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12話 内部告発

 昼休み。

 俺は田中と作戦会議を開始する。


「それで首尾の方はどうだ、田中?」

「駄目でござる。てんで引っかからないでござるね」

「そうか……」


 話し合うのは数日前に決定した事項、相互評価クラスタを使ってランキングを不正に駆け上がったと思われる富美田ふみた大輝だいきを潰すための作戦である。


 大輝を潰すとはイコールで相互評価クラスタを潰すことだ。しかしこの世界では規約違反ではないため運営も動くとは思えないし、ネットで廃止の気運を高めようにも一市民の俺たちにやれることはたかがしれている。

 大々的なインパクトで相互評価クラスタを叩くための材料を提示するしかない。

 そのために考えた作戦が内部告発だ。


「相互評価クラスタに拙者が潜入して決定的な会話ログを撮りネット掲示板に張り付ける。翔太氏の考えた作戦は中々でござるが……」

「そもそも相互評価クラスタに入れないんじゃ仕方ねえな……」


 相互評価クラスタはクローズドな環境、メンバーしか見ることが出来ないネットチャットで相互評価の指示などをしているだろう。会話ログを撮るためにはメンバーになるしかない。

 またクラスタはネット上でメンバーを勧誘してその勢力を増してきたはず。現実の繋がりだけでここまでのネット小説家を集められるとはとは思えないからだ。

 だから田中には色んな場所で『小説家であろう』で人気が出ないと愚痴を呟くように指示をした。それを見たメンバーが「だったらクラスタに入ってみませんか」と勧誘してくるのを狙って。

 しかし、作戦を開始してから数日経つのに収穫は無い。


「相互評価クラスタが今も活動しているのは違いないはずなんだけどな……ポイントの上がり方が不自然な作品が連日入れ替わり立ち替わりで上位を占めているし」

「そのせいで翔太氏の『俺TUEEE』作品もランキングを上がりきれてないでござるね」

「ああ、そうだな」


 『俺TUEEE』も順調にポイントを集めているが、コンスタントにポイントを稼ぐ作品が毎日あってはランキング上位を取るのは難しい。そしてやはりランキング上位への注目は桁違いだ。

 普通の読者はランキングを上から見て、気になる作品が見つかった時点で読み始めて、そこで満足すれば以下のランキングは見ない者が多いだろうからだ。


「まあ腐らずやっていくさ。俺より評価が上の作品全てが相互評価なわけないしな。実力で上がっているやつもいるんだ、なら俺にだって出来ないはずが無い」

「ストイックでござるね。拙者も見習いたいでござる」

「何おう。おまえだって順調に進めてるんだろ?」

「書き溜めだけするのはやっぱり辛いでござる。読者の反応が無くて」


 現在田中は俺が授けた秘策、この世界にまだ無い『俺TUEEE』のパターン『クラスごと召喚』を使った新作を準備中だ。

 アイデアと骨子になる要素の解説をしたところ非常にノリ気で『クラス召喚』モノを書き進めているようだが、終わりない執筆に疲れ弱音を吐いている。


「頑張れ。やっぱり書き溜めを作ってから投稿開始した方がいいぞ。俺がどれだけ火の車か分かってるか? 最近筆のノリが悪くて書き溜めが尽きて、今日投稿分3000字を今日中に書かないといけない」

「うわぁ……」

「ということで俺みたいにならないように忠告してるんだ。五万字くらい書いとけば遅筆のおまえでも大丈夫だろ」

「言ってることはもっともでござるが……五万字……遠い……」

 虚ろな目でつぶやく田中。俺はさすがに追い込みすぎたかとフォローする。


「あー、まあそれは本気でランキングに載るのを狙った場合だ。俺がやっているからって『小説家であろう』ガチ勢みたいな動きをおまえにも強要するのは間違っているな、うん。別に俺の言葉なんて無視しても――――」

「拙者だって今回の作品には手応えを感じているでござる。執筆しているときは楽しく、出来ることなら人気作品にしたい。だから翔太氏のアドバイスは助かるでござる」


 この目は俺が『俺TUEEE』作品を書き始めたときと同じか。本気で辛いと思ってるわけではないようだな。まあ俺だって愚痴りたいときはあるし一緒か。


「……そうか。なら応援してるぞ」

「もう少し進んだら翔太氏に見てもらってもいいでござるか?」

「ああ。厳しく添削するから覚悟しとけよ」


 『クラスごと召喚』のアイデアは渡したがどのような作品に昇華させたのかは俺もまだ知らない。読むのが今から楽しみであった。




 のどが渇いた俺は一人教室を出て食堂に向かう。

 昼休みは残り半分、自販機でスポドリを買って飲む時間は十分にある。


 廊下を歩きながら思うのは相互評価クラスタ潰しの作戦についてだった。


 相互評価クラスタはランキングに載っている作品が得ているポイントからして、かなりの人数が所属しているはずだ。

 組織の目的からして所属しているメンバーの大半はあろうで人気になれず燻る底辺作家のはず。だから田中にそのフリをして勧誘されるように狙ったが、未だに釣れない。

 その理由は……相手も警戒しているからなのか?


「ネット上では今、相互評価クラスタの存在が噂されている……」


 おそらくメンバーにはその存在を公にしないようにルールが決められているだろうが、絶対に漏れない秘密など存在するわけない。

 それを相互評価クラスタ側も把握しているとしたらどうだ。

 噂だけならまだいい。怖いのは叩かれて廃止の運動が起きること、その燃料となる内部告発である。まんま俺が狙っていることだ。

 防ぐには内部を締め付けること、そして最初から内部告発目的のスパイを入れないようにすることだ。


「だとしたら……田中には人気が出ない愚痴を全部コピペで、目に触れるように多くの場所に張るように指示をした。調べれば田中が怪しいことはすぐに分かる」


 田中だって新作の執筆活動をしている。一つ一つ文面を考えるなんて手間をかけさせるのも悪いと思ったのが、あだになったか。


「これはやっかいなブレインが相互評価クラスタにいそうだ……」 


 だとしたらどうすればいい?

 マルチポストによって田中が警戒されただけならまだマシだが、スパイが侵入するのを全面的に封じるためにそもそも現在新規メンバーを受け付けてない可能性まである。

 今の規模でも十分にランキング一位を取れるのだ。リスクを背負ってまで勢力を拡大する必要はない。


 このままでは真面目に頑張っている作家が割りを食い続けることになる。

 相互評価クラスタ側の言い分はどうせ「規約で禁止されていない以上何をしてもいい」なのだろうが、当たり前だから明文化してないだけなのだ。普通に考えればそのような馬鹿な行為が許されるわけ無いのに。

 とはいえ現実には行っているやつらがいる。言っても分からないなら、力で潰すしかない。


「スパイが駄目なら……寝返り工作はどうだ?」


 現在所属している相互評価クラスタメンバーに内部告発するように誘導する。告発者となれば、クラスタに在籍していたとしても世間から叩かれにくい。逆に勇気を出したヒーローとして奉られるからだ。

 成功すれば可能だが、根本的な問題が一つある。俺がクラスタメンバーを知らないということだ。

 富美田大輝がクラスタに所属していることは分かり切っているが、やつは絶対に寝返らないだろう。甘い蜜を手放すなんて考えられないし、いやそもそも自分が相互評価によって人気になっていると認めるはずもない、そういう人種だ。


 となれば内部告発を行うように誘導出来る相手が他にいないため机上の空論に終わる。


「ていうかそもそも下っ端メンバー捕まえても意味ないんだよな……」


 ここまで警戒しているブレインがいる状況だ。俺がその立場なら会話のログが残らないように設定したり、会話に暗号などを使うようにして告発をされてもダメージが低くなるように対策する。

 大っぴらに相互評価について話し合えるのは忠誠心が高く絶対に裏切らないと判断した幹部だけ、とするのだ。

 そうすれば内部告発のリスクを限界まで下げられる。


 状況が俺の想像通りだとすると……もう幹部を寝返らせるしかない。


 だが、そんな都合良く幹部とコンタクトを取れるなんてそんなこと……。




「あ、ちょっといいかな」




「……ん?」

 思考にふけたまま全自動で歩いていたため、声をかけられるまで状況を全く理解していなかった。

 現在は三階の教室から外の食堂に向けて歩いており、その途中の一階で呼び止められたということのようだ。

 そして俺に声をかけたのは。


「佐藤君」

「どうしたの、愛葉さん?」


 声をかけたのは、先ほど四時間目の化学室で隣だった女子生徒、愛葉さんだった。

 クラスメイト以上の接点はなく、このように話しかけられるのも初めてなのだが……。


「話をしたいんだけど……ここで大丈夫かな?」

「……? 大丈夫だと思うけど?」


 周囲を窺う様子からして、愛葉さんは人目を気にしているようだ。一階の廊下は生徒の教室はなく職員室や保健室が並んでいるので生徒の通りは少ない。が、全くいないわけでもない。


 他の生徒に聞かれたらまずい話だとすると、思い当たるのは…………告白!? ……なんてまあ無いな。自分がモテないことは分かってるし、流石にこれが話すのは初めてなのに脈絡が無さ過ぎる。


 だとしたら何を話すつもりなんだ?

 俺は疑問に思いながら愛葉さんの言葉を待つと。






「そう? なら聞くけど、佐藤君って『小説家であろう』で『トラックに轢かれて死んだと思ったら、神にチートなスキルを与えられて、異世界に転生した』を連載している――――」


「ここじゃ駄目だな!! 移動しよう!!」






 出てきた単語に認識を改める。

 そっちじゃなくて、こっちが聞かれたらマズい話かよ!? 確かに小説家バレを嫌う俺にはマズい話だな!!

 つうかどうして俺が書いてるって分かったんだ!? 何が目的なんだよっ!?


 パニくった俺は、内心めっちゃ叫んでた。

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