最終話 それぞれの結末
新たな相互評価クラスタ設立の兆候を掴んでいた佐藤たちと違って、円卓会議が炎上を知ったのは少し遅れたタイミングだった。
その少しが致命的となった。
『円卓会議』
<カスミが退会しました>
<委員長、爺がログインしました>
『緊急の円卓会議を始めます』
『事態は掴んでいるようですな』
『爺の方こそ』
『カスミ殿の退会……円卓会議のログが流れていたことから想像できていましたが、どうやら はカスミ殿のようですな。委員長殿が強引に幹部に昇格させたメンバーでしたが……』
『それよりも大輝です! あいつは馬鹿なんですか! この相互評価クラスタが噂されている状況で派手に動いて!!』
『その大輝殿を煽っていたのは委員長殿でしょう。もう少し気持ちを抑えることは出来なかったのですか?』
『そんなこと出来ますか! あっちが先に僕を馬鹿にしてきたんですよ! こちらが馬鹿にするのは正当な権利です!』
<大輝がログインしました>
『ふふっ、華麗に僕参上! ところで見たかね、今日のランキングを。宣言通り実力で一位に返り咲いた僕の作品を! 何か言い返すことはあるかな、委員長?』
『やっと来ましたか、この馬鹿は! 大炎上です、知らないわけがないでしょう! 実力じゃなくて新たな相互評価クラスタの力でしょうが!!』
『……? はて、何のことで』
『とぼけても無駄です! 大炎上と言いましたよね! おまえの悪行は全部晒されていますよ!』
『はは、冗談を。僕はいつも作品の力だけで勝負をしている。それだけで十分にランキング上位に行けるからな』
『……虚栄心の塊な上に、虚言癖まであるのですか。救いようのない馬鹿ですね』
『根拠も無しに否定する委員長の方が虚言壁があるのではないか?』
『ったく、ガキどもがうるせえんだよ!! 相互評価のために我慢してきたが、もう限界だ! これ以上ガキの喧嘩に付き合ってられるか! 俺は巻き込まれないように退散させてもらうぞ!!』
<爺が退会しました>
『爺……偽っているとは思っていましたが、想像より攻撃的な人でしたか』
『……な、何が起きているんだ? 爺が退会……それにカスミも退会しているではないか?』
『今さら事の大きさに気づいたんですか。一周回って呆れるますね。あろうを話題にするネット掲示板にでも行ってみてください。全部分かりますよ。創始者である僕が逃げるわけにはいかないので最後まで残るつもりですが、出版社の方から連絡するように言われてるので一旦落ちます。それでは』
<委員長がログアウトしました>
『ぼ、僕は何をしでかしたんだ……?』
<大輝がログアウトしました>
大炎上による一般ユーザーと相互評価クラスタ民が言い争う状況は数日続いた。主な言い分が前者は「相互評価許すまじ」に対して、後者は「別に規約違反ではないだろ」であった。
しかし、この問題を重く受け止めた運営が規約を変更。相互評価を禁じると改訂すると、大義名分を失った相互評価クラスタ側は敗走する。
愛葉はいち早く告発したことと実際には相互評価を受けていなかったことからお咎めは受けなかった。
一方大輝は騒動の発端だけあって非難が殺到しユーザー退会に追い込まれ、委員長も書籍化の中止、逃げの手を打った爺も結局はバレて作品を公開停止したという。
そして。
「竹本、僕に何か言うことがあるはずだよね?」
「委員長……」
書籍化が中止になったところにさらなる追い打ち。委員長の作品を勝手に公開していることが本人にバレてしまった。
相互評価の炎上はネット上で大きな問題となった。別の友人から「これ委員長って名前だけど本当に委員長が書いた作品だったら面白いよな」と冗談混じりにスマートフォンの画面を見せられたことで判明したようだ。
「竹本にしか見せてないはずの作品がネットに公開されてて驚いたよ。同時にこの事態が誰によるものなのかもすぐに分かった」
「ごめんなさい!!」
「……僕が言いたいことは一つだ」
ぎゅっと目を閉じ、うつむいて裁きの時を待つ俺に言葉が告げられる。
「ありがとう」
「……え?」
「僕の作品を世に広めてくれてありがとう」
「……ち、違う。俺は自分の薄暗い欲望のためにおまえの作品を利用してしまって……」
「だったらどうして委員長を名乗っていたの?」
「そ、それは……」
「おそらく利用している部分もあったんだろう。でも名前を使っていたことからして、僕の作品を広めようって考えもあったんじゃない?」
「…………」
「それに僕が小説を書こうと思ったきっかけはおまえだった。あの小説だっておまえだけのために書いたつもりだった。それをどう利用しようと勝手だよ……まあ流石に一言くらい断って欲しかったけど」
「どうして……委員長は怒らないんだよ」
「いっぱい感想が付いていたからかな。読んでてとても嬉しくなった。いやはや僕の作品があそこまで人気になっていたとは驚いたね。方法は褒められたものじゃないけど、ここまで多くの人に読んでもらえたのは竹本のおかげだよ。
騒動のせいで作品は公開停止まで追い込まれたみたいだし、新しい作品を作ろうかな。竹本、協力してくれるよね?」
委員長が、山下が手を差し伸べる。
「もちろんだ……!」
俺は親友の手を握り返した。
「………………」
昼休み、屋上へと通じる階段。屋上は開放されていないため、中々人が来ないその場所で富美田大輝は一人昼食を取っていた。
小説家であろうにて実名で活動していたことが災いし悪評はネットだけでなく現実でも飛ぶように広まった。作品の感想に罵倒コメントが投下されようと流していた大輝も、流石にここ数日の出来事はキャパオーバーのようで、最近は昼休みの間この場所に逃げるように避難している。
「ここにいたんすか?」
「ひっ……!?」
その逃亡先で声をかけられた。階段を上ってくる音は三つ。その主は自分をやたらと褒め称えてくれた取り巻きの三人だ。
「ようやく見つけましたよ」
「な、何のようだ、三人とも」
数日の間にすっかりとメッキは剥がされた。あるのはむき出しで等身大の自分。
そんな小さく見えるはずの自分に文句を言われるのではないかと身構えて。
「何の用……って、最近大輝さんが元気ないようで心配したんですよ」
「……え?」
三人の目に映る感情は自分への心配。
「そうっすよ。まあ事の大きさだけに落ち込む気持ちは分かるっすけど」
「君たちは……僕に失望したんじゃないのか?」
「失望……というと、そりゃあちょっとズルしていたのは許せないですけど」
「それでも僕たちは大輝さんの小説をまた読みたいんです。あんなに面白い作品をまた読みたいんです」
「……」
そうだ。
この三人は底辺作家として細々とした活動を続けていたときに、見つけてくれて読んでくれて感想を付けてくれた……僕の最初のファンだった。
なのに僕はそんなことも忘れて相互評価に手を染めた。自分の承認欲求を満たすために。
大勢の人に受けたいと思うのは当然だ。でも身近な人を楽しませるのはもっともっと重要なことだ。
「ふふっ……三人ともすまなかったね。たった今を持って僕は復活した! すぐにみんなを感動させる作品を読ませてやろう!」
「おおっ、その自信!」
「それでこそ大輝さんです!」
「楽しみにしてますよ!」
その後、富美田大輝はこのどん底から這い上がるのだが、それはまた別の話。
ある日の昼休み、空き教室。
「よっしゃぁ!! 総合日間ランキング7位!! これ結構いいんじゃねえか!!」
「拙者のクラス召喚モノも順調にポイントを集めているでござる!!」
「いいなぁ、二人とも。私はもうちょっとプロット整理しないと。頑張るぞ!」
すっかり習慣となった三人の集会。佐藤と田中が嬌声を上げる中、それを見て愛葉も奮起の心を燃やす。
「ランキング上位から相互評価が一掃されて順調に順位を伸ばしてるぜ」
「佐藤君の俺TUEEEも目立ってきたから、設定をパクったような小説も散見されてるね」
「あーそうなんだよ。まあ今のところ俺より人気な作品は無いみたいだけど、既に人気を得ている人が参加してきたら難しいかもな。まあいずれは元の世界と同じように俺TUEEEで溢れるんだろうけど」
「元の世界……?」
「あ、言ってなかったか」
愛葉さんがきょとんとした顔をしたところで、未だに俺が体験した世界の変革について話していなかったことに気づく。
いい機会ということで、俺は元の世界について、俺TUEEEが元々はその世界で流行っていたことや、相互評価クラスタがとっくに無くなっていたこと、悪役令嬢モノの知識もそこからのアドバイスだということを伝える。
「現実的じゃない出来事だけど……なるほど佐藤君が俺TUEEEという画期的なものを何故開発出来たのか不思議だったけど、そのまま持ち越したってことか……」
「その言い方ですと、佐藤氏に俺TUEEEを思いつけたはずが無いという意味合いになりますぞ?」
「え、あっ、ごめん! いや、けなすつもりじゃなくてね……!」
田中の言葉であたふたする愛葉さんに、俺は苦笑を浮かべて返す。
「まあその疑問も当然だ。そもそも元の世界では俺だって底辺作家だったからな……こうやって記憶チート出来たから人気作家になれただけで……そういう意味じゃ相互評価の力で成り上がったやつらを悪く言う権利は無いのかもしれない」
ずんずんと心が沈んでいく。
ここ最近ずっと心の奥底で燻っていた思い。
俺は人気作家になる権利があるのか……考える度に自分にはそれが無いように思えてくる。
「何言ってるの? それとこれとは話が別でしょ?」
「え……?」
愛葉さんがあっけあかんとして言う。
「もしかして気づいていないの? 佐藤君の立場から一番俺TUEEEする方法」
「ど、どういうことだ? 俺TUEEEが無くなった世界で、俺TUEEEを書いたことによって、十分に俺TUEEEしていたと思うが」
「いや。一番早いのは、無くなった俺TUEEEの人気作品をそのまま連載することだよ」
「あ……」
目から鱗が落ちるとはこのことだった。
「だってこの世界からは全ての俺TUEEE作品が無くなっているんでしょ? だったら例えば元の世界の累計総合ランキング1位の作品をそのまま自分の作品だってことにしても誰にもバレないじゃん。累計1位を取るくらいだから面白さもお墨付きだし、相互評価クラスタも蹴散らして楽に人気作家になれたんじゃない?」
「言われてみればそうだな……」
「でも佐藤君は今の反応を見る限りその方法を考えもしなかったんでしょ? テンプレを使ったとはいえ自分の作品を執筆して戦った。
それは立派な小説家の証拠だよ。少なくとも作品の面白さ以外で人気になろうとした人たちとは比べものにならないくらいにね」
「…………」
愛葉さんの言葉が胸にすーっと染み渡った。
この世界に来てからいつもどこかで感じていたもやもやが晴れていくようだった。
「ありがとうな……」
「……ん、どういたしまして。まあ佐藤君には先に助けてもらってたし、借りは返せたかな」
照れたように頬をかく愛葉さんをじっと見ていると。
「……何か拙者お邪魔でござるか?」
「あ、田中いたんだ」
「酷くないでござるか!?」
オーバーリアクションで空気を温めてくれる我が親友。
「……よしっ!」
拳を握りしめて小さく気合いを入れる。
さっきまでとは違う自分になれた気持ちだ。
気持ちも前向き。
今ならいい小説を書けそうだ。
「俺はやるぞ!!」
「へ、何をでござるか……?」
「ふふっ、頑張ろうね」
急に声を上げた俺を奇異な目で見る田中と、心持ちを察した愛葉さん。
二人の親友、いやWEB小説界を共に征く二人の戦友を前に俺は宣言した。
「俺たちの執筆はこれからだ……!!」
「……いや、拙者の始まったばかりの作品にそんな死亡フラグ建てないで欲しいでござる!!」
「私はまだ始まってもいないけどね」
「ったく、二人ともノリが悪いな」
「いや、ノリとは……」
「意味不明だけど……まあ」
「「「ふふっ…………あはははっ!」」」
しばらく空き教室からは笑い声が絶えなかったという。
<完>
というわけで完結です。最後までありがとうございました。
久しぶりに小説書きましたが、この作品を考えるときの自由さはやはり楽しいです。
ただ自由にやりすぎて話がとっちらかったきらいがあるので、ここは反省して次に生かしたいと思います。
また会えましたらよろしくお願いします。
それでは。




