17話 内情
愛葉さんは悪意から解放された。
しかし、悪は滅んでいない。
相互評価クラスタが無くなったわけではないからだ。
私怨から潰そうと思っていたところに、愛葉さんにした仕打ちを聞いてさらに動機は強化された。
ちょうどいいことに、愛葉さんを味方に付けたことで状況は格段的に進むはずだった。
相互評価クラスタを潰すための内部告発、それを行わせることが出来る内部の人間との繋がりを得たのだから。
というわけでまずは愛葉さんから所属している相互評価クラスタの情報を聞き出す。すると偶然にも当初の目的もそこにいることが判明した。
「クラスタ名は『小説家であろう連盟』で構成員は約300人ほどか……かなり多いな。そして大輝も所属しているのか」
「うん」
富美田大輝。相互評価クラスタを使い総合一位を取ったあのいけ好かないやつを、当然ながら同じクラスである愛葉さんも知っている。
「あ、でもあっちは私のことを知らないと思うよ。連盟では『カスミ』って名前を使っているけど、世の中にどれだけカスミって名前の人がいるんだって話になるし」
「あいつみたいに現実で自慢しているならともかく、普通は結びつけないよな」
ネットでの友達が現実で近しい存在だった、というのは創作ではよくあるが、現実にはそうあることではない。
……まあ、俺がこうやって直面しているのにそんなことを言っていいのかは分からないが。
「そこで私は幹部ってことになってる。最近入ったんだけどクラスタ内で付けてた感想とか分析が的確だってことで祭り上げられて断れなかったんだよね」
「その幹部たちが連盟を運営しているってことでいいんだよな」
「うん。会議名が……えっと、その笑わないでよね?」
「?」
「『円卓会議』っていうの」
「ぶはっ……いやいやいや、カッコつけすぎだろ、それは!」
「わ、私が幹部になったときにはそうなってたの! しかも大輝君と委員長は気に入ってるのか、変えるつもりが無いみたいだし」
「あー大輝が好きそうな名前だ」
「上下関係がないところから付けられた名前だ、って言ってるのに、最近はその二人がマウント取り合ってギスギスしているし」
「建前もいいところだな」
権力争いから崩れるとか本当に小悪党の組織らしい。
「で、その委員長がこの前の会議で決めたんだけど、現在小説家であろう連盟は新規メンバーを募集してないの。存在が噂されるようになったから、スパイ目的で入ってくるのを防ぐためだって」
「やっぱり対策していたのか」
想定した通りである。
「内部告発で相互評価クラスタの悪行をバラして、騒動に発展させて運営を動かす……それが佐藤君の狙いで、私にやってほしいことなんだよね?」
「ああ。確認するけど、愛葉さん自身はまだ相互評価を依頼したこと無いんだよな?」
「前作が終わってからクラスタに誘われて、まだ新作の準備中だったから、相互評価を受けたことはないよ」
愛葉さんの前作は人気が出なかった。つまりは相互評価によるブーストを受けていないと予想していたが、その通りのようだ。
「相互評価クラスタを潰す際にそこに所属していた人は当然非難される。でも愛葉さんが告発者という糾弾する立場に回って、しかも実際には相互評価を受けていなかったとなればいくらかはその非難も和らぐ……はず」
言葉を濁す。確約は出来ないからだ。
相互評価クラスタにいたやつは絶対に悪だというような流れになってしまった場合、最悪愛葉さんが『小説家であろう』で活動できない事態にまで追い込まれる可能性は否定しきれない。
「分かってる。それでも私はやるよ」
「ごめん。損な役回りをさせて」
「私にしかできないんでしょ。それに今は相互評価クラスタは無くなった方がいいって私も思っているし」
「愛葉さんにかかる火の粉は全部振り払ってみせるから」
「……そう、じゃあ期待しておこうかな」
そうだ、俺に出来ることは何だってやってやる。
こんな騙されて相互評価クラスタに入れられた愛葉さんが被害に遭うのは絶対におかしいから。
「なら早速内部告発した方がいいのかな?」
「いや、しばらくは様子見だ。大体まだ内部告発するだけの証拠も集めてないだろ?」
「あ、それもそうか」
「相互評価クラスタに所属しているメンバー一覧や会話のログ、実際に相互評価を依頼したところなど分かりやすいように画像に残しておいてくれ。集まり次第手順を考える」
「分かった。ちょうど今日『円卓会議』があるし、全部記録しておこっかな」
相互評価クラスタ潰しの目処が立ったな。
今から一週間だ。それ以内にはケリを付けてやる。
「じゃあ話を変えてもいいかな? 私の新作の話なんだけど」
「ああ。アドバイスするぞ」
「前作と同じでドロドロの恋愛劇を書くつもりだったんだけど……それが女性向けでは一番人気だし……でも、私には主人公に嫉妬して妨害したりする悪役令嬢を書けていないってことだったよね。
そういうキャラが必要だってことは分かっている。でも私の中でどうして人に嫉妬したり妨害したりするんだろうってなって、上手くキャラを描写することが出来ないの。……それでもどうにか想像して書くべきってことなのかな?」
作者は想像力を使えば創作物に何でも描くことが出来る。しかし当然ながら想像だけで書いた物はリアリティに欠ける。
俺だって例えば紛争地域の子供たちが何を思って生活しているのかを書け、とか言われたら薄っぺらいものしか書けないだろう。断片的、表面的にしか知らないからだ。
同様に悪意が存在しない愛葉さんが書いた悪役はリアリティに欠けるだろう。空虚なキャラは緻密なドラマを売りにしたタイプの恋愛モノでは足枷になる。
だから。
「ジャンルを変えよう」
「え?」
「重い恋愛モノじゃなくて、コメディタッチの恋愛モノ。それこそが愛葉さんの力が一番生かせるジャンルだと思う」
「……でも、コメディ寄りの作品は今のあろうではあまりウケてないし」
「だったらこれから愛葉さんが流行らせればいい。愛葉さんが開拓者になればいいんだよ」
「開拓者……」
人気を得るために、人気のジャンルを書く。それも正しい。
だがその人気ジャンルだって、最初から人気ジャンルだったわけじゃない。
切り開いた最初の人が必ずいるんだ。だったらそれになればいい。
「でもそんなこと私に出来るはずが……」
「大丈夫。現代ファンタジーが流行っていたあろうで、異世界モノというジャンルを俺は切り開いた。俺なんかに出来ることなら、愛葉さんにだってきっと出来るはずだよ」
「そ、それは過大評価しすぎだよ……」
「まあそうかもな」
「まさかの同意!?」
はしごを外された愛葉さんが驚いてツッコむ。
愛葉さんには力があるがそれだけでどうにかなるWEB小説界ではない。
でも手段はある。
そもそも俺が新たなジャンルを切り開けたのも記憶チートを使ったからだ。ならば愛葉さんにもその記憶チートの恩恵を授ければいい。
昨日愛葉さんの小説を読んだ後、気になった俺は女性向けのあろう小説について調べていた。
するとやはりここにもあろう文化の衰退の影響はあったのだ。
元の世界で人気だったジャンル、今はこの世界から消え去っているジャンルを俺は愛葉さんに提案する。
「悪役が書けないなら、悪役じゃなくすればいい」
「……?」
「乙女ゲーム的な世界観の悪役令嬢役に、現代の主人公が転生した結果、悪役令嬢がどのような顛末を迎えるか知っている主人公はその運命を回避しようと行動する。そんな『悪役令嬢モノ』を愛葉さんは書いてみたらどうかな」
「悪役令嬢……転生……佐藤君、詳しく聞かせて」
愛葉さんの目に光が宿る。作家としての創作欲が刺激されたようだ。
俺は昼休みの時間が終わるまで、愛葉さんに悪役令嬢モノの骨子について伝授を続けた。




