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2話 変革した世界で欲望のままに執筆を始める。

 変革した世界の影響は大規模ながら局所的であった。


 だから帰ってきた両親に起こされ、テレビを見ながら夕飯を食べて部屋に戻り、いつもの習慣で『小説家であろう』のページを開くまで佐藤翔太は気づくことが出来なかった。




「あれ、俺の投稿小説履歴が消えているんだが……」

 ユーザーページに表示される今までに書いた作品。人気が出なかった『俺TUEEE』系の流行を後追いした作品がずらっと並ぶはずのそこが空白になっている。


「変だな……運営がやらかしたのか?」

 俺は運営からのお知らせに目を通すが、そのような障害が起きた事による謝罪文は無い。だったら今発生したばかりの不具合なのだろうか?

 疑問に思いながら『あろう』をさまよっていると……それ以上におかしな事態を発見した。


「あれ? ランキングに『俺TUEEE』が無い?」


 表示した日間ランキングのページに『俺TUEEE』系統の作品が存在しないのだ。

 寝る前に見たときはたくさんあったのに……この短時間でランキングが入れ替わったのか? そんなシステムだったっけ?

 悲しいことにランキングに絡むことのない底辺作家のため詳しい仕組みについて気にしたこともなかった。


 念のために週間や月間、四半期、年間、累計と全てのランキングも見るがどこにも『俺TUEEE』の小説は無かった。『努力チート』や『弱いけど最強』や『追放モノ』などの派生ジャンルも含めて同じ状況である。

 ランキングを歩けば『俺TUEEE』に当たる、と言われるほどに流行しているジャンルなのに、一つもないのはおかしい。


 これも含めて不具合なら大規模な問題だ。SNSで誰かが騒いでいるだろうと見るが誰もその話題に触れている様子はない。


「………………」


 何が起きているのか、それとなく気づき始めた。

 それでも早まった結論を出さないように、検索エンジンを使ってネット上で調査する。

 しかし、その行為は疑念を確信に変えるだけだった。




「ここはもしかして『俺TUEEE』作品が存在しない世界なのか……?」




 言葉に出して現状を理解する。

 寝る前と後で世界が変わっている。今いるのは異世界だ。

 俺のような底辺作家が書いたものから、アニメ化した人気作品まで『俺TUEEE』作品が一つ残らず存在していなかったことになっている。

 例外はそうだと認識できる俺の記憶だけだ。


「なんて馬鹿な……どうせ寝る前の妄想が原因で夢を見ただけ……って、痛っ……」

 頬をつねってみると痛みを感じた。何よりこうも意識が明確なのに夢を見ているとは思えない。


「え、じゃあ現実なのか……?」

 だとしてもどうしてこんな事態に? 一体何が起きたというのか?


 沸き上がる当然の疑問。

 しかし、作家として抗えない欲望がそれを押しつぶした。




 この世界で『俺TUEEE』作品を書けば初めての作品となる。


 流行の後追いではないどころか――。


 上手くいけば俺の作品が流行の発信源になるのだ。




「……やっべえ、こうしちゃいられねえ!! 今すぐにでも書かないと!!」


 俺はユーザーページの小説執筆機能を立ち上げる。

 時間が惜しかった。

 今まで存在しなかったとしても、これから先もずっと存在しないとは限らない。

 今この瞬間に、この世界の誰かが『俺TUEEE』を思いつく可能性は否定しきれないのだ。

 それが投稿された時点で、俺の作品は後追いとなってしまう。


「せっかくのチャンス……潰すわけにはいかない!!」


 幸いにも作品のアイデアはあった。

 細部まで練って考えていたが、あまりにもテンプレだとボツにした異世界召喚モノのアイデアが。


 しかし、この世界にはテンプレが存在しない。

 いや、俺の作品がテンプレになるのだ。


 早速冒頭のシーンから書き始めるが……。




『異世界に召喚された。

 これが話に聞く異世界召喚か!

 さあ、何のチートスキルを授かっているだろうか!?』




「あ、これだと説明不足か」


 元の世界でありふれていたこの書き出しは駄目だ。

 この世界では異世界召喚なんて初耳だ。その際にチートスキルをもらうのも当たり前ではない。

 洗練された文化の先の省略表現は前提を共有しているから成り立っているのであり、この世界では読者を置き去りにしてしまう。


「ここは昔の表現で行くしかないな」




『主人公がトラックに轢かれた!

 と思ったら変な世界にいて、目の前には人が立っている。

 私は神様です。あなたは間違って殺されました、ごめんなさい。

 はあ、おまえが神様? つうか、ふざけんな!

 元の世界には戻せないので、異世界に転生させましょう。お詫びとしてチートなスキルを授けます。

 何言ってんだ? ……うわああああっ!!』




「……懐かしいな、この感じ」 

 事故る状況から、神様との会話があって、転生するだけで一話かかるペースだ。

 元の世界なら途中でブラウザバックされているだろう。

 だが、この世界なら大丈夫なはずだ……たぶん。


「さて続きは……主人公はだだっ広い草原で目覚めて戸惑っていると、近くでヒロインが魔物に襲われていて、チートなスキルで撃退して、ヒロインにこの世界の説明をされながら近くの町まで連れられて、その町の冒険者ギルドに行って……わーお、驚くほどにテンプレ展開」


 手垢の付くほどやりつくされている展開が、この世界には存在しない。

 だから新鮮に思ってもらえるはずだ。

 とはいえ……。


「いや、考えるのは後だな。まずは十分な量を執筆して、さっさと投稿しないと。後追いになるわけには行かない……!」




 その後もテンプレに添いながら進行させる。

 気を付けるのは爽快感だ。主人公は絶対に危機に陥らない。読者にストレスをかけさせないためだ。

 強そうに出てきたキャラを踏み台にして、新たなヒロインを登場させて惚れさせて……。


 執筆を進め続けて、気づいたときには深夜。時計の短針が12を指そうとしていた。


「あー明日も学校だしここまでだな……」


 異世界ではあるが『俺TUEEE』作品が無くなったこと以外は元の世界と変わっていない。俺は男子高校生で明日が平日となれば登校しないといけない。


 現時点での執筆量は9000字ほど。21時くらいに執筆を始めたから3時間ほど経っていて……1時間ごとに3000字か。

 アイデアがあったのとテンプレ展開を使ったとはいえ、ここまでのペースは初めてだ。何故ここまでのスピードが出たのか。


「やる気が違うからだろうな……」


 この作品が読者に受けるという自信がある。そうするとやる気が出るもので、筆のノリが良かった。

 最近はどんな作品を書いていてもどこかに『この作品もまた読まれないだろうな』と不安がちらついていたのがやる気を削っていた。

 こんな感覚、初めて作品を書いたとき以来だな……あのころは自分の作品が面白い、人気が出るに決まっていると信じて疑ってなかったし……。


「っと、物思いにふけている場合じゃない」


 すぐに寝たいところであったが、ここに二つの選択肢があった。

 今書いた作品を投稿してから寝るか、明日もう一回見直してから投稿するかだ。


 普通に考えると後者を選ぶべきだ。

 小説を書いたことのある人なら分かると思うが、気を付けながら書いたとしても絶対に誤字脱字は存在する。本当不思議に思うほど絶対だ。

 また一旦時間を置くことで客観的に作品を見ることが出来る。書いているときはどうしても主観的になるもので、後から見返すと『あ、これ読者から見ると説明不足だな』という点に気づけるのだ。

 明日見直せばそういう点を修正してから投稿できる。


 しかし、最初に思ったようにいつこの世界に『俺TUEEE』作品が生まれるのか分からない。

 もしかしたら今夜かもしれないのだ。そうなったら悔やんでも悔やみきれないだろう。

 だったら一秒でも早く、今投稿した方がいい。


「どうするか……」


 悩ましいところだ。両者のメリットデメリットを深堀りしていく。

 今までこの世界に存在しなかった作品がちょうど今夜に投稿されるなんてことあるはずがない。が、無いと言い切れることでもない。

 誤字脱字があったとして後から修正すればいい。わざと誤字脱字を残すことで、指摘と同時に感想を書いてもらうというテクニック……いや、小狡い手段もあるくらいだ。

 後から見返すことで客観的に見れるが、それはそれでドツボにハマる可能性がある。『この単語はおかしいか? この表現はおかしいか? この描写はおかしいか?』と細かなところが気になりすぎて修正を繰り返してしまうのだ。それで作品のクオリティが上がるのならいいが、往々にして修正したところは読者にとってどうでもいい部分だったりする。

 と、なると……。


「ああもう、こういうときは勢いだ! 投稿、投稿!!」


 わずかに今投稿する方に天秤が傾いたため、それ以上の思考は打ち切って投稿することにした。というか早く寝たい。

 俺は考えておいたタイトル・あらすじを合わせて一話目を、続けて区切りの良い三話目まで連続で投稿する。

 そこで力尽きたため、そのままベッドにダイブした。




 こうしてこの世界で初めての(はずの)『俺TUEEE』作品、『トラックに轢かれて死んだと思ったら、神にチートなスキルを与えられて、異世界に転生した』が公開された。

 ……タイトル長いな。でも分かりやすさは大事。



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