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13話 分析力

 校舎一階にある今では使われていない空き教室。俺はそこに愛葉あいばさんを誘導した。


「ここなら誰にも聞かれないな」

「ごめんなさい。ちょっと浮かれてた。何の話をするか提示してないのに、場所が大丈夫か聞いても意味なかったね」

「いや。何となくで返事してた俺も悪いし」


 頭を下げるが愛葉さんに非はないだろう。俺だって何の話をするつもりなのか質問するべきだったんだ。


「じゃあ場所も移動したしいいかな。改めて聞くけど、佐藤君って『小説家であろう』で『トラックに轢かれて死んだと思ったら、神にチートなスキルを与えられて、異世界に転生した』を連載しているよね?」


「……ああ、そうだな」


 嘘を吐いて誤魔化すことも考えたが、バレた理由からして回避出来ないと判断し認める。


「やっぱり。四時間目の化学でノートにあらすじ書いてたもんね。二章ってそんな感じに展開するんだ、ネタバレ食らった気分」

「見られてたか……」

「ちゃんと授業は集中しないとだよ」

「板書はきちんとしている」


 相手と声をかけられたタイミングから想定していた通りだった。迂闊ではあったが、偶然隣に座った相手に作品を知られてるなんて普通は思わないだろう。


「でも身近にあの作品の作者がいるなんて思ってなかったよ。思わず気になって声をかけちゃった」

「俺の作品を前から知ってるみたいな口振りだけど……読んだことあるのか?」

「当然だよ。あろうのランキングを分析する上で、今かかせない作品だからね」

「ランキングの分析……?」


 これはまた『小説家であろう』のコアなユーザーのようだ。


「どういう作品がウケているかを分析して自分の作品に生かすためにね。ランキングに載るような作品だと一定の傾向があるから。そんな中佐藤君の作品は異質だった」

「その分析を聞いてもいいか?」




「男向けの作品の主流が現代ファンタジーであることからして、非日常への憧れってのが読者にはあるんだと思う。その欲求をさらに突き詰めたのが佐藤君の作品なんだよね?

 今までもファンタジー作品はあったけど、どうしても主人公に感情移入させるのに高度な技術を要求された。そこを現代世界から転生という形で普通の人間を異世界に行かせることで、主人公が身近に感じられる。

 異世界で普通の人間が活躍できるのかという疑問においては、神からチートスキルを授かることで解決。この授かるって点がポイントだね。たとえば剣道の達人とかなら異世界でも一定の活躍は見込めるんだろうけど、普通の人間という感情移入ポイントからはズレてしまうから。

 そして序盤から主人公が最強ってのも革新的。主人公は苦労して努力して最後に成功してカタルシスを得るって展開がパターン化していたところにブレイクスルーが来たって思ったよ。ストレスを即発散させるこの展開は、考えてみればサクッと読みたい読者層が多いWEB小説に合っているよね」




「………………」


「って、あっ、ごめん……調子乗って語りすぎたね」

「いや……聞かせてくれてありがとうございます。愛葉先生……!」

「先生!? いや同じ生徒だよ、私たち! ほら、顔を上げてよ!!」


 思わず頭を下げる俺に、慌てだす愛葉さん。

 それほどに愛葉さんの分析は凄まじかった。俺がよく考えずに使っているテンプレの意図をここまで明らかにしたのだ。この世界初の『俺TUEEE』だから受け売り無しで全部自分の分析だろう。

 元々頭がいいのだと思うが、それに加えて読者の欲求や反応を的確に捉えている。

 見ている視点からして愛葉さんもかなりの人気作家に違いない。


「愛葉先生も小説家であろうに作品を載せているんですよね?」

「だから先生は止めてって……。この前完結した作品ならあるよ。今は新作準備中だから進行中の作品はないかな」

「是非見させてもらえないですか!?」

「女性向けの作品だから、佐藤君には合わないと思うけど……」

「それでもいいんです!!」

「うーん……まあ、私も佐藤君の作品知ってるしね。佐藤君をお気に入りユーザーに入れてるからそこから辿って。私のユーザーネームは『ラブリーフミスト』だから」

「『ラブリーフミスト』……愛葉さんの下の名前って香澄かすみだったっけ。その英訳?」

「安直だけどね。香澄は同じ音の霞の英訳で取ってるけど」

「あーそういえばそんなお気に入りユーザーもいたような……」


 ここ最近はお気に入りに入れてくれる人が多くて全部把握しきれてない。一人付いただけで大喜びして相互していた昔からすると考えられない出来事だ。


「でもそんなに期待しないでね。前の作品だってそんなに人気出ないまま完結したし」

「……え?」


 あの分析からして愛葉さんはかなりの人気作家だと思ってたのに……ここまで読者を分析できる作家が人気がないとは、何か理由があるのか?


「次こそは、って思ってるけど……どうだろうね? 前回は取ってなかった手段を使うつもりではあるけど……」


 曇った表情を浮かべる愛葉さんに、俺は思わず提案していた。


「だったら俺も手伝おうか?」


「え……?」

「その、ほら何かの縁だし。この人気作家の佐藤様がアドバイスをしてしんぜよう……って」

「…………」

「だだ滑りですね。すいません、調子乗りました」

「ご、ごめん。ちょっと思っても無かった提案で反応が遅れて……というかそこまでしてもらうのは悪いって! 何か私が佐藤君に話しかけたのもそれ目当てだったみたいになっちゃうし!」

「きっかけなんてどうでもいいし、そんな遠慮しなくてもいいと思うけど……してもらうばかりが悪いと思うなら交換条件で俺の作品にもアドバイスしてくれれば」

「それ交換条件になってないって!! だって今でも佐藤君の作品十分に人気じゃん! 私なんかがアドバイスしなくても……」

「いや、さっきの分析は俺も舌を巻くほどだった。愛葉さんは読者の特徴をよく掴んでると思うよ。創作してるとどうしても主観的になってしまうし、ああいう客観的なアドバイスはいくらでも欲しい」

「ううっ……」

 愛葉さんが悩んでいる。さすがに押しつけすぎたか?


「何か無理強いしてるみたいだったな、嫌なら断っても……」

「お願いしても良いですか? 私も自分の作品を多くの人に読んでもらいたいんです」

「もちろん」


 愛葉さんが差し出した手を俺は取る。

 新たな関係が結ばれた瞬間だった。




 ひとまず明日の昼休みもこの場所に集まることを約束して解散する。俺は元々の目的であったスポドリを買うために食堂に向かう。

「アドバイスするためにも、とりあえず愛葉さんの過去作を読まないとなー」

 あれだけの分析を出来る人が人気が出ないのは、やはり何らかの理由が作品にあるはずだ。

「あー今日中に投稿する分を執筆しないといけないってのに、どうして課題を増やしてんだか……」

 とはいえ愛葉さんの分析力を加えれば俺の作品もまた一個上の段階に登れる。そのために頑張ろうと決意を入れて。


「そういえば……前回取ってなかった手段って何なんだ……?」


 愛葉さんが言い掛けていた言葉が少し気になった。










 放課後、愛葉の自宅の部屋にて。


「今までにないジャンルであそこまでの人気を得ていた作者の助言をもらえるなんて……! あーもう明日が楽しみ!」

 今からテンションが上がってしょうがない愛葉はベッドにうつ伏せになって足をバタバタさせている。

「このことをみんなにも……あーでも、どうだろう?」

 時計を見るとそのみんなと約束した時間だ。


 愛葉はデスクトップのパソコンを立ち上げて、チャットルームにログインする。




『ルーム:円卓会議』


『カスミがログインしました』



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