19話 相互評価クラスタ潰し隊
田中とのやりとりはその後も続いた。
作品の全体の流れや文法などの細かいところを指摘する。
『なるほど。思った以上に直すところがありそうですな』
『責任逃れみたいでかっこ悪いけど、俺の指摘全てを鵜呑みにするんじゃねえぞ。俺だって一読者でしかないんだからな。最終的には作者の判断だ』
『分かっているでござる。そもそも翔太氏は幼なじみの友梨のキツさをどんどん取ろうとするでござるからな。そこが魅力でござるのに』
『一般ウケを考えてだ。そっちがドSヒロインを推したいなら俺の意見なんて聞き流せ』
『分かったでござる』
作品に関してのやりとりは終了して、そのままアプリを落とそうとした時点で俺はすっかり忘れていたことを思い出す。
『そういや田中に言ってなかったな。相互評価クラスタ潰しについてかなり段階が進んだ。とりあえずおまえの潜入作戦は中止だ』
『え!? 何事でござるか!?』
初めての情報に田中の驚きの言葉が返ってくる。
俺は昼間、愛葉さんが相互評価クラスタの一員でその協力の取り付けに成功したこと、愛葉さんから聞いた小説家であろう連盟の現状、彼女に内部告発をさせようとしていることなどを一通り話した。
『なるほど愛葉氏が……同じクラスなのに一度も話したことは無いでござるが』
『俺も昨日までは話したことなかったな』
『しかし拙者が潜入しようとしたのも対策されていたでござるか。今日もまたコピペで底辺作家の愚痴を色んな場所に張ったでござるぞ』
『連絡遅くなってすまんな。つうわけで内部告発は愛葉さんがすることになったから、田中には他の仕事を頼むかもしれない。決まったらまたお願いする』
『分かったでござる』
「よし、これで……ん?」
田中への連絡が終わったタイミングでメッセージアプリが別の通知を伝える。
『やっほー。円卓会議終わったんだけど、今から話せる?』
開いてみると愛葉さんだった。今後のためにと昼間の内に連絡先は交換している。
「噂をしてたら影か。ちょうどいい、田中にも話を聞いていてもらうか」
俺は愛葉さんと田中の二人に事情を説明して、新たな部屋を建ててそこに二人を招待する。ルーム名は『相互評価クラスタ潰し隊』だ。
早速俺含めて三人とも参加したようだ。
『招待ありがとー、愛葉です。佐藤君に田中君、よろしく~』
『田中でござる。愛葉氏もよろしくでござる』
『佐藤だ。改めてこの三人で相互評価クラスタ潰し、やるぞ!』
『お~』
『任せて欲しいでござる! ……まあ現状拙者の仕事は無いのでござるが』
簡単に決起表明したところで、俺は本題に移る。
『それで愛葉さん、円卓会議の方はどうだったのか?』
『円卓会議……中二病的にすごいテンション上がる響きでござるな』
『あ、それに関しては実際ログ見ながら話した方がいいかもね。スクショしてるの張り付けるからちょっと待ってて』
少し間があって何枚も張り付けられた画像をざっと見ながら、愛葉さんの解説を聞く。
『最初の話題は相互評価の依頼だね。誰に相互評価するかは円卓会議が決めているからいつもの話題だよ』
『なるほど、明日はこいつが日間ランキングの一位を取るんだな』
『このような話し合いでランキング一位が決まるとは……何ともな話ですな』
田中が嘆きの言葉を投げる。俺も同じ気持ちだ、真面目に頑張っている作家を馬鹿にしている。
『相互評価を受けれるのは一日で四、五人って決まってるの。あまり多くの人を相互評価しても、その中で争いになって効果が十分に発揮されないからね』
『ちっ、無駄に考えられたシステムだな』
『その後のやりとりを見るに残りの相互評価する人員もスムーズに決まったでござるな』
『これで主な話題は終わりかな。何か問題があったりすればそれに対処したりするんだけど今日は特に問題もなかったし、後いつもならクラスタに入りたいメンバーの承認もしたりするけど今はメンバーの募集は停止してるし』
『内部告発防止のためだったか』
『拙者の行動が無駄だったという話でござるな』
『で、議題が終わったからここから後は雑談だね』
『ここから後って……張られた画像14枚に対して、まだ4枚目だぞ』
『残り10枚全部雑談でござるか?』
『あはは……まあそうなるね』
愛葉さんが苦笑のメッセージを打ち込む。
どうやら思ったより円卓会議では中身のある話をしてないようだ。
まあ相互評価クラスタの幹部会議だしな……相互評価に関する話以外にすることもないわけではあるが。
そこからは雑談を見ながら話す。思った以上に色んな話をしている。
『この爺ってやつは……まんま爺って言葉使いだな。年輩の人があろうで活動しているなんて珍しい』
『正直拙者は臭さを感じるでござるが……』
『爺は本格的な戦記モノを書いてる人だよ。良い作品なんだけど、あろうではマイナージャンルだから伸び悩んでいたみたい。そこに相互評価でランキングに載ったことで多くの人に知られて、以来コンスタントに評価を稼いでいるみたい』
『委員長は書籍化決定してるのか。この作品名読んだ覚えがあるけど、かなり面白かったな』
『拙者も読んだことあるでござる。相互評価しなくても上位に行けたと思うでござる』
『それは私も同感。なんで相互評価しようと思ったんだろう。私は後から入ったから伝聞なんだけど、クラスタを立ち上げたのも委員長らしいし』
『そうだったのか』
『謎でござるな』
委員長の作品は愛葉さんの言う通り相互評価しなくても上を目指せそうなものだった。
なのに何故相互評価したのかというと……書籍化を早めるためか? 確か異例なスピードで書籍化が決まっていたはずだ。
それに委員長は愛葉さんに悪意を植え付けて相互評価クラスタに騙して参入させた人物だ。
以上からして合理的で手段を選ばない人物だと思われる。
だが……その作品を思い返してみると、読みとれる作者像は思いやりのある人間だった。
このちぐはぐさは……一体……。
『後の雑談は書籍化が決まった委員長と最近ランキング圏外になることも多くなった大輝君が大喧嘩して、私と爺が仲裁する流れだね。ここ最近ずっと繰り返してるかも』
『そういや大輝の作品ランキングから外れてたっけ』
『そうなのでござるか? 拙者最近新作の準備に忙しくて、情勢には疎いでござる』
『新作? 差し支えなければ後で見せて欲しいなー。大輝君の小説は……まあ、その……個性的だからね。一般に受けるのは難しいよ』
『愛葉さんのアドバイス的確だから見せといた方がいいぞ。ていうか愛葉さんの評価は下手な悪口よりもきついな』
『そうでござるか、後でファイル送るでござる。大輝氏の作品は拙者もギブアップしたでござる。ランキングに載ったのも100%相互評価クラスタの力でござろう』
メッセージアプリあるある、同時に複数の話題が進む。
田中の新作を愛葉さんに見せるのと大輝の作品の酷評が並んで少々カオスだ。
『でもちょっと気になることがあるんだよねー。大輝君の今の作品が総合1位を取ったのは知ってるでしょ? あれは連盟の全メンバーで相互評価したおかげなんだけど、その次の日も3位を取っていたの。普通ならかなり落ちるのに変だなーって思って』
『あー言われてみれば相互評価した並のポイントを、次の日も稼げるのはおかしいな。そこまで面白いなら相互評価を頼らなくても上位に行けるはずだ』
『今ランキング圏外になっていることからしても、そこまでの力がないことは明白でござるね』
『でしょ? だから気になって聞いたけど、はぐらかされたんだよね』
愛葉さんの疑問に俺は一度返信の手を止めて考える
「ふむ……」
ユーザーは同じ作品に二回ポイントをつけることは出来ない。なのに大輝は二日連続で相互評価された並のポイントを手に入れられた。
その方法は……。
『もう一つ相互評価クラスタに入っているから……か?』
『それはどういう意味で……?』
『……なるほど。言われてみれば『小説家であろう連盟』が相互評価したもの以外に不自然に上がってる作品はあるもんね。これだけの旨い汁を吸う方法、私たち連盟以外にも実践している人がいて当然か』
『ああ。それで大輝は連盟の力で1位になった次の日、自身が所属している他のクラスタに相互評価を依頼した。違うユーザーならポイントを入れてもらうことは可能だからな。これが1位と3位連続で取れた理由だ』
『感心するほどの悪巧みでござるな』
田中の言うとおり本当に悪知恵の働くやつだ。
狙いはおそらく……連盟の愛葉さんは大輝が自分の力で相互評価並のポイントを稼げるじゃないかと騙されそうになっていた。相互評価をしたと知っている人間にも、自分は実力で稼げると見栄を張るためだけにこんなことをしたってところか。
「虚栄心の塊のようなやつだな」
だとしたら今のランキングから落ち掛けている現状を大輝は良しとしないだろう。やつはどうするつもりなのか?
俺は円卓会議の雑談、委員長と大輝が言い争っているログを漁って興味深い箇所を見つける。
『それで大輝。あれだけの啖呵を切った君の作品はいつになったら書籍化するのかな?』
『っ……それは』
『ついには日間総合ランキングからも落ちたその作品でまだ頑張るつもりかい? そろそろ新作転生するのかな? まあでも新作を用意している間に僕の書籍の発売日を迎えるだろうね』
『……近い内にまたランキング一位に舞い戻る。そしたら出版社も声をかけるに決まっている』
『そうか。この場面でも強気の発言を出来るのは才能だね』
このやりとりから大輝が次に取る行動を推測すると……。
『田中、おまえにやって欲しいことがある』
『ん、急にどうしたでござるか?』
『愛葉さんも早めに内部告発の証拠を集めて、いつでも出来るようにしておいて欲しい』
『何か気づいたの、佐藤君?』
『ああ。一週間以内に決着を付けるつもりだったが……それより早く状況が動きそうなんだ』
俺は田中と愛葉さんに予想を話す。
嵐はすぐそこまで迫っていた。




