20話 委員長
「おはよー、委員長」
「今日も早いな、委員長」
「よっす、委員長」
朝の教室、登校したところで向けられた挨拶。
「おはよう、みんなも早いね」
人畜無害さが表れていると友達にいつもからかわれる笑みを浮かべながら僕は答える。
僕の名前は山下。
ただ学級委員長を務めているせいか、みんなからは『委員長』と呼ばれることが多い。
朝のホームルームが始まるまでは今日の授業の予習。
ホームルームでは委員長として号令をかけたり、教師に頼まれてプリントを配ったり。
授業は真面目に受ける。居眠りなんてもってのほか。
休み時間はノートを整理したり、次の授業準備を。
そして昼休みは友達と一緒にご飯を食べる。
「ったく、おまえは本当真面目だよな!」
「もう聞き飽きたよ」
一番の親友、竹本が僕を指さして、口にごはんを入れたまま話す。二重に汚い。
「高校生活は一生で一度なんだぞ。楽しまないでどうする」
「これでも楽しんでるよ」
「部活もしない、彼女もいない、放課後寄り道もせず塾に行く、今時スマホを持っていない。それで楽しんでるっていうのかよ」
「彼女がいないのは竹本もだろ」
「うっせ」
僕のカウンターに竹本は渋面を作る。
確かに他の人に比べると灰色の青春なのかもしれない。
それでも僕は満足している。
……と、思いこまないとやってられなかった。
『おまえは私の病院の跡取りだ。必ず医者になれ』
父の言葉が蘇る。
『そうよ、あなたの人生は医者になるためにあるの』
母の言葉が蘇る。
医者になるには当然のことだが大学の医学部に通らないといけない。難関さは誰しもが知っているところだろう。
そして僕の成績は平凡だった。
竹本の言うように高校生活の大部分を勉強になげうって、ようやく中の上の成績を取るような要領の悪さ。
もちろん上の上を求める両親からは褒められたこともない。
逃げ出したいときもあった。
でも、どこに逃げればいいというのか。
頭が悪い僕には分からなかった。
逃げる意志を失って久しく。
慣れてきたのか鳥かごの中も居心地が良く感じるようになった。
ただ外の景色を見たときに感じるもやもやだけはいつまでも無くならない。
この気持ちは何なんだろうか?
ある日、参考書を買いに向かったいつもの本屋。
でも直近に内装を変えたのか、目当ての参考書のコーナーが見あたらずさまよう羽目になった。
そこでふと見つけた本。
『小説家であろう』発と大きく帯にかかれた本。
それを手に取ったのは本当に偶然だろう。
僕は初めて出会ったその刺激的な面白さに魅了された。
気になって調べてみると『小説家であろう』とは素人でも投稿できるWEB小説サイトだと分かった。
「…………」
素人でも……なら、僕にでも?
「……おいっ!」
「っと、どうしたの、竹本」
「どうしたの、じゃねえよ。さっきから話しかけてただろうが」
「ああ、ごめん。ちょっと物思いをしていて」
親友の声に回想から引き戻される。
「おまえは本当一度集中すると中々戻ってこねーよな」
「集中力は僕の武器だからね。出来損ないがそこそこやれるよう最低限の」
「あんま自分を卑下するなって」
「あ……ごめん」
過去に引きづられて自己否定の言葉が出てしまう。
「…………」
そうだな、思えばあのころはずっと自分のことを否定してばかりだった。
でも、今は違う。
満足していると思いこまないとやってられなかった、のは過去形。
今は十分に満足している。
「それで今日は見せてくれるのか?」
「うん、この前の続きがちょうどキリのいいところまで進んでね」
親友の催促に僕はカバンからノートを取り出す。勉強道具の詰まったカバンの中で、唯一勉強に使っていないノートだ。
「ちょっと読ませてもらうぞ」
「…………」
ノートを開いて読みだした親友を緊張の面持ちで待つこと数分。
「……ん、今回も面白いな」
「本当!?」
「ああ、まさかあの伏線がここに繋がってくるとは思わなかった」
「でしょ? それは結構練ってた展開でね……」
おこづかいなんて無いから、昼食を抜いて、電車ではなく歩いて帰って、そうやって少しずつお金を貯めて、親には内緒で買い集めた『小説家であろう』発の本たち。
それらを参考にノートに書いたのが僕の小説。僕の作品。
小説の中でなら僕だって自由に世界を羽ばたくことが出来る。
もやもやはいつからか感じなくなった。
「ちょっとゆっくり読みたいから今日もこのノート持って帰っていいか?」
「うん、いいよ。昨日無理して書き進めた分、今日は課題を進めないといけなくて書く暇なさそうだし」
「そっか、サンキュー」
親友の竹本。小説家であろうがどういうところか教えてもらったのも彼だった。
勉強第一の両親は当然ながらスマートフォンもパソコンも買ってくれない。僕の家にネットが繋がるものは存在しない。小説家であろうがどんなところなのかも聞くしかなかったのだ。
だから書いた小説をネットに上げることも出来ない。こうやって親友に見せて、感想をもらうのが精一杯。
あろうに投稿すれば世界中の人に読んでもらうことが出来るらしい。でも僕の作品は親友の竹本にしか届かない。
それでも構わなかった。
僕に素晴らしい世界を教えてくれて、一歩踏み出す勇気をくれた親友――。
『小説家であろうに興味があるなら、おまえも書いてみればいいじゃねえか』
『え!? そ、それは……素人でも書けるみたいだけど、でも僕みたいな人が書いても……』
『誰だって最初は素人なんだよ。委員長みたいなガリ勉が書く小説とか気になるし書いてみろって』
『……そ、そこまで言うなら書いてみるよ』
竹本に届くなら満足だった。
――だからこれは俺、竹本に与えられた正当な権利だ。
委員長から受け取ったノートに書かれた作品をパソコンに打ち込む作業もようやく完了。
その作品をユーザーページを開いて次話投稿のページに張り付ける。
ちょうどそのときは自分の作品を否定されてムシャクシャしていた。
今時ネット環境のない親友が小説家であろうのことを聞いてきたから、おまえも書いてみろとけしかけた。その作品を笑い飛ばして気分を晴らすつもりだったのだ。
『それで……どうかな?』
『………………』
でも後日、委員長が持ってきた作品に俺はぐうの音も出ないほどに打ちのめされた。
この作品つまんねえな、と嘘を吐くことも許されないほどの面白さ。
委員長は天才だった。
そもそも決して頭が悪いとは言えない俺の学校で一位の成績を取るようなガリ勉だ。なのに聞いた話両親は認めてくれないようで、自己研鑽を続ける忍耐強さも持っている。
その力を小説に捧ぎこんだところ……怪物が出来上がった。
精緻な世界観、流れる文章、それでいて流行も外していない。初めての作品とはとても思えない面白さ。
気づくと俺と委員長はその作品について語り合っていて。
『あ、でも僕の家ネット環境が無いからあろうに投稿することが出来ないんだよね』
『そうか……なら――』
簡単な話だ、俺が代わりにアップしてやろうか。
続くはずの言葉は――どす黒い欲望に押しつぶされた。
代わりにアップする……しかし、委員長には内緒で。
そうすれば……この怪物を俺の作品だと騙ったところで誰にもバレない。
俺をバカにしたやつら見返すことが出来る。
『…………』
『ん、どうしたの竹本?』
『……ちょっと考え事を。そうだ委員長、このノートなんだけど今日借りてもいいか? 家でも読み返したくてな』
『そんなに気に入ってくれたの!? うん、もちろんいいよ!!』
『……ああ』
委員長の喜んだ表情は眩しすぎて直視できなかった。
バカ正直に投稿しても前作との差で盗作がバレるかもしれない。
準備は入念にした。
委員長の作品を投稿するための新たなアカウントを登録した。
確実にウケるために相互評価クラスタを組織した。
投稿が途絶えないように、委員長からもらった作品が十分に貯まったタイミングで投稿を始めた。
数話進んだところで相互評価依頼をしてランキング一位を取る。
一度目立って読んでもらえれば、あとは面白さの暴力で何もしなくても連日ブクマ、評価、感想が大量に付いた。
そしてようやく念願の書籍化を果たした。
「ははっ……何が『おまえの作品ゴミ』『不快』『消えろ』だ。俺はやったんだ……やり遂げたんだ!!」
僕以外の円卓会議のメンバー、爺、カスミ、大輝の三人。
爺はその老獪さから組織の運営に役立ったし、カスミはその的確なアドバイスから組織のメンバーの忠誠心を高めてくれると思ったので、騙してでもクラスタに引き入れた。
なら当然疑問に思うだろう。
最後の一人、大輝。やつに幹部に見合うだけの力はあるのかと。
答えは否。
やつは優れた作家ではない。ゴミみたいな作品を書いている癖に、自分は面白いと思いこんでいる。相互評価の力でランキングを上がってもすぐに落ちていくのがつまらなさを表しているというのに。
また人間性も非常に子供だ。自分が目立つことだけを考えている虚栄心の塊に、組織の運営上で役立つところは一つもない。
ならば何故幹部にしたのか。
それは俺の前の作品をバカにしたからだ。
クラスタ内では『委員長』を名乗っているからやつは俺に気づいていない。
だが俺は知っていた。絶対に許せない人物の一人だった。
だから幹部として引き上げて、自分の近くに置いた。いつでもバカにすることが出来るように。
「何が近い内にランキング一位に舞い戻る、だよ。もう相互評価クラスタの力を借りることの出来ないおまえにそんなことできるわけねーだろ」
大輝がこの前の円卓会議で言っていた世迷い言を笑い飛ばす。
「俺は書籍化した。やつは書籍化出来ていない。つまり俺の勝ちなんだよ!!」
気分はとても爽快だった。
全ては順調に進んでいる。
俺はこのまま人気作家街道を驀進するのだ。
その翌日。
富美田大輝の小説が、ランキング外まで落ちたはずの小説が、突然打ち上がり日間総合ランキングの一位を取る。
これが全てを巻き込む嵐の始まりであった。




