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16話 善意

 悪意無き愛葉さんに植え付けられた悪意を断つ。

 そのために俺は口を開く。


「相互評価クラスタが悪なのに入ったのも、その委員長ってやつに騙されたからだ」

「さすがに私も善悪の区別くらいは付くよ」

「だろうな。でも悪意を知らない愛葉さんは人を疑わない。そこにつけ込まれた。さっき愛葉さんが言った意見、相互評価クラスタが本当に駄目なことなら運営が規約で規制しているはず、してないってことはやってもいい、人気作家になるためなら何でもするそれこそが正しいあろう作家としての姿勢だ……これは委員長とやらの受け売りじゃないのか?」

「……確かにそうだけど」

 愛葉さんはうなずく。

 他人の意見だと認識できるようなので重症ではない。これが洗脳とまで行くと命令を自分で考えたと誤認するまでになる。

 また俺の言葉も届くようだ、これなら……。


「ちゃんと自分の頭で考えるんだ。本当に創作クラスタは善なのか? あろうのランキングは評価やブクマが多く入ったもの、つまり面白い作品から順に表示するところのはずなんだ。なのにシステムの欠陥を突いて、ただ目立ちたいがために相互評価するのが本当に正しいことなのか? それは評価されている作品を読みたいという読者の思いも、他のランキング上位を目指す作者の思いも踏みにじっていることになる」

「………………」

「………………」


 俺は愛葉さんが自分で考える時間を持たせるためしばらく待つ。

 ここで畳みかければおそらく愛葉さんは俺の言葉に従うだろう。だがそれは委員長とやらがやったことの逆でしかない。

 きちんと愛葉さん自身が悪を認識して排除する。そういう経験がこれから先のことも考えると必要なはずだ。

 愛葉さんはポツポツと話し始めた。


「佐藤君の言ったことも分かる……気がする。うん、そうだよね。誰だって人気になりたい、その人気度がよく分かるのがランキング……なのに作品の面白さ以外で上位に行く人がいたら、真面目に頑張っている人が割を食う。

 佐藤君もそうなんだね。革新的で面白いって私も思ったのに、上位勢が相互評価クラスタの作品で埋まっているから上に行けない。そのことをただの事実だと認識してたけど……きっと悔しい思いを抱いてるんだよね?」

「そうだな」

「自分だけじゃない、みんなも頑張っている。だからズルをしちゃいけない――――でも」

「っ……!」


 良い傾向だと思った矢先に告げられた逆説。これは……。


「私ね、昔からおばあちゃんに憧れていたの」

 急に話が変わる。

「おばあちゃんが嘘を吐いたところも、悪口を言ったところも、誰かに嫉妬した様子も私は一度も見たことは無かった。悪意なんて一欠片も存在しないような、そんないつもニコニコしていて相手を思いやっている人だった。その人柄のおかげか、おばあちゃんはいつも多くの人に囲まれていた。

 だから私はそんなおばあちゃんみたいになりたいって思った」

「それが……愛葉さんに悪意が存在しない理由か」

「うん……でもさっきも言ったように私はクラスに馴染めなかった。いつもニコニコしていたらクラスメイトに何を企んでいるのかと疑われて、悪口を言わなかったら腹の中ではどう思っているやらと不気味に思われた」

「……」

 愛葉さんは悪くない。クラスメイトの反応も分かる。誰も幸せになれない話だ。


「そのころ、ふと『小説家であろう』に初めての作品を投稿した。今よりもっと未熟で拙い作品だったけどブックマークが付いて、感想が書かれたときは……今でも覚えている。とても嬉しくて、そして――」

「誰かに受け入れられた気がした……ってわけか」

 俺だってそうだ。初めてブクマが付いて、感想が付いたときの気持ちは忘れられそうにない。

 だけど世界から排斥されかけていた愛葉さんにとっては俺以上の感動だったのだろう。


「私は人気作家になりたい。あの感情を何回も、何倍も受けられるその立場になってみたい。……でも、私じゃ力不足だから。何としてでも人気作家になるためには……この方法しか……」


「そうか……」


 騙されて付けられた悪意にしては親和性が高いと思っていた。

 愛葉さんに悪意は存在しない、しかし欲は存在するということか。

 『人気作家になりたい』という愛葉さんの願いが『相互評価クラスタ』の悪意と結びついた結果こうなってしまった。

 だが現在、愛葉さんは葛藤している。善悪が戦っている。ならば少し後押しするだけだ。


「大丈夫。愛葉さんは人気作家になれるだけの力が十分にある」

「嘘だよ、そんなこと。だって前の作品は全く読まれなくて……」

「あれは少し方向性を間違えただけだ」

「方向性……」

「創作ってのは地図無しで航海するようなものだからな。この船で辿り着くことが出来るのか、目的地はこの方向であっているのか、あとどれくらいかかるのか、不安になる気持ちは分かる。だから俺が灯台になって導くよ。大丈夫、愛葉さんが乗っている船は馬力があるし、目的地に向かって進んでるし、すぐに着くはずだよ」

「………………」


 伝えるべきことは伝えた。これで駄目なら……あーどうしよう。

 黙ったまま考える愛葉さんに、若干焦る俺に点数が告げられた。


「50点です」

「……え?」

「今の比喩に対する点数。船の例えは全般的すぎるって。極論だけど、どのような物事も航海に例えることは可能でしょ?」

「えー……じゃあ地図無しの山登りで、俺がコンパスに……」

「それも同じだって」

「ぐっ……」


 表現力の無さの指摘は創作家として死活問題だ。WEB小説では少ないが、独特な言い回しで地位を築いているプロの小説家とかもいるわけだし。

 落ち込む俺に、愛葉さんは表情を和らげて言った。


「ただ……分かりやすいという意味では良かったよ」

「…………」

「佐藤君。迷走している私の船を導く灯台になってもらってもいいですか」

「ああ、もちろんだ」


 憑き物が取れたような晴れ晴れとした表情。

 どうやら愛葉さんは悪意から解放されたようだった。



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