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10話 書籍化

 円卓会議が全ての議題を消化した。

 その場で解散する日もあるのだが、今日は流れでそのまま雑談へと移行する。


『そういえばカスミ殿も言ってましたが、大輝殿の作品は今日もランキング三位に入っておられましたな』

 爺が僕の作品を話題に出す。


『そうそう。昨日の一位は連盟の全員ブーストによる結果だけど、今日のは自力だよね? すごいじゃん』

 カスミも褒めてくる。その言葉の何と心地良いことか


『まあ僕ほどの面白い作品ともなれば当然のことさ。二人も読んでどう思ったかい?』

 僕は二人に感想を求める。


『すまぬが爺は若い者の感性が分からなくてのう。いやあ年は取りたくないものですな』

『ああ、爺はそうかもな。カスミはどうだ』

『え、私? あー……うん、独特な世界観だなあって思ったよ』

『独特……ふふっ、まあそうだろうね!』


 独特、つまりは僕にしか作れない作品ということだな。


『で、話を戻すけどやっぱり三位ってスゴいよね。ブーストで一位になった作品は、多くの人の目に触れたおかげでその後もポイントが継続的には入りやすいけど、それでも次の日にはランキング一桁から落ちる作品も多いし。……何か秘密でもあるんじゃないの?』

『そんなことないさ。僕の実力だよ』

『ほっほっ。流石ですな』


 カスミが今までブーストをかけた作品の傾向から出した分析。

 否定はしたものの、実際その通りだった。

 ブーストによって一位になった作品が、次の日も三位を取るなんて、よほど面白い小説でもなければ起きないだろう。僕の作品の面白さでは、ほんの少しわずかにあとちょっとだけ足りないと言わざるを得ない。


 だから一つカラクリがあった。

 簡単な話だ。僕はもう一つ別の相互評価クラスタ『小説家であろう帝国』にも所属している。

 今日の三位はそちらで受けたブーストによるものだ。


 二つの相互評価クラスタに属すること。それは僕の名誉を保つために必要なことであった。


 当然ながらクラスタ内ではどの小説がブーストを受けたのかが分かる。

 だから多くのポイントを得ても、どうせブーストのおかげだろとクラスタ内の人間には見くびられてしまうのだ。


 それが二つのクラスタに所属するとどうなるか?

 連盟では帝国のブーストによって稼いだポイントが自分の実力で手に入れたように見えるし、帝国ではその逆が起きる。

 結果、今のように僕を称える言葉が出てくるというわけだ。


 ここまで小細工をしなくても僕の作品なら自力でどうにかなるとも思っていたが、ブースト外のポイントがあまり伸びなかったためやっておいて良かった。

 そう、どうにも僕の作品は一般ユーザーからのポイントの入りが悪い。一位を取って多くの人の目にも触れたはず。それなのに面白いとブクマやポイントを付けてくれないのは読者が馬鹿だからだろう。馬鹿だから僕の作品の面白さが分からないのだ。

 無知とは罪、どうして断罪されないのだろうか。


『すみません、戻りました』

 チャットルームに新たな文字が打ち込まれる。委員長によるものだ。用事で席を外すと言ってからしばらく発言が無く、今戻ったということのようだ。何があったのだろうか?


『委員長殿、何かありましたか?』

『二つ報告があります。良い報告といつもの報告です』

『あ、ドラマとかでよく見るやつだ』

『普通は良い報告と悪い報告だな』

『ほっほっ、では良い報告から聞かせてもらえますかな』


 爺が言うと……長い文をタイピングしていたのだろうか、少し間が空いて委員長の文が投下された。


『何と………………私の作品に書籍化の打診が来ました!!!!!! いやっほーーーーーーーー!!!!!!!!』


『おおっ! これはこれは良かったですな!』

『確か一週間前にブーストした作品だよね。おめでとー!!』

『感謝する! これで私も書籍化作家の一員です!!』

『いつもより感嘆符が多いですな。それほど嬉しいということでしょうが』

『連盟からもようやく書籍化作家が出たかー。私も続きたいなー』


『おめでとう。それでいつもの報告とは何だ?』


 他三人とテンションが違う文は僕によるものだ。形ばかりの賛辞と話題を変えるための言葉。つまりこの流れをさっさと断ち切りたかった。


「ちっ……」


 連盟で最初の書籍化をするのは僕のつもりだったのに……委員長のやつめ。

 一週間前にブーストをかけたその作品は読んだ覚えがある。だが文章は読みやすく、主人公やヒロインのキャラは立っていて、今の読者に受けるような要素が散りばめられた……まとめると陳腐の一言だった。

 僕のような高尚な文章、主人公やヒロインの重厚な設定、独特な世界観に比べるまでもない。


 なのにどうしてやつの方が先に書籍化するのか?


「前の作品で書籍化まで持っていけなかったのが痛いか……」


 僕が書いた一個前の作品は委員長より先にブーストを受けたが、その後ポイントの伸び率が悪かったため、書籍化は狙えないとそのまま放置している。その後今の作品を書き始めたのだが、やはり準備には時間がかかり先を越されることになった。

 一個前の作品だって、今の作品と同等に面白かった。なのに一般ユーザーからのポイントの伸び率が悪かった。やはり読者は馬鹿なのだ、間違いない。


「仕方がない、今の作品で書籍化すればいいだけだ……」


 一個前の作品の時は連盟のブーストしか受けていなかった。その反省を生かして、今回は帝国のブーストまで受けているのだ。これなら大丈夫に決まっている。


 と、委員長に先を越された怒りをどうにか収めたところで、委員長のメッセージが投下される。


『ふっ……』


 こいつ……鼻で笑った?

 その前の発言は僕の話題を変えた発言だ。

 それを受けてこれというのは……決まっている、僕を馬鹿にしているのだ。


『何がおかしい?』

『いや、何もないですよ。大輝も早く書籍化するといいですね。私と同じ地平線まで来るのを楽しみにしていますよ』


 すっとぼけたように見える委員長の発言だが、その内容は僕の心理を正確に捉えていた。


 連盟の幹部四人には上下関係はない。建前上は。

 正直それぞれの作品の面白さからして、他の三人と同じ立場扱いされることに僕は不満を覚えている。僕一人が王で、他三人が臣下でいいはずだ。


 が、どうやら委員長も同様の不満を覚えているようだ。言動の端々からそれは感じ取れる。

 自分の作品の方が面白いと勘違いしているようだし、円卓会議の進行を取ったり、組織内の統制を率先として取っていることから自分が偉いと錯覚しているようだ。

 馬鹿としかいいようがない、それは王の仕事ではない、ただの雑用だ。

 今回僕より先に書籍化したことにより、やはり自分の方が上だと驕りを抱いたわけか。


『僕の作品もどうせすぐ書籍化するさ。そしたら売り上げで数字がはっきり出るな』

『そうですね、そのときを楽しみにしています』


 数字の上下で立場も決まる。と言外に宣戦布告したところで。


『ほっほっ、二人ともそのくらいで』

『そうだよ、喧嘩は駄目だよー』


 爺とカスミの仲裁が入る。この二人は立場をわきまえていて、諍いに入ってくることはない。


『……すまなかったね』

『ああ、悪かった』

『話を戻しましょうぞ。委員長殿、残ったいつもの報告とは何ですぞ?』


 委員長と僕も表面上はいつも通りに戻ったところに、爺が質問する。


『新しく連盟に入りたいと志望してきた作家がいると報告を受けました』

『新たな同志ですか。良きことですな』

『人が増えるほどブーストも強力になるからね、加入許可でいいでしょ』

『ああ、僕も異議はない』


 連盟に新たに人が入る場合、こうして円卓会議による許可が必要になる。とはいえいつものことなので、流れ作業で済ませようとしたのだが……。


『いえ……少し気になるところがあるのでちょっと保留します。報告は次回の円卓会議でします』


「……?」


 委員長は気になることがあるらしい。何を懸念しているのか聞き出そうかと思ったが……。


『それで委員長殿はどの出版社から打診が来たのですかな?』

『あ、それ私も聞きたーい』

『ふふっ……聞いたら驚きますよ。何と――』


『僕は執筆作業があるため失礼する』


 不愉快な話題になったため円卓会議のルームを退出した。


「委員長め、いい気になって……今に見てるがいい」

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