無いのだが俺は言わなかった。

 何故なのか? 答えは簡単である。


(小説を書いてるって現実の知り合いに話せるはずねえだろ……!)


 創作趣味を持っている人間の中には、それを現実の知り合いに話せるタイプと絶対に話せないタイプの二種類がいる。

 俺は後者であった。

 創作とは極論、作者の妄想である。知られるのは自分の全てを晒け出しているようで恥ずかしい。


 だったらネットで公開することも出来ないのではないか、と思うかもしれないがそれは違う。作品と作者を結びつけられるのが嫌なだけで、作品自体の公開に抵抗はない。

 そういうわけで小説を書いていると明かした人間は友達、家族含めて誰もいない。


 だから田中にも言わなかったのだが……俺が言えない事情を察知して田中は理由を追及することは無かった。

 中二病で厚かましいように見えて、人情の機微に通じている良き友人である。




「そういえば翔太氏は『小説家であろう』も読んでござったな」

「え、あ、そうだが」

「なら今朝面白い作品を見つけて――」

 ちょうど『あろう』のことを考えていたため内心を当てられたかと動揺したが関係ないようだ。田中の話の続きを聞こうとして。


「それはもしかして僕の作品かな?」


 第三者が会話に割り込んだ。


「えっと……何の用だ?」


 唐突な乱入に面食らいながらした質問にその人物、同じクラスの富美田ふみた大輝だいきは答えた。


「いや、失礼。『小説家であろう』で面白い作品と聞こえたのでね。総合で日間ランキング一位を取ったこの僕の作品に違いないと声をかけた次第さ。違うかい?」


「…………」


 目立つ存在なため名前を知ってはいるが、特に親交があるわけではない。なのにここまで俺たちに図々しい態度を取れるのはある種の才能ではないかと思う。


「いや、我が薦めようとした作品は……」


 会話の矛先が向いた田中が答えようとすると。


「大輝さん、『小説家であろう』でようやく日間一位になったっすか!! すごいっすね!!」

「まあ僕くらいになれば当然さ。ほら、見たまえ」


 大輝をいつも取り巻いている一人が話を聞きつけたのか近づいてきていた。大輝はその取り巻きにスマホの画面を見せつける。


「これは大輝さんのユーザーページで……あ、本当に作者っすね」

「作品名は……俺のスマホでランキングページを見ても一位に乗ってますね」

「『あろう』で日間一位になれるってすごいじゃないですか!! もっと話を聞かせて下さいよ!!」

「もちろんだとも。ははっ、自分の才能が恐ろしいね」


 取り巻き三人に連れられるまま俺たちから離れていく大輝。俺たちと会話していたことは既に彼の頭から抜け落ちているだろう。


 富美田大輝、あいつは前者の、創作趣味を現実の知り合いにも言えるタイプだ。

 それほど自信があるのか、承認欲求が強いのか……いや見た感じ両方なのだろう。


「あんなやつが日間一位になったのか?」

 あいつが『あろう』で小説を投稿しているのは今日のように取り巻きと騒いでいたから知ってはいた。俺と同じように『俺TUEEE』系の流行を後追いした作品を投下していたが、それなりに人気があったはずだ。


 まあこの世界から『俺TUEEE』作品は無くなったから、別のジャンルの作品で日間一位を取ったんだろうが……何のジャンルだろうか? それに日間一位となるとまた次元が違う。それなりの人気だった昨日から、どうして今日になって日間一位を取るような成長を遂げたのか?




 気になった俺は嵐のように過ぎ去った大輝のショックがようやく抜けた田中に聞いてみた。


「それで薦めようとした作品ってあいつの作品なのか?」

「違うでござる。あれだけ毎日自慢していれば、大輝氏の作品を見たことはあるが……」

「へえ。どうなんだ? 俺読んだこと無いんだけど面白いのか?」

「……正直我には合わなかった。あまり悪口は言いたくないが、どうしてあんな小説が評価されているのか不思議でござる」

「あれ、そうなのか?」


 大輝たちに聞こえないように小声で感想を告げる。

 人間が出来ている田中が、ここまで酷評するとは。


「もちろん面白さとは主観的なものであるから、我が受け付けなかっただけであろう…………たぶん」


 打ち切り作品を面白いと思ったり、神アニメをつまらないと思ったことは誰しもあるだろう。

 面白さとは絶対の基準があるわけではなく、一人一人が持つものさしで判断するものであるため、世間の評価と自分の感想が乖離することは起こり得る。


 ただ田中は極めて一般的な感性を持っていたはずだ。特に世間と外れた評価をすることは少なく、また俺もその感想に同意することが常であった。

 その田中がオブラートには包んだがつまらないと言った。なら世間にもつまらないと思われているという予測が成り立つ。

 だけど『あろう』で日間一位を取るほどの作品がつまらないなんてことがあるのか……?




「ん、大輝さんのスマホに通知来てるっすよ? えっと……相互評価クラスタ……?」

「あ、それは……」


「おーいおまえたち、もう朝のホームルームだぞ。スマホは電源切れよ、授業中に鳴ったり使ってたら没収するからな」


 取り巻きが何かに気づいて大輝が慌てた瞬間に、担任が教室に入ってきた。

 どたばたと自分の席に戻る生徒たちに紛れて、その一幕が注目されることは無かった。



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